第11話 アイドル契約
「さて、アイドルとは何か? ですが」
「うん。あいどるとは?」
船でどんぶらこっこと流れつつ、リリにアイドルの説明をする。
何しろアイドルになってもらう為にはまずアイドルとは何かを知ってもらわないとな。
ただ、この世界でアイドルをやるのは正直危険も伴うと考えられる。
なのでリリが説明を聞いた上で少しでもやりたくないと思うのならば、素直に引き下がろう。今は。
その場合、僕が何かしら最強クラスの戦力を手に入れてからもう一回頼むしかない。
アイドルには絶対手を触れさせない系プロデューサー兼マネージャーになるのだ。
で、アイドルとは、だな。
「え~っとですね、アイドルとは」
「うんうんっ。あいどるとは?」
リリがえらく真剣な表情で僕の言葉を待っている。
これはこちらも真剣にアイドルについての説明を……アイドルの……。
アイドル、とは?
アイドル……。え? アイドルってなんだろう?
ちょと待って、改めて説明しろと言われると思いのほか難しいぞ?
英語のidol――つまり偶像で、人気がある歌手とかタレントとか役者とかで。
などということを言っても仕方ない。アイドルの歴史を伝えたいわけじゃないのだから。
歌や踊りを披露してお金を貰う職業。
別に間違ってはいないかもしれないが、僕が言いたい本質とは違う。
職業アイドルの説明をしても意味がないのだ。この世界じゃそもそも職としては成り立たないしな。
(だからプロデューサーとしては食ってくお金を稼ぐ手段も考えないといけない)
「ん~っと、その、基本的には歌って踊って、それを多くの観客に披露する存在というか……いや、う~ん?」
リリは僕のしどろもどろの説明を、なんとか理解しようと頑張って聞いてくれている。
たれ目気味の瞳がパチクリしてるし、耳がピコピコ動いて可愛いなぁもう。
じゃなくて。
「歌って踊るのはライブっていうんですけど。それだけじゃなくて、時にはトークイベントでファン――つまりそのアイドルを好きな人と交流したりとか、場合によっては握手会とかもしたりとか……えぇ~っと……」
「あ、あのねレーム君」
僕の説明があまりにも要領を得ないからか、リリが話しかけてきた。
「ウチ、あんまり賢くないから、ちゃんと理解できるか分からないけど……。その、レーム君が思っているあいどるって人? のことを、レーム君が思うままに喋ってくれたら、いいのかなぁって」
僕が思うままの、アイドル――。
あぁ。
そうか。
なるほど、確かに全くもってその通りだ。
僕が生み出す。僕が推せる。僕がプロデュースするアイドル像なのだから。
「ありがとう、リリ」
「え? えへへっ……?」
「こほんっ。では改めて、アイドルとは」
僕にとってのアイドルとは。
「歌って踊るのはアイドルの基本パフォーマンスですが、それを通して夢や希望を与える存在、というのが一番しっくりとくる表現かもしれません。つまりアイドルとは一種の表現者でもあるわけですね。何を表現するかは人それぞれですが、踊りを見ている人を元気付けたり、歌を聴いている人を励ましたり、心に訴えかけることこそがアイドルの本質といってもいい。とはいえアイドルもまた一人の人間ですから、誰かを励ますだけの存在ではなく、己自身も悩み、苦しみ、またライバルたちと戦い、勝ちぬき、生き残っていくサバイバーでもあります。彼ら彼女らは常に笑顔で、しかしその裏に狩人のような側面も合わせもっていたりするのです。時に地道に、時にはド派手に、一般の人生を歩んでいる我々には眩しく映りつつも水面下で必死に足を動かす水鳥のように。アイドルは常に自分と、自分を応援してくれる人たち……つまりはファンの為に歌い、踊り、時に自らの日常をも切り売りするごとく提供し、結果として奈落に落ちていく者もあれば伝説になっていく者もいる。僕にとってアイドルという存在は雲の上の存在であり、同時に常に身近に夢を届けてくれる存在でもあるんです。アイドルの歌に応援され励まされ癒やされ元気づけられ、同時にアイドルを応援して推して支えて影ながらビックネームになるのを見守る……これこそがイチアイドルファンとしての本懐といえます。アイドル最高」
ふぅ……。
あぁ、やっちまった。超絶早口オタク語りしてしまった。
「…………えと、んと。凄いね、アイドルって」
そう、凄いんです。
凄いんですけど、今の僕の説明は凄いやっちまってます。さーせん。
「正直、今の説明を聞いても全部まるっとは分からなかったけど、一つだけもの凄くしっかり分かったよ」
今の説明を聞いただけで一つでも分かることがあったならリリは凄いと思う。
「レーム君にとって、アイドルっていうのは夢や希望をくれる凄い存在なんだってこと。それならウチ、なりたい、アイドルに!」
えぇ!?
自分で説明しといてなんだけど、今のでアイドル目指したくなるのはちょっと異常だと思うけどっ?
「あ、あのですねリリ。アイドルは確かに夢や希望の象徴ですが、自分でなるとなったら決して良い面ばかりではありません。泥臭いこともしなくちゃですし、この世界で歌や踊りをバンバン披露していたら命の危険だって普通にあります」
教会に目を付けられたら、それはもう国際指名手配の犯罪者と変わらないからな。
「正直、リリが普通に生きていくだけならやらない方がいいくらいです。でも、僕は……」
「レーム君は?」
リリの尻尾がゆっくりと左右に揺れる。
メトロノームのような動きを見つつ、答える。
「リリがね、満員のステージで踊るのが、大観客の前で歌うのが見たいんです。最高のアイドルになったリリを推したい。そう思ってしまうのは、止められない」
「うん」
リリ、だけじゃない。
「他にもアイドルをスカウトして、このアイドルのいなかった世界に鮮烈にデビューして、常識を変えてやるんです。夢と希望を暴力的なまでに届ける、伝説のアイドルグループを作って。自分自身で、最高最強のファンになりたいんです」
「うん、うん」
命がけで挑みたい夢。
僕にとってのアイドル。
「ウチはね――レーム君が凄い人だって知ってる。ずっと知ってた。そのレーム君がそこまで憧れる夢なんでしょ? その夢そのものになれるんでしょ? だったらウチは、なりたい。どうしてもソレになりたい」
リリが僕の両手を取って、僕の目をじっと見つめて。
「あのね、聞いてほしいの、レーム君に」
リリの瞳の奥に、今まで見たことないくらい熱いナニカが宿っているのが見えた。
「実はウチね、人間の血が混じってるんだ。ウチの一族は人間に化けて商売とかもしてたから。そんでね、ある日お父さんとお母さんが魔物に殺されちゃって、帰ってこなくて。残されたウチは知り合いに引きとってもらったけど、純粋な亜人じゃないウチは歓迎されなくて……」
リリに、人類種の血が?
一緒だ。亜人の血が入っている僕と。
そうか、レームにとってリリという存在は、そういう意味でも運命の亜人だったのか。
「このままずっと暗い穴の中を生きるみたいに生きるんだって思ってた。ずっと誰かにとっての重荷で、迷惑なだけで、隅っこで小さくなって生きるんだって。でもレーム君に会ってからちょっとずつ変わったのっ。あなたの生き方が眩しくて、強くて……だから今度は、ウチも変わりたい!」
リリにも、夢があったのか。
漠然とした、でもハッキリと言えるほどの『夢』――言い換えれば、野望。
それならば。
「……分かりました。なら、今日から僕たちは一蓮托生です」
「うんっ!」
「リリ。世界で最初の、アイドルになってください」
「うん! うん!!」
<アイドル契約スキル発動>
ん?
なんだこれ? この魔力の流れ、スキルか!?
リリに握られていた両手の中に集った魔力が光を放った。
思わずリリも僕も一度離れて様子を見る。
光が収まると、いつの間にか一枚の紙切れを握っていた。
「これって」
紙は、名刺だった。
僕の魔力で出来た塊。一種の魔力物質。魔術で作り出す物質と同じ様なものか。
<アイドルプロデューサー「レーム」>
とだけ書かれている。
これってまさかスカウト名刺ってやつ?
僕のプロデューサーのイメージを具現化したらこうなったってことか?
いやしかしなるほど。確かにもう僕はヴェルスタンドではない。
タダのいちプロデューサーだ。
「リリ、これを受け取ってください。そしてアイドルになると決心してくれたら、今日からアナタはアイドルです」
「はい! ウチは……リリティパは、アイドルになります!」
リリは躊躇うこと無く名刺を受け取った。
それを見届けて、僕は魔力切れで倒れた。
スカウト名刺作るのってこんなに魔力つかうんかぃ。
契約者:<リリティパ>
契約スキル:<アイドルスピリチュアル>(精神干渉系スキル)
『自身の魔力や精神力を消費することで、より直接的に観客の心にアイドルパフォーマンスを届けることができる』
(プロデューサーの力が上昇すると、より観客の精神に与える影響力が増す)
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