ただ、助けたかっただけなのに

 私の目の前で屋敷は跡形もなく吹き飛んだ。

 吹き飛んだと言って、近所の人は誰も驚かなかった。隣家が2kmは離れている、ということも無関係ではなかっただろうが、最大の理由は屋敷の主人である西行寺博士がS2爆薬の開発者だったことだろう。屋敷には研究室があったし、S2爆薬なら西行寺博士のささやかな豪邸なぞ木っ端みじんにできる。

 だが、西行寺博士の同僚と警察は驚いた。S2爆薬は安定性にも優れており、西行寺邸の研究室に保管されていたS2爆薬がなんらかの事故で起爆するということは考えづらかった。警察もその点で私に尋問してきたが、なんせこっちは西行寺博士とは遠縁の親戚というだけで、会ったのも今回のパーティーが初めてで、詳しいことは何もわからないと言い張って切り抜けた。実際のところ、何があったか把握している唯一の人物であるのだけれど。

 私が祖父(西行寺博士の従兄弟に当たる)の名代として屋敷を訪れた時、迎えてくれたのが博士の後妻で、この事件の鍵を握る静香さんだった。彼女に漂う物憂い影が西行寺博士のせいだということは、私でも博士と初めて対面したときに分かった。博士は学術的には優れた人物だったかもしれないが、外れかけた紳士的仮面の裏に暴君と酒乱の姿を見え隠れさせていた。

 S2爆薬の事業化か何かの記念パーティーだったためもあって、私たち招待客は屋敷の研究室に案内された。西行寺博士は自慢げにS2爆薬を金庫から取り出して言った。たったこれだけの爆薬でこの屋敷をすっかり吹き飛ばしてしまうことができるのだと。

 そのようなものをここにしまってあって大丈夫なのですか、と招待客の1人が聞いた。西行寺博士は笑って、この爆薬を起爆させるには特別な起爆装置が必要で、それに繋がない限りは絶対に爆発しない、誰かがこの研究室に忍び込んだとしても、この金庫は私が常に持っている鍵でしか開けられず、開けたとしても専門的知識がなければ起爆装置にセットできない、と言い切った。

 さて、招待客全員が博士とともに研究室に訪れている間、1人の男が屋敷に忍び込んだ、らしい。実はS2爆薬は西行寺博士ではなく、かつて西行寺博士の助手をしていたこの男の発明だったらしいのだが、ともかくこの男がこの時点で屋敷に潜伏していた。なんでこんなことを知っているかというと、宴もたけなわになったころ、男が現れたからだ。起爆装置を片手に。

 招待客は男と西行寺博士の問答を半分も聞かないうちに逃げ出したので、私以外の招待客はこの男がなぜS2爆薬で博士を殺そうとしたのか説明できないだろう。私が逃げなかったのは静香さんが西行寺博士のそばにいて逃げ遅れていたからだった。

 静香さんを助けなければならない。私は隙をついて男に組み付くと起爆装置を取り上げた。

 男が懐から拳銃を抜き撃つ。私は起爆装置を静香さんに投げ渡すと、拳銃を取り上げるために両手で男に組み付いた。西行寺博士がそれと同時にやめろと叫ぶ。

 バン!と再び男が拳銃をぶっ放す。狙いは私ではない。これ以上西行寺博士が(というより静香さんが)撃たれないよう、私は男の手をひねり上げて拳銃を取り落とさせる。

 男を組み敷きながら顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、静香さんから起爆装置を奪い取ろうと襲い掛かる西行寺博士と、起爆装置を起動させようとする静香さんだった。

 私が窓から飛び出したその直後に、西行寺博士の屋敷は静香さんが起爆させたS2爆薬で跡形もなく吹っ飛んだ。

 後から知った話だが、静香さんは昔西行寺博士の研究室にいて、男とは恋人同士だったという。どうも西行寺博士が男からS2爆薬を奪った経緯に静香さんが関わっていたらしい。西行寺博士に騙されて協力させられていたのだ。恋人を救うために行った行為によって、逆に恋人の研究を奪ってしまった。

 西行寺博士は気付いたのだ2人の共犯に。専門知識のある男がS2爆薬を盗み出して起爆装置に繋ぐ。そして静香さんはそのために必要な金庫の鍵、その複製をつくる。

 西行寺博士がやめろと叫んでいたのは銃を向ける男に対してではない。静香さんに起爆装置を投げ渡そうとする私に対してだった。


《お題:愛と欲望の爆発 必須要素:タイトル「ただ、助けたかっただけなのに」で書く 制限時間:1時間》

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