1-1 良い年した大人が子供のように遊んでいるのを見ると、豊かな気持ちになってくる。物事には程度ってもんがあるけど

 遠く北の地平線上、雲の合間に一つ、黒い点が飛んでいる。

 「珍しいな」シフは歩みを止めて呟いた「龍かな」かなりの速さと大きさ。龍だと思う。

 後ろからザクザクと砂を踏む音。仲間たちだ。

 スィラージ「そんなことよりも水……水が欲しい。マジヤバいんだけど」

 シフ「もう少しだから頑張れ! ファイト1発!」

 ルシール「そのセリフは聞き飽きたよ。まだ着かないの?」

 シフはもじもじ、たじたじ「あの、その、も、もも、ももももももう少しだと思うんだけど、きゃ♪」

 スィラージ「かーーっ、ぺっ!」すぐ奇声を上げる男。

 シフ「あっはっはっはっはっは、そんなすぐ怒るなよカルシウム足りないんじゃないのか? 小魚食べた方が良いぞ。ほらスルメ喰え」何故か当たり前に出てくるスルメの細切れ。

 スィラージ「貴様! そんなの喰うわけないだろう、でもくれ」余計に喉が渇くけど空腹でもある。

 シフ「はいよ」細切れを一本渡す。

 ルシールは溜め息「ほんと、人を怒らせる才能は天才的だよね」

 シフ「まあ落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。最後の五里塔を越えて2時間くらいだから、あと2、3時間も歩けば着くと思うぜベイビー♪」

 ガボルア「……やれやれだな」

 シフ「とりあえず国境はこのまま北東だから」ほら飲め、と自分の水筒をスィラージに渡す。「2口だけだぞ」それが水を長持ちさせるコツ。

 スィラージはにちゃにちゃとスルメを噛みながら「いつも迷惑かけるねえ」水筒を嬉しそうに受け取る。

 シフ「お母さん、それは言わない約束でしょ」

 龍と思しき黒点はいつの間にか消えた。



 最後のオアシスを出て2日。今日明日にはカダ王国に着く筈である。

 周囲は一面の砂。幾つか緩やかな砂丘が見えるが概ね平坦な地形。綿雲が浮かんでいる。砂漠だが雲が多い。湖が近いからだろうか。東の地平線にうっすらと山影が見える。ほぼ無風。

 4人の男女が杖を突いて歩いていた。それぞれがリュックサックの上から羽織ったマント、フードや帽子で日光を防いでいる。



 暑いことは暑いが、冬季なので思ったよりも涼しい、しかし乾燥したハルマッタンが舞う北回帰線直下。



 北アフリカの内陸に広がるサファム《サハラ》砂漠は一見すると砂しかない不毛の大地である。

 しかしそれは必ずしも正しくはない。

 ナイル河が南北に貫いて豊かな耕作地を従えているし、点在するオアシス都市を結んで網目のような交易路がある。大量の砂の下には先史文明の都市が眠るというし、砂漠の中央、砂の海には砂イルカ、砂鮫、砂クジラなど独特の生態系がある。さらにこの頃は現代よりも砂漠面積が小さく外縁部は緑が濃い。たしかに厳しい土地だが、意外にも賑やかで不毛というのは少し違う。

 時代は1世紀。この砂漠の片隅、エジプトの遥か南から物語は始まる。


 早速メンバー紹介を。

 「あー疲れた」後列を歩く女はルシール。黒と緑のとんがり帽子。帽子のつばが長く表情は影の中。曰くありげに捻じ曲がった杖。魔法使いだ。けっこう美人さん。挑発的な口元。力のある眼光。20歳。

 先頭を確かな足取りで歩く男はシフ。隊長を務める。「疲れ傷付いた魂を癒すもの、それはアニメ」黒い角縁の伊達メガネが胡散臭い。緊張感の無い、自然で楽しそうな表情。25歳独身。「だろ?」

 スィラージ「君が憎い」シフの相棒でサポーター(各種技能を持った支援者)を務める男。金髪碧眼の爽やか系イケメン。だけど髪はボサボサ、無精髭点々。さすがに歩き疲れてヘロヘロ。26歳独身。彼女絶賛募集中。

 ルシール「何言ってんだか」

 最後尾のガボルアはガード(護衛)。小さく嘆息して無言。頑健な体躯に浅黒い肌。槍を杖代わりにしている。34歳。


 足跡も道標も無いがシフは心配していない。太陽と遥か東に見える山影が、進むべき方角を教えてくれる。

 だがラクダが無いのはきつい。先日の騒動で失ってしまった。今は歩くしかない。

 シフ「しかし、こうして朝からずっと誰もいない砂漠を歩いていると、人類は滅亡したんじゃないかって気がしてくるな」

 スィラージ「そうだなあ、人類はどこに行ってしまったんだろう?」

 シフ「だから最終戦争ハルマゲドンで滅んだんじゃないのか?」

 スィラージ「やっぱ君、アニメの見過ぎ」

 シフ「お前だけには言われたくない」



 しばらく歩いてシフ「ところで風邪を引いた時の対処法教えてやろうか?」

 スィラージ「はあ、どうせろくでもないってわかっているけど。またネギとか言い出すんだろう?」

 シフ「ああ、そうだよ」何故か怒りだす「確かにお前の予想通りネギだよ、まったく。だけどネギにもいろんな使い方があるんだよ。ネギをなめるな! この、タマネギ野郎が!」

 スィラージ「あっはっはっはっは、君のネギ好きは充分過ぎるほどわかったよ。それで風邪引いたらどうするって?」

 シフ「まったく! 最近の若い奴はこれだから! まったく!」ひとしきり怒ってすっきりしたのか穏やかな口調「ふうう、そうだな、では第一に……刺してみようか」

 スィラージ「どこに? ってまたケツの穴とか言い出すんだろ、カス野郎が」

 シフ「あたり! さすが! さすがなんでもよく知ってるなあ。昔やってたんじゃないのか?」

 スィラージ「ぺっぺっ! 黙れよカス野郎」

 シフ「あっはっはっはっは」

 ルシール「はあ……」彼女の眼差しは遠い。

 


 しばらく歩いて今度はスィラージ「おい、トロ6当たったことある?」

 シフ「帝国銀貨1枚(1万円相当)くらいならあるが」

 スィラージ「良いなあ、俺、帝国大銅貨1枚(1000円相当)以上当たったこと無いんだけど」

 シフ「そうか、不幸な星の下に生まれてしまったんだな」

 スィラージ「ぬおおおおおおおおおおお!」

 シフ「あっはっは」

 ルシール「うるさい、あんまり疲れて頭にきてるんだから」

 スィラージ「すみません」

 


 さらに歩いていくと今度はルシール「お腹すいた……ハンバーグとトンカツってどっちが好き?」

 シフは少し考えて「トンカツだな、っていうか何故かトンカツばかり食べている」

 スィラージ「俺もどっちかって言うとトンカツの方が多いかな。好き嫌いってわけじゃないんだけど」

 ルシール「あたしはハンバーグかな。ハンバーグが良い。たまにはワインでハンバーグが食べたいよ」

 シフ「ほう、あの肉をペチペチ叩いて空気を抜くのが好きだから? 快感?」

 ルシール「あはは、まったく、あんたは何を言っちゃってんのよ」

 シフ「つまりルシールはドS野郎だと」

 スィラージ「やっぱり! 俺もそうじゃないかと思っていたんだよ」

 ルシール「はあ、やれやれ。つまり、そういうあんたらはドM野郎だと言うことね」

 スィラージ「ぽ」

 シフ「嬉しがってんじゃねえよ、この変態が!」

 スィラージ「ぎゃは♪」

 シフ「あっはっはっは」

 ルシール「あーイライラする……」



 そんなムーディーな会話を時々しながら歩を進め、砂の大地がじわりと染まり始めたころ、ようやく砦の影が見えてきた。

 シフ「ようやく人類の世界に帰ってきたようだな」

 スィラージ「そうだな」

 見通しの良い砂漠のことなのでまだ1時間はかかるが、カダ王国の国境である。地平線が輝いている。カダ王国は大きな湖の湖畔にあり、その湖面の反射だろう。

 しかし太陽を斜め後方から受けて湖面が輝くということは、湖面が荒れているということになる。向こうは風が吹いているのだろうか。

 ルシール「ついにカダ王国か。思えば長い道程だったねえ」

 シフ「2,3日は休ませてもらうか」

 スィラージ「ほんとに遠かったなあ。オラ疲れちまったよ」

 ルシール「ねえシフ、この国についてもう一度教えてよ」

 先日同じ質問があったので、今度は違うことを答えたいシフ「んー、そうだな、こんな話がある。この国の国民性が良く出てると思う話だ。王国の漁村にとある夫婦がいた。とても仲の良い夫婦だったんだが、ある時妻が病気になった。死ぬ病気だ」

 ルシールは黙って聞いている。

 シフ「妻は言った『あたしはこれから死ぬでしょう。だけどずっと一緒に居させてください。この家の壁にでも埋め込んで貰えませんか』と」

 ルシール「うげ。怖い話は嫌なんだけど」

 シフは抑えて「まあ最後まで聞いてみろ。夫はその願いを聞き遂げた『ナイス! お前冴えてるな! いつもお前を近くに感じることができるとはベリーナイスな提案だぜ♪』と。妻はさらに言う。『うふふ、たまに壁の中から呼びかけるからちゃんと答えてくださいね』」

 ルシール「あんたそれ脚色入ってるよね」

 シフ「夫は答えた『わかった。お前を一人にしたりしない。パチンコ(※1)に行くのもうやめる』と。しばらくして妻は死に、夫は遺言通りに自宅の壁に妻の遺体を埋め込んだ」

 ルシールは嫌そうな顔。

 シフ「最初は何事も無く過ぎていったが、10日ほど過ぎた夜。夫が寝ようとしていると壁の中から声がした。『あなた、ちゃんと歯磨きしましたか?』夫は答えた『歯磨きも、風呂も、寝る前のトイレも済ませたぜ。心配するな』妻はさらに問いかける。『明日の着替えは準備しましたか?』夫『おっといけねえ、忘れてたな』」

 ルシールは苦笑。

 シフ「そんなやりとりがたまに為されるようになった。しかし、たまになら良いんだが、だんだん頻繁になって夫は面倒くさくなってきた」

 ルシール「あー、そういう男って多そう」

 シフ「そして、とある夜、その家に貧乏な旅人が一夜の宿を貸してくれとやってきた。夫はこれ幸いと旅人に受け答えを頼むことにした。『壁の中から声がするけど適当に相手していれば大丈夫だから』と。夫は久しぶりのパチンコへゴー! これが行かずにいられるか! カモンベイビー!」

 ルシール「カス野郎ね。その夫もあんたも」

 シフ「俺を一緒にするな。最初は驚いた旅人だったが『あなた何やっているんですか?』『今、晩飯食べているところだよ』とか適当に答えてそれで収まった。しかしその夜は何度も問いかけられて旅人も面倒くさくなってきた。そして妻『そろそろ寝た方がよろしいのでは。明日も早いんじゃないですか?』旅人は買っておいた酒を飲んでいたが」

 ……ぐっと間を貯めてシフ「『うるせえなあ、あんたの亭主はパチンコに行っちまったよ』すると途端に! ガバ! と壁が崩れ妻のゾンビが飛び出してきた!『なんですってえ! あのバカ亭主ーー!』旅人はもうびっくり仰天」

 ルシールの背後からスィラージが大声で「うぎゃあああああああああああああああ!」

 ルシール「うわああああああああ! って驚かすな!」

 シフ&スィラージ「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは」

 ルシール「死ねばいいのに」

 ガボルア「……ぶふっ!」堪えていたけど吹き出した。



 ちなみに、前回話したカダ王国の概要は、治安が良く、主産業は中継交易と農業。物価は安く特産物はナツメヤシ、大麦、魚。ビール(※2)。その国民は外国人の旅行者に対して警戒心強め。

 



 【※1 パチンコ】悪魔の賭博遊戯。その兄弟にパチスロがあるがこれも悪魔の賭博遊戯。玉とかメダルを増やそうとして何故か減っていく、圧倒的敗北に至る遊戯。アレクサンドリアの大規模店舗には開店前から数百人もの行列ができると有名。その賭博遊戯に囚われた者を巷ではパチンカスと呼ぶ。

 事情通H氏「注ぎ込んだ資金は巡り巡って朝鮮半島某国で核ミサイルに化けるから、もうパチンコなんかやめてやる。真の男がやめると思った時、それは既にやめた後。夏の夜の夢」はまさに至言。結局やめてないけど。

 【※2 ビール】麦で作る酒。みんな大好き。ガボルアにとっては主食という噂。古代、世界各地で作られ伝播した。紀元前4000年頃のメソポタミア、中国において、また紀元前3000年頃の古代エジプトにおいて醸造の痕跡が見つかっている。古代エジプトでは王墓建築の職人への配給食糧とされていた。

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