第7話 兄弟の死闘
「もういいですかな? では、鑑定に移りますよ?」
神父の声も遠くに聞こえる。
分かっていた、予想はしていた、それでも。
想像以上に、何も考えられない。
「このジョブは……!? まさか、亜人と契約を――――」
指に力が入らない。
「どういうことだ!? 説明を――――」
瞼を開いても目の焦点が合わない。
「このままではヴェルスタンド家そのものの問題に――――」
何も出来ずにぼ~っとしている間に、話しは進んでいて。
「こいつは。レーム・ヴェルスタンドは、ここに来る途中に事故で死んだ。そういうことでカタを付ける。教会関係者の方達は下がっていていただきたい」
「……我々は何も見ていないし、関わってもいない。そのつもりです」
いつの間にか、シギットらが神父と話しをつけ終わって剣を抜こうとしている。
神父らは教会から出て行った。恐らくは自分たちの乗ってきた船にでも戻るのだろう。
あぁ、もうそんな話しになっているのか。
「レーム。悪いがそういうことなんでな、ここでお別れだ。本当に、お前は最後まで愚弟だったぜ」
「やれやれ。こんなことで手を汚すのは不本意なのだがな。我々の将来、ひいてはヴェルスタンド家の未来に関わることだ。仕方ないと思っておくか」
シナリオ通り、ここで兄たちと戦うことになったか。
ゲームでは勝つことができなくて、助けてくれた亜人の命を犠牲にすることでからがら逃げ延びる。
が、僕は今ここに一人だけだし、残念ながらこの先も生き残り続ける理由が先ほど無くなったばかりだ。
「はぁ……。とはいえ、今日まで折角備えてきたんだ。ここであんた達に殺されてやる理由もないな」
「なんだと? お前、一体何を」
「あー、なんでもないよ。いいから、やるならとっととやろう」
こちらも剣を抜く。
僕の態度に、シギットは不可解そうな表情を、マーシェルは不気味なモノを見る目を向けてくる。
もっと慌てふためくなり、必死に命乞いをするなり思っていたのだろうな。
悪いが、今はそんな風に演技をする精神的余裕もない。
「おかしなジョブだったことが相当にショックだったらしいな。この兄が今、楽にしてやる」
自分の行為を正当化するにしても雑すぎるだろうと思うのだが、シギットはそんなことを口にしながら斬りかかってきた。
今までの稽古という名の暴行とは違う、本気の殺意。
「ッ!? なんだっ?」
だが、剣を添えるだけで簡単に逸らすことができた。
どうやら実戦でも問題なく成功したようだ。
「こいつッ。ただの偶然だ! いい気になるよっ」
シギットが本気になって剣を振りかぶってくる。
――足の踏み込みが深い。袈裟斬り。
後ろにほんの少し体をずらすとスルリと剣が素通りした。
――右上腕と手首に魔力の流れ。地面ギリギリから剣が跳ね上がってくる。
こちらの剣を交差するように添えて軽く跳ね上げてやると、まるでレールの上を走るようにシギットの剣が流れて僕の頭上へと空振っていった。
両腕が上がったことでシギットの胴体はがら空きだ。
しかしこちらの両手も剣を逸らすことで塞がってしまっている。
ならば、体ごとぶつかれば良い。
トンッ。
と、あたかも転んでシギットにぶつかってしまうような動きで、僕の肩を当てる。
無論、接触点から魔力の波を広げて、魔力通しを打つ。
「ぐほぁッ!?」
僕が衝突した勢いからは想像でいないような速度で、シギットが後ろにぶっ飛んだ。
恐らく、予想以上の衝撃を内臓に食らったことで自己防衛本能が働いて自分から飛んだのだろう。
「レ、レーム、貴様ぁ……!?」
「一体何があったッ。どうしたんだシギット!?」
二人の兄が目を白黒させている。
なんだか滑稽な光景だ。
この場にいる人間には誰にも将来も未来もないというのに、こうして必死に戦っているのだから。
「分からん、分からんがお前も手伝え! 魔術で俺を援護しろっ」
「チッ。仕方ない、分かったよ」
シギットが剣を構え、マーシェルがその後ろで魔術の構築に入る。
魔術は脳内に魔力を通す際に、どんな魔術を使うのか? 魔力量はどのくらいか? どういう組み合わせに魔力を変換していくのか? などを組み立てていく作業が必要だ。
その魔術構築の途中はどうしても無防備になりやすい。
ゆえに、魔術師は後衛にいることが多いのだ。
つまり今の二人は前衛後衛の基本に忠実な状態であり、非常に厄介だといっていい。
何しろ兄たちは才能に恵まれた剣士と魔術師だからな。
「間違っても俺に当てるなよマーシェル!」
シギットが剣を構えて突進してくる。
けれど、魔眼で見れば分かるが実際には踏み込みが浅い。
得体の知れない攻撃を食らったので警戒しているのだろう。
牽制をしているうちに弟の魔術で仕留める作戦か。
読み通りシギットの剣は、先ほどよりも慎重だ。
とはいえ僕と奴では地力に大きな差がある。
余力を残して振られた軽い斬撃でも十分脅威。であれば、こうして油断なく剣を振られるほうが厄介だった。
「――――――――穿て水よ。いくぞシギット。水弾!」
マーシェルの魔力構築が終わったらしい。
脳内で構築された魔力が魔術となって空間中に発現していく様が、僕の魔眼にはハッキリと見える。
ソレが、魔術になりきる直前。
「魔力放出」
マーシェルの方を指さすようにして、極細に収束させた魔力を放出。
すると、水弾の魔術は水になりきる前に空中に霧散した。
もしこれが水弾になってからでは、妨害は困難だ。
魔術同士のぶつかり合いになってしまったら魔術師に僕が勝てる道理はない。
かといって、まだ頭の中にある段階の魔術を妨害するには術者本人を攻撃するしかないので、前衛がいる今は難しい。
魔術が魔術になりきる直前、この一瞬を魔眼で見抜いて介入するしかないのだ。
「なっ!? なぜだッ!!」
不発に終わった魔術に混乱しているマーシェル。
例え予想外の状況であったにせよ、実戦においては悪手すぎる反応だろう。
まぁ、ここにいる人間に実戦経験豊富な奴なんていないから仕方ないだろうけど。
「クソっ、役立たずがぁ!!」
弟にキレつつ、僕に斬りかかってくるシギット。
コイツもまた混乱しているのだろう。
踏み込みに注意深さが無くなっている。
「パワースラッシュ!!」
更に、全身の魔力を一気に動員させてきた。スキルか。
これは、まともに受けたら剣も僕も、なんならこの教会の床も含めて纏めて両断されるな。
圧倒的破壊力をもった一撃がくる。
「――ふぅッ!!」
剣を絶妙な角度で敵の剣に向かって立てる。
衝突のタイミングを計る。
呼吸を合わせる。
激突。
剣同士、刹那の接触から力の流れを読む。
コンマ数秒以下の時間だけ剣の側面から力を加えてやれば――。
シギットの剣は『教会の床だけ』を十数メートルに渡って叩き割った。
「な、なんで、当たらないッ!?」
お前が下手くそだからだよ。
一瞬、スキル使用により大量の魔力を放出した為に硬直した体。
もう後ろには飛べまい。
こちらも先の剣撃を逸らした際に余波だけで手が痺れてしまっている。
なら、今度は肘だ。
「バイバイ、兄上」
全力の踏み込み。
剣を手に持ったままで、肘を突き出す。
僕の肘が兄の体にぶち当たり、渾身の魔力通しが炸裂した。
兄の魔力壁は衝撃に撓み、歪み、波紋を起こして体内に響いていく。
特に狙ったのはレバーだ。
この世界の人間は魔力壁や魔術障壁をスキルなどの大火力でぶち抜く戦闘しかしていないから、内蔵を狙われたりする経験は恐らくない。つまり打たれ慣れていない。
肘の角でピンポイントに打ち込んだ魔力通しの衝撃は肝臓にしっかりと突き刺さったらしく、兄は涎を垂らしながら腹を抑えて膝をついた。
後の始末は簡単。
「ふッ!」
「ごぁッ!?」
跪いたために低い位置にあった股間を蹴り上げた。
完全に無力化したので、仕上げに剣の柄頭で兄の側頭部を打つ。
無論、どちらも魔力通しで。
「がっ…………ッ!?」
白目を剥いて、跪いたまま兄は倒れて落ちた。
死んではいないだろうが、しば~らく起きられないだろう。
体のどっかに障害が残ったりもするかもしれないけど、知ったことじゃない。
「く、クソっ! なんだ、なんなんだよこれはぁ!!」
マーシェルが困惑の叫びを上げながらも必死に魔力構築を終えていたようだ。
水弾の魔術が3つ、4つ……いや5つか。
流石に兄を沈めている最中だった為に魔術の発動妨害は間に合わなかった。
「死ね死ね死ねしねぇ!!」
銃弾のような速度で放たれた水弾。
1つは体軸を逸らすことで躱し、2つ目は膝関節の力を瞬間的に抜いてしゃがむことで避け、3つ目はしゃがんだ勢いで地面を転がることで回避。
4つ目、5つ目を剣で弾く。
魔術の破壊力的に、単純に剣をぶつけただけでは折られて貫通されるだろう。
なので当たる直前ギリギリに剣で魔力通しを打つことによって魔術の軌道を微妙に逸らした。
「クソがぁあっ!!」
マーシェルが連続で魔術を行使する体制に入った。
弾幕を張って近づかれるのを防ぐつもりだろう。
なら。
「よっ!」
「なッ!?」
剣を奴に向かって投げつける。
魔術師はこうされたら。
「くっ……!!」
そう、ああして咄嗟に魔術障壁を張るしかない。
障壁の為に構築リソースを使ってしまえば攻撃用魔術がおろそかになる。
マーシェルが剣を『ガンッ』と弾いている間に、一気に距離を詰めた。
「お前は、一体なんなんだ!?」
「さぁね」
僕にもよく分からないよ。
自分が何なのか? なんて。
目の前にきた兄は絶望の表情をしていた。
当然だろう。
この距離では魔術の構築は絶対に間に合わない。
両手で挟み込むような形で、兄の両側頭部に魔力通しを打つ。
脳内で波紋が衝突しあい、衝撃が増幅され、マーシェルの意識を彼方へと吹き飛ばした。
「ぁ――――」
白目を剥いてぐらりと倒れたもう一人の兄。
やはり、しばらくは起きられないだろうし、脳や魔術の行使に障害が残るかもしれないが、それも僕には関係ない。
倒れた二人の兄を置いて、トボトボと教会の外へ出る。
空は酷く晴れて憎たらしいくらいに青い。
息を大きく吸い込んで、ため息として吐き出す。
「生き残れた、な」
生き残れたのは、いい。
けれど、この先僕はどう生きればいいのか? さっぱり分からない。
「あぁ、そうだ。ステータスを一応見ておくか」
一度鑑定を受け入れた人間はいつでも己のジョブやステータスを、脳内で感覚的にだが見ることができるのだ。
これは一種の契約系スキルであり、こちらから破棄しない限りはずっと効果が続く。
さて、僕のジョブとスキルは……。
ジョブ:<亜人との契約者>
『亜人種と契約を交わす事により、お互いの能力を向上させることが出来る』
(一定以下の知能しか持たない魔物は亜人に含まない)
スキル:<亜人使役>(契約系スキル)
『契約下にある亜人に命令を遂行させることができる』
スキル:<亜人召喚>(空間干渉系スキル)
『契約化にある亜人を召喚するために空間に干渉することができる』
「これが、例のジョブとスキルか。もしこの世界で生きていくなら、亜人と接触して契約してもらうのがいいのかもしれないけど……この世界で生きる、かぁ」
ステータスを眺めつつしばしこの先の人生について考えにふけっていると、馬が駆ける馬蹄の音が聞こえてきた。
道の向こうから一頭の馬がこちらに向かってくる?
乗っているのは――――まさか、父上!?
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