第3話 TRUMP
暫く俺はチェシャ猫に赤子のように撫でられながら、この世界について説明された。
曰く、この世界はワンダーランドといって、外から来る人物と元からいた住人がいるらしい。
曰く、外から来る人物は全員が白ウサギなる人物に会っているらしい。
曰く、外から来る人物は白ウサギにこの世界での名前を与えられるらしい。
「……白ウサギって、何者なんだよ」
「難しいこと言うネ。招く者……女王サマの駒カナ」
「女王?」
「この世界には四つの国がある」
チェシャ猫は手頃な枝を手に取り、地面にガリガリと地図を描く。簡易的な地図はそれなりに分かりやすいものだった。
大陸、海を大まかに描いたそれに、今度はトランプのマークを付け足していく。
東の海の近くにダイヤ、西側にハート、小さな島にスペード、北の大きな大陸の中心にクローバー。
「これが国?」
「そう」
チェシャ猫は順にマークを指差す。
「商業都市、ダイヤ」
「愛の国、ハート」
「軍事国家、スペード」
「宗教国家、クローバー」
次にぐるりとチェシャ猫は丸を描いた。描いた地図が全て収まるような円だ。
「そして、女王サマ」
「……女王」
「それぞれの国に王や女王がいるケド、彼らを統括する女王サマがいる。ここでの法は彼女だ」
「王様の王様?」
「皇帝みたいなものカナ? 副社長と社長みたいなカンジ? とにかく女王サマが一番偉い人だヨ」
トンと枝で地面を突く。チェシャ猫が「ここがボクたちのいる場所」と付け加えた。
南の大陸からひょろりと伸びた陸地は、どの国からも遠く、辿り着くには時間がかかりそうだった。
「ボクは女王サマと敵対していて、トランプたちとも女王サマとも白ウサギとも関わりたくないんだヨネ〜」
「はぁ」
「一緒にいても危険だし、御茶会トリオの所へ預けるのが無難カナ?」
「はぁ……?」
御茶会トリオとは?
チェシャ猫は一人でぶつぶつと呟いた後、自分の考えに納得がいったのか何度か頷いた。
「じゃあ善は急げ。出発しようカ!」
「はぁ……はぁっ!?」
ぐんと体を持ち上げられ目を白黒させる。
出発するのはいいが、担がれるなんて聞いてない!
チェシャ猫は細い体躯ながら怪力の持ち主のようで、俺を軽々と担いで走り出した。ぐんぐん上がるスピードに俺は必死でチェシャ猫にしがみつく。
「ちょっとぉ〜それ見えないヨ〜」
「ごめ、お゙あ゙っ! 枝! やば!」
「見えない見えない」
「じゃあ止まれよぉ!!」
人間ジェットコースターなんて望んでない!
俺の手がチェシャ猫の視界を遮っているらしいが、それでもチェシャ猫はスピードを落とさないで走る。
見えない分、先程よりも不安定な走りだった。枝が俺の頬を掠める。
「枝! 掠めた!」
「ウンウン。じゃあ手をどかしてくれナイ?」
「だから止まれって!!」
「アリスはワガママだなァ」
……今、俺を名前で呼ばなかったか、こいつ。
ケラケラと笑うチェシャ猫に、慌てて背中を叩く。
「チェシャ猫、アリスって、なんだ!」
「キミの名前。記憶が無いのが迷子ってカンジで、似合ってるデショ」
「よく分からねぇけど……」
「白ウサギへの嫌がらせでもあるんだヨネ〜」
「はぁ? ……っぅあ゙っ!」
目の前に迫る太い枝に気が付かず、思い切り頭をぶつける。そのまま俺は意識が朦朧となる。
気絶しそうだ。いや、するのか。
遠くで「あ。やっちゃった」というチェシャ猫の呟きが聞こえた。
やっちゃった、じゃねぇんだよ。
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