第6話 AFFILIATION
俺が寝ていた部屋から場所を移動して、説明を受ける。
談話室のような部屋で、先程よりもずっと広い場所だ。
長いテーブルには乱雑に食器と食べかけの菓子や手のつけられていないケーキが置かれていた。
三月ウサギは頬杖をつきながら。帽子屋はあまり興味が無いのか、紅茶を飲みながら本を読んでいる。
「御茶会ってのは、ボクたちレジスタンス組織の名前」
「レジスタンス……」
「いけ好かない女王に反抗する奴らだな」
女王。
また現れた名前に眉を顰める。
いけ好かないということは、女王は何か悪いことでもしているのだろうか。
帽子屋の顔色を見るも、涼しい顔で紅茶を飲んでいるだけだった。
「いかれ帽子の周りはいけ好かないやつばっかりだ」
「むっつりウサギを含めてな」
ぶすくれた顔で三月ウサギが野次を飛ばす。それに中指を立てながら帽子屋も喧嘩を売った。
カーン、どこかでゴングが鳴った音がした。
「表出ろや貧弱帽子」
「上等だウサギもどきの脳筋ゴリラ。白ウサギに名前を変えてもらったらどうだ?」
「お前はそのままでいいなぁ。いかれ帽子屋。ピッタリじゃねぇか!」
「言うじゃねぇか。前言撤回する。色ボケ野郎にはお似合いの名前だな」
ひぇ。小さな悲鳴がとうとう零れる。
眠りネズミは俺を連れて二人からそっと距離を置くと「馬鹿だからねぇ。無視していいよ。間違っても真似しないで」と忠告した。
「で、話の続きなんだけど。女王については知ってる?」
「ここで一番偉いってことしか……」
「うんうん。そうだよぉ。一番偉くて、一番自由なの。法律だって変えられるし、裁判だって意のまま。女王に何人も殺されたし、女王の圧政に苦しむ住人も多い」
喉の奥がひゅっと鳴る。
殺される? 圧政?
ひょっとしたらこの世界は思っていたよりも危険なのかもしれない。
だらりと冷や汗を流すと眠りネズミは勝気に微笑んだ。
「だからボクたちが終わらせる。新しい住人はキミで最後にしてみせる」
柔らかい笑みだった。それでもどこまでも意思が宿った表情だ。
見ると、帽子屋も三月ウサギも揃って似たような表情を浮かべている。
「新しい、住人……」
「住人は女王の命を受けた白ウサギが連れてくる」
「お前も白ウサギに会っただろうな。覚えてねぇかもしれねぇが、俺たちは皆そうしてここへやって来る」
帽子屋の話は奇妙だった。
それではまるで、ここではないどこかから、この世界へやってきたような話し方だ。
「ああ、それも忘れてんのか。いいか、アリス。よく聞け」
帽子屋は幼い子供に言い聞かせるような口調で俺に語りかけた。
「俺たちは皆――死んでいる」
「え?」
ぽかんと呆ける。
死んでいる?
そんなわけないだろう。こうして体があって、心臓も動いて、考えて、生きているのに。死んでいるなんて、嘘だ。
「嘘だ。生きている。生きてるはずだろ、俺も、帽子屋さんだって、」
「死んでる」
帽子屋はつまらなさそうに呟いた。
「死んでるよ」
穏やかな声だ。
静かに自分の死を受け入れている帽子屋に肌が粟立つ。
助けを求めるように眠りネズミを見るも、眠りネズミも微笑を浮かべているばかりだ。
「死んで、元の世界から白ウサギに連れられてこっちへ来るんだよねぇ」
「死因はなんだったか……ああ、首を吊ったのか」
「ボク病死〜」
「俺は喧嘩。リンチされて死んだ」
「やば」
「不良だな」
ケラケラ笑う眠りネズミを信じられない目で見る。
この中で俺だけが異質だった。俺だけが死を恐れて、信じたくないと喚いている。
俺がおかしいのか? 俺が死んだ記憶を忘れているから? だから俺は帽子屋さんたちを異常に思ってしまうのか?
「アリスのその戸惑いは正しい」
「え?」
帽子屋は俺の考えを見透かしたかのように口を開いた。
「俺らは世界に毒された。イカれた世界でイカれちまった」
「かといってマトモに戻れない。俺らは死んでるから、もう元の世界に帰れない」
「……ごめんね。アリス。キミが来る前にこの世界を終わらせたかったのに」
眠りネズミが俺の頬を撫でる。冷えた手だ。その手がゆっくりと慈しむように俺の恐怖を和らげる。
眠りネズミたちに対する恐怖はいつの間にか消えていた。
「温かい。……帽子屋。もしかしたらアリスはまだ生きているのかもしれないね」
「どちらにせよ女王が帰すわけねぇだろ。俺たちの目的は変わらない」
「女王をぶっ殺してこの世界を壊す」
「レジスタンスってより、テロリストじみてるな」
「違いなんてあるのか?」
「……ま、違いがあったとしても些細事だ」
ニヒルに口角を上げる帽子屋に目を細める。なんだかとても眩しい存在のように思えた。
「ま、御茶会に入る入らないは後にしよう。思っていたよりもアリスが何も知らない。まずは保護して、この世界を教えて、それからだねぇ」
「洗脳する気だな。アリス逃げた方がいいんじゃね?」
「眠りネズミは腹黒いからな」
「三月ウサギ? 帽子屋?」
じゃれあう三人を見て、なんだか肩の力が抜ける。
まだよく分からないことは多い。それでも、難しく考えることは無い気もする。
ふっと笑うと、三月ウサギが「おっ漸く笑ったな」と声をかけた。
「ようこそアリス。イカれた世界へ」
帽子屋がティーカップを掲げる。他二人も同じようにティーカップを掲げたので、俺も慌てて同じようにする。
「乾杯!」
カチリと陶器のぶつかる音がする。
口に含んだ紅茶はとても渋くて、舌を出す。それを見た周りがゲラゲラと大笑いした。
あ、なんだ。なんとかなりそうかも。
俺はへらりと笑ってみせた。
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