1-2 やっぱり、どうかしているとしか思えない男たち

 しばらく歩いてスィラージ「ところでノグソしたことある?」

 シフ「アイドルはそんなことしない」

 スィラージ「嘘ついちゃあいけないよ、俺は昨日見たんだぜ? 敷物(野営用)の後ろ砂丘の向こう側で穴掘ってただろ」

 シフ「知らん。幻覚でも見たんじゃないのか?」

 スィラージ「全く、嘘つきはいかんよね。じゃあ、ルシール、お前さんは?」

 ルシール「死ね」



 唐突に、「止まれ」ガボルアが先頭に立った。フードをめくる。スキンヘッドが露になってキラリと光る。

 シフ「鮫?」

 ガボルア「多分な。そこ、巣穴があるのか、さっき動いた」槍の穂先で右斜め前10mを示す。

 シフ「わからんかったな」砂しか見えない。腰から柄の長い短剣を抜いて杖先に連結、手槍を組み立てる。

 鮫とは、砂鮫(※4)とも呼ばれる、このサファム砂漠に生息する肉食の爬虫類である。朝夕に徘徊して獲物を探すが、昼間は砂の中に潜んで獲物を待ち伏せる。大きいものは全長3mにもなる。嗅覚が鋭く、一度狙われたら逃げ切るのは容易ではない。

 ガボルア「全周警戒」戦闘に関する指揮はガボルアが執る。

 シフ「全周警戒」

 全員リュックサックを下ろす。

 砂鮫が怖いのは群れるところだ。1匹の雄を頂点とした群れを作り、雌が集団で狩りをする。多い時は50匹を超える。自分より遥かに大きな砂クジラを襲うこともある。

 スィラージ「了解」特に背後を警戒。杖を捨て、剣を手にする。

 ルシール「また先手を取ってアイスランス撃ち込んでみる?」右手を顔の高さに挙げる。白い手袋を嵌めている。手袋の甲に描かれた魔法陣。

 ガボルア「準備は頼む」

 ルシールは頷く。指を踊らせ、虚空を手繰って何かを湧き起こし、収束させていく。手袋の魔法陣がかすかに光る。青い光。反して彼女の黒い瞳が赤みを帯び、鈍く光り始める。魔法使い特有の現象だ。ちなみに彼女の杖はただの杖。見た目だけが怪しい杖。

 シフ「魔力残量は」

 ルシール「余裕はあるよ。今日はまだ戦ってないから」

 ガボルア「なら撃ってみるか。小粒、貫通重視、拡散、右斜め前、あの辺りだ」敵をあぶりだすのが目的。

 ルシール「OK」握ったり掴んだり右掌に魔力を集中させていく。右手袋の魔法陣の光が増し、やがて魔力が氷に変換されていく。その手を頭上に掲げると球状の真っ青な魔法力場が形成され、その内部を50以上の氷の刃が所狭しと駆け回る。

 「こっちの準備はできたけど」

 男達も戦闘態勢。

 「こっちも良いぞ」ちらりと周囲を見てガボルアが頷いた。

 ルシール「では」右手を振り下ろす。「ちょっと控えめバーストショット!」

 バキン! 炸裂音と共に氷の刃が猛烈な勢いで飛散、バスバスバス! と砂に刺さる。

 次の瞬間! 砂の中から何か大きなものが盛り上がる。蛇のように開いた顎、大きな牙。バクン! と閉じた。砂鮫だ!

 ルシールはヒヤリ。あのトラバサミのような大口。腕くらい簡単に食い千切る。必殺の奇襲攻撃は何度見ても恐ろしい。

 そいつは砂を振り払うこともせずにこちらを睨む。

 「はぐれ雄だな」ガボルアは躊躇わない。砂を蹴って間合いを詰める。

 砂鮫が牙を剥いて飛び掛かる。砂上では砂鮫の方が速い。

 ガボルアは攻撃を止めない。巧みに槍を伸ばして突き刺した。

 「ギュウォルアアアアア!」と耳障りな悲鳴が上がる。

 ガボルアは突き刺したままグリグリと掻き回す。槍の角度を巧みに変えて暴れる砂鮫を近寄らせない。それをしばらく続けると動かなくなった。

 スィラージ「さすが、大したもんだよ」

 ガボルア「群れじゃなくて良かった」砂鮫は頭の形で雌雄がすぐわかる。雄は頭の先が尖っている。今回は群れを持たないはぐれ雄だった。「早く行こう。血の臭いですぐ集まってくる」血に濡れた穂先を砂中で掻きまわす。鉄製の穂先はともかく、木製の柄に付着した血はむしろ凝固するのだが、乾くことで臭いだけは薄められる。

 シフ「ところで呪文の名前を叫ぶ必要ってあるのか?」

 ルシール「無いけど」少し恥ずかしそう。

 スィラージ「叫びたくなる君の気持ち」しみじみと「……わかる、俺、わかるよ」

 ルシール「うるさい黙れ」

 ガボルア「いいから早く行くぞ」

 シフ&スィラージ「「了解」」

 ルシール「りょーかい」

 全員リュックサックの砂を払ってから背負う。

 砂上に砂鮫の死骸が横たわる。流れ出した血が赤黒く砂を染める。ナイル川のワニに似ているが、足の生えた大蛇と言った方がしっくりくる。砂に潜るため頭から尾まで細長く、砂を掻くため前足は太く短く、爪が大きく鋭い。その顎は蛇のように大きく開く構造となっており、覗く犬歯も鋭い。

 シフ「みんな、行く前に氷を拾っとけよ」砂に刺さった氷のナイフを数本ずつ拾う。砂を払い落として懐に入れる。シフは首筋に一本当てた。心地良い冷感。無から魔力のみで水を生み出せる魔法は重宝するが燃費は悪く、少しでも有効活用した方が良い。

 30分ほど歩いてスィラージが振り向くと、あの死骸はもう他の砂鮫に食らいつかれていた。あいつらは共食いをする。日が沈むのはその方向。逆光になりシルエットが強調される。



 シフたちが国境の砦に到着した時には完全に日が落ちていた。三日月の夜。少し雲があるが月明かりで浮彫のようになっている。国境と言っても明確な国境線は無く、荒野にポツンと砦だけある。市街地はもっと先。

 砦の正門に浮彫レリーフがある。向かい合う獅子。それはカダ王国の国旗にも用いられる意匠だ。

 砦は強固な石造二階建て、屋上には一段高い望楼があり、そこで見張りがこちらを見ている。外壁は無い。日没と同時に門は閉ざされる。

 シフたちは入国審査を受けて入国許可証を入手する必要がある。渡船局、取引所、病院、宿屋など、各種の公認施設を外国人が利用するには入国許可証の提示が求められるからだ。

 脇にある通用門を叩く。

 シフ「こんばんわ。もう終わりですか」

 覗き窓から兵士が顔を見せる「今日の受付はもう終わりだ。明日にしてくれ」

 シフ「仕方ない、そこに泊まるか」砦の傍に粗末な宿がある。

 スィラージ「なかなか素敵な宿だな」宿の看板には『フォートサイドホテル』とあった。

 入ってみると今夜の客は彼ら四人だけだった。ローマ帝国まで続く交易路とはいえ、ローマ帝国にとっては非正規の交易路であり、保護されていない。月に数度の大規模な商隊以外の往来はあまりないのだ。

 木造の宿は高床式。板を引いた9畳ほどの板間一つしかなく、毛布を被って雑魚寝するしかなかった。寝台も無いが野宿するよりはマシだ。砂鮫の警戒が不要になるだけで全然違う。

 宿屋の主人が、好色な目でルシールを眺め、シフに囁く「あんたのコレかい?」髭がすごくもじゃもじゃ。スチールタワシみたいだ。虫が入り込んだら多分出て来れないな。死の迷宮と呼んでも過言ではない。

 シフ「一応はそうなっているな」

 宿屋の主人は交渉可能な何かを見出したのか「いくらだ?」もじゃもじゃが躍動している。

 シフ「やめときな、多分痛い目見るぞ」しかし本当にもじゃもじゃだ。話していると見てしまう。

 宿屋の主人「……そうか」微妙な表情。

 出された夕食は茹でたジャガイモに塩をふっただけという簡素さ。天井からは無限灯(※1)が一つ吊るしてある。弱い光。壁に人影が揺らめく。

 大部屋にはテレビが一台置いてあり、新聞のテレビ欄を参考に何を見るか会議が始まった。

 シフは暗がりから伊達メガネを光らせてゲンドウチックに言った。「これより第8回選定会議を開催する」

 ガボルアは既に毛布を被って就寝中。

 スィラージが挙手「議長! 私は9時からの『魔法小学生キャサリンの憂鬱(※2)』が疲れた体を癒すのに最適と考えます」宿で供されたぬるい麦茶をがぶ飲みしている。

 シフ「うむ、なかなかイイね(笑)」茹でたジャガイモを元気に咀嚼する。痩せているくせによく食べる。

 ルシール「やだよ、そんなの。『愛と戦車と盆踊り(※3)』の方が絶対に良いよ!」こちらは3杯目の麦茶。持参していたレモングラス(ハーブの一種。効能は魔力回復を促進)の細切れを入れている。ツンとした鋭さを含む清涼感のある香り。マントを脱いで帽子を取ると、子鹿色の豊かな髪が左右に三つ編みで垂れている。その胸元にはペンダント。大粒のブラックオニキスが嵌め込まれている。

 スィラージ「ぺっ、あんな薄っぺらなドラマの何が面白いのか、俺、全く理解できないんだけど。どうせ福川正春が見たいだけじゃないの?」

 ルシール「は? あの禁じられた純愛の美しさが理解できないなんて、頭おかしいんじゃないの? このアニメエリートが!」

 スィラージ「ぐは!」女に言われるとさすがにつらい。

 ルシール「いい年して少女アニメなんか見て! あんた26だっけ?」容赦がない。

 スィラージ「歳は関係ないだろ。ちくしょう、見ればわかるのに」

 ルシール「見るわけがないでしょ」

 スィラージ「見ればわかるというのに。キャサリンの深い悲しみがいかに男の胸を打つのか」なんだか泣きそう。

 ルシール「やだやだ、これだからアニメエリートは」

 シフ「まあ落ち着け、俺はどっちもありかなと思うけど、あなたはどう思われますか?」

 ボロボロソファに寝そべっていた宿屋の主人は、もじゃ髭を撫でながら回答「野球中継だ。これは俺のテレビだからな」

 部屋の隅で毛布を被っていたガボルアが寝返りをうった「やれやれだな」

 


 その翌朝未明。わずかな振動と衣擦れの音にシフは目を覚ました。薄目を開ける。宿の主人が室内を忍び足で歩いていた。荷物を物色するつもりか。獲物を探す目。荷物は各々の枕元にある。シフは毛布の中でナイフを掴んだ。

 この時ルシールは少し離れて部屋の隅で毛布にくるまっていた。その胸元にブラックオニキスのペンダントがちらりと見える。宿屋の主人(もうめんどくさいからビルと仮称)が彼女の前に歩を止めた。

 あれに眼を付けたか。魔法が掛けてあるようだが粒も大きく中々の逸品だ。

 と、そこでシフは気付いた。何故かビルの足元にスィラージが寝転がっていてビルの足首を掴む。ビルがぎょっとして見下ろす。それからビルが視線を戻すとルシールも眼を開けている。相手を見詰めるその眼が赤く光りだす。

 数秒の沈黙。三人の視線が絡み合う。

 何をやっているんだか。シフは笑いそうになるのを懸命に堪える。

 ビルが後退。

 それからルシールがスィラージの顔に手を伸ばす。見えないが頬をつねったらしい。じたばたとスィラージが悶える。ミシミシと家鳴り。

 スィラージも後退。

 ルシールは少し起こした頭をまたコロンと落としてすやすや。

 豪胆だ。慣れたあしらい。大したものだ。

 ちらりとガボルア見る。毛布を被って微動だにしないが多分目を覚ましている。気配でわかる。

 シフは目を閉じた。

 ビルに対するお咎めは無しだ。被害があれば容赦しないが、長い旅の途中、この程度でいちいち噛み付いていたらキリがない。隙を見せなければ良いだけの話である。




 【※1 無限灯】各地の古代遺跡から発掘される利器である。小さなガラスに封入された発光体が殆ど半永久的に光を放つので照明として重宝する。光量、光色とも多様な無限灯が存在する。この時代の技術では再現不可能。決して安価ではないが、かなりの数が発掘されているので中間層クラスの庶民で一家に一つは購入できる程度の値段である。実はシフも一つ持参している。

 【※2 魔法小学生キャサリンの憂鬱】今期放映のアニメ。子供向けながら大人でも楽しめる奥深さ。スィラージが言うにはキャサリンの決めセリフ「貴様!鼻に指引っ掛けて3階から吊るすぞ!」はあまりにも有名。未だにシフもルシールも知らないけど。

 【※3 愛と戦車と盆踊り】今期注目のトレンディードラマ。イケメン俳優と評判の福川正春が主演。放映の翌朝は20代女性たちの間で話題沸騰。見ないと村八分にされるという。ルシールの感想「とにかく正春がカッコいいのよ」純愛どこ行った。

 【※4 砂鮫】コモドドラゴンの大型変異種。より狂暴。一頭の雄がハーレムを作る。砂に潜る為、前足が特に発達している。嗅覚鋭敏。雄は頭の先が尖り気味。

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