第3話 アルド、統計学的調査に協力する

      現代の港町リンデの武器防具屋の前に受注アイコン。

      ユイが、商人と話をしている。現金を受け取っているようだ。


ユイ    では、確かにお預かりします。

商人    ああ、ちゃんと利息はつけてお返しするよ。

ユイ    またご入用でしたら、いつでも仰ってください。

商人    そうだな。今度、東方と大きい商売を計画してるから、大口での申込みになると思うよ。商売がうまくいったら、色をつけて返せるさ。

ユイ    そうですか。でも、いつもの利息で大丈夫ですよ。お気持ちだけありがたく頂きます。

商人    あんたも固いな。ま、でも金貸しはそれくらいじゃないとね。

ユイ    ではまた、ご贔屓に。


      ユイが去ろうとすると、アルドがやってくる。


アルド   あれ、あんたは確か、ティムの仲間の……。

ユイ    ああ、アルドさん。どうも。

アルド   今日はティムはいないのか?

ユイ    ええ。彼は今日、仕事なんで。

アルド   仕事ってことは、またユニガンで声掛けでもしてるのか?

ユイ    いいえ。今日はリンデで荷下ろしの仕事をしてますよ。

アルド   へえ。仕事を掛け持ちしてるのか。大変だな。

ユイ    いえ。彼の本業は港での荷下ろしです。保険の仕事は、無償でやってるんです。

アルド   え?タダで?

ユイ    残念だけど、自分たちに給金が出せるほど、まだ儲かっているわけではないの。

アルド   じゃあ、ユイも別で働きながらやってるのか?

ユイ    私は絶対にタダ働きはしないわ。今、私がやってるのは、契約者から集めた保険料の活用。

アルド   保険料の活用?……難しくてイメージが湧かないぞ。

ユイ    まあ、簡単に言えば、金貸しね。お金が必要な人に、利息を付けてお金を貸すの。

アルド   なるほど、金貸しか。でも、約束通りに貸した金を返してくれない人もいるだろう。取り立てなんかしたら、危ない目にも合うんじゃないか?

ユイ    ご心配どうも。私、こう見えて強いから大丈夫です。

アルド   そ、そうか。それにしても、ティムはなんでまた、仕事でもないのに、あんなに一所懸命に勧誘をしたりしてるんだ?

ユイ    え、彼はその話をしてないんですか。

アルド   ああ。なんだか、突然、色々と想像させられたりはしたけど。

ユイ    冒険貸借の話はしましたよね。船員の為の保険。彼、冒険貸借に助けられたんですよ。

アルド   え?それってつまり。


      ユイ、深く頷く。


ユイ    彼のお父さん、海難事故で亡くなっているんです。

アルド   そうだったのか……。

ユイ    ……私、東方の出身なんです。父は貿易商で、ティムのお父さんはこっちの出身で、貿易船の船長だった。二人で組んで、商売をしてたんですよ。でもある日、不幸な事故があって、船は沈み、船長だったティムのお父さんだけ、助からなかった。私の父を含めた、他の船員は全員助かったのに。


      ユイ、表情を変えず、淡々と話す。

      アルド、俯いてしまう。


ユイ    だから、保険金は全て、ティムの家族に渡したんです。それで彼の家族は無事に暮らしていくことができた。これが、彼を動かす原動力なんです。

アルド   そうか……そんな話を聞いたら、応援したくなるな。

ユイ    いえ、本人が言っていないなら、忘れてください。……それより!ちょうどあなたに聞きたいことがあったんです。


      ユイ、眼鏡をきりっと上げて、アルドに詰め寄る。


アルド   ど、どうしたんだ急に。

ユイ    アルドさん、バルオキー出身ですよね。

アルド   ああ、そうだけど。

ユイ    バルオキー村の、性別や年齢ごとの死亡率はご存じですか?

アルド   ん、なんだって?

ユイ    できれば、どんな人が、どれだけ、何の病気にかかったのかっていう記録もあれば欲しいんです。

アルド   随分難しい事を聞くな。なんでそんなことが知りたいんだ?

ユイ    それが保険の基礎だからですよ。たとえば、若い人がほとんど病気で亡くなっていないという事が分かれば、若い人の保険料が安くても、制度自体が成り立つという事でしょ。逆に、もし意外と若い人も早くして亡くなっていることが分かったら、保険料を高めにしておかないとダメでしょ。

アルド   な、なるほどな。(急に早口になったぞ……)

ユイ    とにかく沢山の情報が必要なんです。だけど、役所もそこまで把握できていないし、どこに聞きに行けば良いのかも分からなくて。正直、ユニガンの状況すら分かってないんです。

アルド   うーん。そうだな。


      アルド、腕を組み考える。


アルド   まあ、心当たりはあるけど。役に立てるかは分からないぞ。

ユイ    やっぱり!私の見込んだ通り、絶対にコネがあると思ってたんですよ。

アルド   どういう意味だ?

ユイ    お人好しには、自然と味方が多くなるものなんですよ。

アルド   俺は別にお人好しじゃないぞ?

ユイ    まあ、自覚は無いんでしょうね。じゃあ、一緒に行きましょう。

アルド   (……お人好し、なのか?)


      アルド、俯いて考えこむ。

      『Quest Accepted』


      ユニガンの宿屋にクエストアイコン。

      宿屋に連れて来られたユイ、不審がる。


ユイ    役所にでも行くのかと思えば、なんで宿屋?


      ユイ、はっとして身構える。


ユイ    も、もしかして良からぬことを考えてるんじゃ……。

アルド   ん?ああ。ユイが知りたいことを調べてるか、聞こうと思ってさ。


      と、そこへミグランス王が下りてくる。


王     おお、聞いた声だと思ったら、アルドか。

アルド   王様、こんにちは。

ユイ    え、王様……?


      ユイ、状況が呑み込めずにぽかんとしている。


王     そちらの女性は?普段、見ない顔だが。

アルド   ええ、彼女はその……


      状況説明の暗転。


王     なるほど。寡婦や子供たちを助ける仕組みという事か。素晴らしいな。我が国にも、負傷や殉死した兵士に対する手当はあるが、民間人の為の仕組みは十分とは言えない。協力できることがあれば、できる限りの事はするぞ。

ユイ    あ、ありがとうございます。

王     ただ、申し訳の無い事だが、君が求めている情報というのは、恐らくは十分ではない。これからは、調査をし、記録を残すように役人にも言っておこう。

ユイ    そ、そうですか……。

王     そういえば先日、町で同じような話をする男がいたな。「あなたが亡くなったら、ご家族はどうなりますか」と聞かれたよ。思わず、「それは国の一大事になるな」と答えてしまった。


      ミグランス王、思い出して笑う。


アルド   それ、ティムじゃないか?

王     名前を聞く前に、供のものに捕まってしまったからな。しかし、あんな事を聞かれたのは初めてだったぞ。

ユイ    大変失礼いたしました……。

王     いや、私も真剣に考えておくべきことだと、改めて考えさせられたよ。

アルド   ありがとうございます。記録を残すっていう事、どうかお願いします。

王     ああ、約束しよう。事業が軌道に乗ったならば、信用の為に、会社にミグランスの名を使いなさい。私が許可を出す。国に頼るだけではなく、民が自らの危機に備えるという発想は素晴らしい。私が言う事ではないが、国がいつまでも強くいられるとは言い切れないからな。……ユイ、期待しているぞ。

ユイ    はい……必ず成功させます。


      暗転後、宿屋前にて。


ユイ    はぁ……コネがあるかもとは言ったけど、まさかの王様って……。もっと段階を踏むっていうのはないの?

アルド   いや、一番偉い人に聞いてみるのが早いかと思ってさ。

ユイ    何も考えず王様に声をかけるティムもどうかしてるけど、アルドさんも大概ですね。似た者同士だわ……。

アルド   うーん。でも、現時点では、必要な情報は得られないな。

ユイ    そうですね。……やっぱり、正確な保険料設計をするには、何百年分とかの蓄積が必要なのかな……。


      落胆するユイ。

      アルド、ユイの言葉にはっとする。


アルド   そうだ。その手があるじゃないか。ユイ、もう一か所、当てがあるぞ。

ユイ    ……今度はどこの王様に会うんですか。

アルド   いや、王様じゃない……けど、王様よりも偉そうにはしてるかもな。

ユイ    どういうこと?


      暗転。

      曙光都市エルジオン・シータ地区。

      セバスちゃんの部屋にクエストアイコン。

      いつもの如く、部屋ではセバスちゃんが何かの企みをしている。

      ユイは、初めてみる未来の世界に、圧倒されている。


セバス   あら、アルドじゃない。何か用なの?

アルド   ああ、セバスちゃん。実はちょっと、調べてほしい事があって。

セバス   というか、この、さっきから人の部屋をきょろきょろ見回してるのは誰?

ユイ    すごい……絡繰人形が当たり前みたいにいる……。


      ユイには聞こえていないようだ。


アルド   ええっと、彼女はその、なんと説明したら良いかな。セバスちゃんは、保険って言葉を知ってるか?

セバス   ちょっと、馬鹿にしてるの。保険なんて、子供でも知ってるわよ。

ユイ    え、そうなんですか?

セバス   え?逆に聞くけど、あんた達の時代って、保険ってなかったの?

ユイ    無かったわけではないんだけど、私……というか、私の仲間が、もっと広めようとしていて。

セバス   ふーん。そうなんだ。で、調べてほしい事って何なの?

ユイ    私たちの時代の、年齢別の死亡率とか、それぞれの世代でどういった病気にかかっているのか、そういう情報は纏まっていないですか?

セバス   ちょっと待って。なんて調べたらいいの?

ユイ    ミグランス王国時代の死亡率とか、疫病の記録とか……。

セバス   うーん、古文書の類かな……博物館とか……あと大学か……。


      セバスちゃん、情報端末で検索を始める。


ユイ    ……いくらなんでも、そんな都合のいい情報は無いわよね。

セバス   見つけたわよ。

ユイ    えっ!


      セバスちゃん、ユイに近づき端末を見せる。


ユイ    『ミグランス地区戸籍録』……こんなにあっさり見つかるだなんて……。

セバス    中身はどうなの?お目当てのものなのかしら。

ユイ    ……すごい、王様、本当に記録を残して下さってた。……これです!年齢ごとにも、不完全なところはあるけど、かなりの人数のデータが残ってる!


      ユイ、興奮気味に端末を覗いている。


ユイ    あの、ちょっと、この場をお借りして良いですか。

セバス   別に構わないけど……。

ユイ    ちょっと、計算をさせてください!


      ユイ、帳面を出して一心不乱に計算を始める。

      セバスちゃん、帳面を覗き込む。


セバス   ちょっと!この人、何者?ものすごく計算が早いんだけど。

アルド   ああ、俺は良く分からないけど、初めて会った時もこの調子だったな。

セバス   この私でも見たことが無いような数式がある……。

ユイ    東方では、商人の子は珠算というのを子供の頃に習うんです。頭の中で、計算ができるように。

セバス   ふーん。なかなかやるじゃない……。

ユイ    へえ……リンデの方が若年層の死亡率が高いんだ……。ほうほう……

セバス   でも、そういうデータなら、最新の生命表っていうのもあるわよ。

ユイ    いや、セバスチアンさんの時代とは、医療事情が違うはずなので、恐らく使えないんです。

セバス   セバスチアン……いや、もういいわ。


      ユイ、計算に夢中である。


アルド   なんか、悪いな、セバスちゃん。

セバス   別にいいわよ。そのうち、私の実験にも付き合ってくれれば。

アルド   なんか、嫌な予感しかしないぞ。

セバス   それに……もしかしたら、保険制度の創立者と話してるのかも知れないし。だとしたら、貴重な経験かもね。そういえば、なんていう会社なの?

アルド   えっと、確か……「ユニガン貿易保険」だな。

セバス   うーん、聞いたことないわね。

アルド   そうか……さすがに、この時代まで会社が残っているわけないか。

セバス   まあ、保険会社の大手って言うと、「エルジオン共済」とか、「MIT生命」くらいかな。残念だけど。

アルド   そうか。でも、保険ってものは、一般的になってるんだな。ティムが聞いたら喜ぶかもしれない。


      ユイ、セバスちゃんに向き直る。


ユイ    あの、すいません。あと三日くらい、お邪魔しても良いですか。

セバス   ええ?それは嫌よ!今見てる資料を印刷してあげるから持って帰って。


      ユイ、セバスちゃんの手を取る。


ユイ    ありがとうございます!はあ、これで捗るわ……。

セバス   全く。あんたの友達って、変人が多いのかしらね。

アルド   ははは……そうかもな。それじゃあ、俺たちは帰るよ。

セバス   ええ。今度、私の用事もよろしくね。


      アルド、部屋から出ていく。

      ユイも部屋を出ようとして、振り返る。


ユイ    そうだ。会社の名前なんですけど、将来は変えたいと思ってるんです。

セバス   なんていう名前にするの?

ユイ    「ミグランス貿易保険」っていう名前にしようと思ってるんです。その……ちょっとした願いも込めて。

セバス   ふーん。まあ残念だけど、その名前も、聞いたことはないわ。

ユイ    そう……でも、お陰様で、公平な仕組みが作れそうです。ありがとう。


      ユイ、部屋から出ていく。


セバス   「ミグランス貿易保険」か。


      セバスちゃん、ふと考える。


セバス   「ミグランス」「貿易」「保険」……ミグランス、トレード、インシュアランス。あれ、まさか……。


      間。


セバス   ……いや、まさかね。


      暗転。

      港町リンデにイベントアイコン。

      アルドとユイ、リンデに戻ってくる。


ユイ    アルドさん、本当にありがとう。今日はなんだか、色々ありすぎて疲れました。

アルド   ははは。でも、役に立てたのなら良かったよ。

ユイ    ええ。これで保険料ももう少し安くできるかも知れません。

アルド   本当か。それなら助かるな。


      と、そこへティムが走ってくる。

      何者かに追いかけられているようだ。


アルド   ど、どうしたんだ。

ティム   あ、アルドさん!すいません、今、追いかけられているんです!

???   おい、待て、お前!


      衛兵二人がティムを追いかけてくる。


衛兵    貴様……はあ……本当に、逃げ足が早いな……。

ティム   その……友人にもよく言われます。

衛兵    インチキな儲け話をして……善良な市民から金を騙し取ろうとするとは……。

ティム   ですから……それは本当に誤解なんですって。

アルド   また誤解を受けているのか?……なあ、ティムは悪い奴じゃないんだ。人を騙すなんて、そんなことしないよ。

衛兵    庇うという事は、お前もこいつの仲間なのか?

アルド   なんでそうなるんだ!


      衛兵、武器を構える。


衛兵    お前、武器を持ってるじゃないか。暴力に訴えるつもりか!

アルド   (どっちがだよ……!)


      アルド、剣を抜く。


アルド   仕方ない、やるしかないか……!


      と、その瞬間、ユイが素早い動きで衛兵たちの武器を払い落とす。

      衛兵二人、膝を突いてしまう。


ユイ    落ち着いてください。私たちは暴力に訴えるつもりはありません。

衛兵    ぐっ……しかし……。

ユイ    私たちは、ミグランス王の許可を受けて営業をしています。疑うのでしたら、王様に直接、確認してください。

衛兵    え、王様に……?


      ユイ、腰に手を置き憤然としている。


衛兵    ……と、とりあえず、今回は大目に見るが、人を騙すようなことは金輪際するなよ!


      衛兵たち、立ち去る。


ユイ    そんなこと、私たちはしていない!

アルド   ユイ、本当に強いんだな……驚いたよ。

ティム   ありがとう、二人とも。……でも、ユイちゃん、王様の名前を出したのは、流石にまずかったんじゃないかな……。

ユイ    平気よ。だって嘘じゃないんだから。

ティム   えっ?

ユイ    ……いい。それより、あなたまた、変な人に声を掛けたんでしょう。

ティム   いや、違うよ!目が合った人、全員に取り敢えず話しかけているだけだよ。


      ユイ、溜め息をつく。


ユイ    今日は仕事だったんでしょ。たまには休みなさいよ。

ティム   ダメだよ!だって、ユイちゃんが一所懸命にお金を増やしたりしてくれているのに、僕はなかなか賛同者を増やせていないんだ。もっと頑張らないと。

ユイ    あなたが頑張ってるのなんて、分かってるから!


      間。


ユイ    ……私、今日はやる事いっぱいあるから、帰る。ティム、今日は体を休めて。アルドさん、今日は本当にありがとうございました。

アルド   あ、ああ……。


      ユイ、去っていく。


ティム   ……。


      ティム、俯きうなだれる。

      『Quest Complete』

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