第8話 SUMMON
この世界人間を捨ててる人間が多すぎる。怖い。
べそべそと泣いてると三月ウサギが「お前もいつかイカれる」という救いにならないフォローをする。
「大丈夫だよぉ。今のアリスくんに魔法は求めていないから」
「術式の方か」
「うん。召喚魔法を使えるに越したことはないけど、難しいのはボクだって分かってるし。召喚術で妥協するよぉ」
アリスを置いて眠りネズミと帽子屋が話を進める。どうやら魔法と術式だと術式の方が威力は弱く、その分普遍的であるらしい。
「失敗してえげつないの出てきたら困るから俺行くわ」
「俺も次の仕事があるから」
「わぁ〜薄情者〜」
片手を上げて足早に三月ウサギが部屋を出る。ゆったりとした足取りではあるが、帽子屋も続けて部屋を出る。
眠りネズミは肩を竦めた。
「二人とも情けない男だよね」
「……あの、そんなに難しいものなんですか?」
「大丈夫大丈夫。いけるいける」
鷹揚に微笑んでいるが、その根拠は一切語られない。未だ説明されない手順に不安は募る。
「どういう風にやるんですか?」
「やだなぁ緊張しちゃって。本当に簡単だってぇ。あ、でも痛いかも?」
「イタイカモ?」
一瞬異国の言葉のように聞こえたが、正しく俺の知っている言葉だ。
痛みを伴うものかもしれないと眠りネズミは言っているのだ。
「痛いって、どういうことですか?」
「え? 召喚術には召喚者の血が必要だから、やっぱり痛いかなぁって」
血が出るなら痛いでしょうよ、そりゃあ。
ぐらりと目眩がする。思いもよらない召喚術の手順に血の気が引いたものの、ここで怖気付いてはいけない。
気合いを入れ直して「続きをお願いします」と眠りネズミに頼む。
「いいねぇ〜男だねぇ〜。頑張るアリスくん見てると、ボクも気合いが入るよぉ」
眠りネズミは片付けた本棚から一つの本を取る。
ページを開いて俺に見せるも、そこに書いてあるのは子供が書いたような落書きばかりだった。
「なんですか、これ」
「これが召喚の術に必要な陣。色々な計算式がこの陣には書かれていて、慣れてきたら自分でアレンジを加える必要もあるんだけど……まずはこの本を見本に陣を書く練習」
「はぁ。書くものに何か指定はありますか? 何の紙に何のインクとか……」
「書く対象はなんでもいいけど、インクは召喚者の血じゃないと駄目だよ」
ここで血が出てくるのかよ!!
渡されたナイフを呆然と受け取りながら、内心頭を抱える。
陣を書いた後に血を一滴とかじゃなくて、全部血? 正気? 誰だよこの召喚術を作ったやつ? 頭イカれてる?
……この世界イカれたやつ多いんだった。
眠りネズミは呑気そうに「初心者さんにはこの陣もオススメかなぁ〜」と別の本を開いている。
正方形の布がいつの間にか用意されていて、つまりはそこで書けということだった。
「……い、いきます」
逸る心臓を無視して息を止める。
ええいままよ!
ヤケクソで指先に当てたナイフを滑らせる。つ、と玉を作った血が次から次へと流れ始める。
「い゙っで……!」
「血が出てるからねぇ。ほらほら早く。それぐらいだったらすぐ血が止まっちゃうよぉ」
指を擦り付けて陣を書く? こんなに痛いのに?
正気の沙汰とは思えなかった。
「途中で書けなくなったらもう一回切ってねぇ」
「案外眠りネズミさんも鬼ですね!」
「うちは皆サディストなんだよぉ〜」
「知りたくなかったです!」
布に指を擦り付けると存外すぐに色を吸う。
この調子でいけば!
本と布を見比べながら手早く進める。
だがそこまで現実は甘くない。ナイフは何度か出番があった。
やっとの思いで最後の線と線が繋がる。俺はもう疲れきっていて、終わった途端椅子へ倒れ込んだ。
「……終わった!」
「お疲れ様ぁ。じゃ、よーく見ていてね」
見る?
俺は陣を書き終わった布を見つめた。すると陣が淡い光を放っていることに気がつく。
なんだ? 何が起きている?
シャボン玉のような膜が陣を覆う。
ゴボ。ゴポポ。水音が部屋に響き、何かが陣の中から出てくる。
異様な光景に目が離せないでいると、何かは漸く全体の様子を見せた。それはどこかの本で見たことがある胎児の様子に似てる。
何かは次第に細かく形を変え、目鼻がはっきりとしてきた。まるで母体の中の胎児の成長を早送りで見せられてるみたいだった。
成長が一通り終わり、膜が弾けて消える。
そして何かは立ち上がり、恭しく礼をしながらアリスに尋ねた。
「あなたが、新しい主様ですか?」
「……主?」
一回りも二回りも小さい、手のひらサイズの彼は「はい。貴方です主様」と頷いた。
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