第9話 NAME
困り果てて眠りネズミの方に顔を向ける。眠りネズミは悠然と微笑んでいた。
「今のが召喚術だよ。大成功だねぇ〜」
今の不思議な光景が、召喚術?
呆気にとられている内に、眠りネズミは小さな彼に近づく。
「君、コビトで間違いないかな?」
「はい。仰る通りです」
コビト……小人?
存在しないはずの存在に目を白黒させる。この世界は本当に意味の分からないことばかり起こる。
「コビトは主に尽くす種族だよぉ。この場合、アリスくんが主かな?」
「お詳しいのですね。仰られた通り、僕らは呼び出された方に命をかけて忠義を尽くします」
「はぁ……」
「命令があれば、なんなりと」
恭しくお辞儀をして畏まるコビト。俺は慌てて顔を上げさせる。
「そんな畏まらなくても……もっと気軽に……」
「……いくら主様の要望といえども、主従の関係を覆すことはできません」
「ね、眠りネズミさぁん……」
情けない声を上げて眠りネズミに助けを求める。それに対して眠りネズミはコロコロと愉快そうに笑った。
「仕方ないよ。そういう種族なんだ」
「主様、なにかご命令はありませんか?」
「え、と……じゃあ、名前を教えてくれないか?」
きょとん。その言葉に二人は目を見を丸くさせた。
「アリスくん、この子はナナシだよぉ? 知らないの……ああ、そっか……知らないよね。毒されてたなぁ……」
眠りネズミは説明する言葉を探しているようで暫く腕を組んで考え込む。コビトも眉を下げて居心地が悪そうにしている。
「えーと、ナナシは名前を持たない、元々ここに住んでる人たちのこと。ボクらのように死んでここに来たわけじゃない。大体の人はナナシだよ」
「……やっぱり変な世界」
もう何度目かの呟きだ。何度も何度もこの世界が変だと確認させられている気分になる。
俺はげんなりと溜息を吐き出すと、コビトに向き直る。
「俺はアリス。ここに来たばかりで、記憶も色々ない新入り。あー……常識知らずって思ってくれ」
「いえ、新しく来た方であれば知らないこともあります。僕もサポート致しますので、よろしくお願いします」
「……マトモだ!!」
「珍しいねぇ。アリスくん運がいい〜」
急に首を絞めてこない、騒がしくない、追い出そうとしない。極めてマトモな対応に感涙にむせぶ。
「召喚術も使える。うん。これなら薬草集めも任せられそうだ。アリスくん合格〜」
「えっ。失格の場合もあったんですか」
「その時は仕方ないから、帽子屋くんのところへ行ってもらってたかな。ざっくり言うなら、裁縫だし」
首と体を縫う作業を裁縫とは言わない。少なくとも俺は認めない。
いつの間にか窮地に立たされていた自分の未来に身震いする。
「君たち二人には当分薬草集めを担当してもらうよぉ。慣れてきたら薬を届ける仕事も頼もうかなぁ」
「分かりました」
眠りネズミは一度コビトに視線を向けると、柔らかく微笑んで視線が合うように屈んだ。
「コビトくん。ボクは眠りネズミ。アリスくんの保護者第一号だよ。よろしく」
「眠りネズミ様。よろしくお願い致します」
俺に向かって礼をした時と同じように、深くお辞儀をする。
コビト、コビトって。名前が無いのも変な感じだ。俺なら人間って呼ばれたら殴る自信がある。
「……お前に名前を付けるってのは駄目か?」
「えっ」
「おっと、法律を破っていくスタイル。いいね、御茶会に加入する日も目前だ」
「えっ!? 法律!?」
思わぬ言葉にどっと冷や汗が流れる。対するコビトも似たような血の気が引いた顔をしている。
「何条かは覚えてないけど、白ウサギ以外で名前を与えるのは法律違反だよぉ。首撥ねられちゃう。帽子屋の仕事も増えるねぇ」
「こわ……」
覚えていない実家に帰りたい。切実に。
「主様、僕は気にしていませんので。名前をつける必要はありません」
「え? つけないの? いいじゃん。女王に歯向かってる感じが特にいいよ」
「眠りネズミさん。反骨精神たっぷりっすね……」
「ボクだって御茶会メンバーだしねぇ。女王も嫌いだよ」
いい笑顔でさらっと毒を吐く。
眠りネズミはあまり人を嫌いだとかを言う印象がなく、穏やかに笑って受け流すイメージが強かった分、衝撃を受けた。
「……ま、俺もよく分からないルールに従うほど真面目じゃないし……」
「主様? 犯罪ですよ主様?」
「残念。ここは反乱軍の本拠地だよコビトくん」
コビトは眠りネズミの言葉も気にせずに俺を一生懸命止めようとする。
小さな体で服の裾を引かれると、少しばかり罪悪感が湧くが、それでもこれは俺の都合だ。
「主からの命令だ。お前はこれからノアと名乗れ。コビトでもナナシでもない、お前の名前だ」
「……コビトが主の命令に逆らえないのを知ってのことですか」
「……それは、知らなかったけど。知ってても変わらない。俺が呼びにくいから名前をつけるんだ」
ぱっと顔を赤らんでコビト――ノアは困ったように言葉に詰まる。
俺はゆっくりノアの言葉を待つ。
「……ノア……今後はノアと名乗ります。これでよろしいでしょうか、主様」
「うん。よろしく」
なんとか受け入れてもらったようだ。俺は笑って小さな手を握る。
返された小さな手の力にノアを見ると、ノアは破顔した。
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