I knew sin.

第10話 PITFALL


 ノアと出会い、御茶会の三人組と過ごして三ヶ月。未だに記憶は戻らず、御茶会に加入するかも決まらないまま日々を過ごしていた。


 三人も、目立った動きはしないまま、下準備を整えているらしかった。


「白ウサギに会えれば、事は一気に進むが……難しいな」


 帽子屋は気難しそうな顔でこの世界の地図を開く。覗き込むと、あちらこちらに手書きのメモが書き加えられている。


「女王はここと元の世界の狭間にいる。狭間に行けるのは白ウサギだけだ。奴らも俺たちみたいなのがいるのは把握している。だから姿を隠している」

「狭間……」

「俺たちも一度狭間を通ってきている。だからどこかに抜け道があるんじゃないかと思って調べているんだが……」


 帽子屋が嘆息する。成果は芳しくないらしい。

 もう一度地図を見る。四つの国には全てバツ印が書かれていて、下に備考が書かれている。無名の町や、海も調べているようだが、狭間は見つからないらしい。


「やはり白ウサギを見つける事に重点を置いて探すか」

「俺は白ウサギに会うのは反対だ。このまま俺たちで狭間を調べればいい」


 三月ウサギが反対すると、帽子屋の眉が吊り上がる。

 この二人はとことん折り合いが悪い。何かあればすぐに喧嘩を始める。

 冷えた声で「馬鹿ウサギめ」と返した時点で二人の衝突は避けられない。席を外している眠りネズミが至急戻ってくるよう祈るばかりだ。


「狭間を見つけるには時間がかかる。元の世界よりもずっと狭いここで何年も調べてこれだぞ」

「白ウサギだってどこにいるか分からねぇだろ。大人しく案内してくれるタマでもねぇ」

「確率は白ウサギを見つける方が上だろう」

「どっちも砂漠の中で砂金を見つけるようなものだろ」

「馬鹿め。それを言うなら干し草の中から針を探すだ」

「んなこたぁどうでもいいんだよ紅茶中毒者」

「俺が紅茶中毒者なのも関係がないよな?」


 言い合いは次第にヒートアップしていく。俺はそっとソファーの裏に隠れた。俺が口を出しても解決する見込みはない。触らぬ神に祟りなし。


「……また喧嘩してるの。飽きないねぇ二人とも」


 ドアが開く。眠りネズミが帰ったのだ。

 ようやく救世主が来た!

 ノアと一緒に震え上がっていた俺は歓喜した。


 運び終えて空になった薬箱を置いて、眠りネズミは呆れ返った。眠りネズミの帰りに気がついた二人は途端に眠りネズミに駆け寄った。


「眠りネズミ! 白ウサギを見つける方が早いよな!」

「ネズミ! 狭間を探した方が良いよな!」

「どっちでもいいよぉ。なんならトランプたちを脅す方が早い気がするし」


 一番ぶっとんだ策を言い出した。眠りネズミは救世主でもなんでもなかった。

 トランプは四つの国の王たちのことだ。つまりは王を脅せと言っている。えげつねぇ。


「戦争になるだろ」

「いや? 彼らは自覚の薄い王だから、かなりガードは緩いよ。暗殺くらいボクでもできる」

「殺すな殺すな」


 胸ポケットにいるノアが「主様、眠りネズミさんがボスなのですか?」と訊いてくる。多分そう。俺は目で肯定する。


「行方知れずといえば、チェシャ猫もどこにいるんだろうねぇ」


 チェシャ猫。俺をここに連れてきた、俺を知っているだろう人物。

 この三ヶ月間、一度は姿を見せるだろうと思っていたが、音沙汰はまるでなかった。三人もチェシャ猫の居場所は知らないらしく、チェシャ猫の生死すら知らないままだった。


「あんな不審者、来なくていい。猫は嫌いだ」

「そうだな。紅茶が不味くなる」

「その態度でチェシャ猫が寄り付かなくなるんだ。アリスくん、二人を恨んでいいよ」


 ぐっと親指を立てた眠りネズミに乾いた笑いを零す。

 二人は相当チェシャ猫が嫌いらしく、さっきまで喧嘩をしていたはずが、今度は悪口に花を咲かせている。


「せめて話が聞きたかったけどなぁ」

「ああ、ボクもそう思っていたところサ」

「え?」


 慌てて振り返る。眠りネズミが入ってきたドアに体を預けて、チェシャ猫が立っていた。あのにやにやとした笑みを貼り付けてチェシャ猫が片手を上げる。


「お邪魔しているヨ〜」

「出ていけ不法侵入者」

「お帰りはあちらだ」


 即座に帽子屋と三月ウサギが立ち上がる。

 眠りネズミは呆れながらも二人の行動を止めない。


「乱闘は勘弁してくれないカナ。ボクはアリスに用があって来たダケだから」

「俺?」

「アリスを借りるヨ」

「10秒な」

「いや3秒だ」

「ごゆっくり〜」


 俺が何も言わないまま許可を出される。眠りネズミがひらひらと手を振ると、チェシャ猫が俺を担いだ。


「はあっ!?」

「主様!?」


 胸ポケットから落ちかけたノアを慌てて抑える。チェシャ猫はあっという間に俺たちを連れて部屋から出た。

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