第63話 目覚めの一撃

朝の光が差し込んで、うとうとしながら目を覚ます。

うすぼんやりとした視界。

うっすらと開いた薄い唇が目にはいる。

そこから、かすかに寝息が聞こえている。

しゅっとした顎先が見え、さらにその下に視線を落すと男の人らしい突き出た喉仏。

白いシャツは少し寝乱れていて、ちらりと鎖骨が覗いているのが蠱惑的こわくてき


……ん?

なんだか様子がおかしいような。

寝起きの回らない頭には、この状況を全く理解できずにいる。

下げた視線をまた上げていく。


「……っ!!!!」


思わず悲鳴を上げそうになって、慌てて口元に両手を当てる。

どうにか堪えた私を褒めて欲しい。

えぇ。もう。なんですかこの状況は。

目の前にあったのは、目を閉じて安らかに眠る美貌の人。

……いや、あの生きてますよ?

しっかり寝息も聞こえますし。

上下する胸の動きも、すぐそこに感じられるから。


そう。すぐ近くに……?

……いや。待って!! やっぱり、何この状況!?


寝ているリュシアスを起こすことは忍びないが、それでもこの状況を理解したくて可能な限り目線を動かしていく。

天井や壁面は見慣れた自室のそれだと分かる。

うん。おそらく間違いなく、ここは私のベッドのようだ。


……で。問題は、この隣にいるお方。

右腕で私に腕枕をしながら、左手は私の腰元を抱くように触れたまま、心地よさそうに眠っている。


……何がどうして、こうなった?

内心、焦りとドキドキが止まらず、ぼんやりした頭をガクガクと激しく揺すられたように、くらくらする。

状況を判断する能力が著しく欠如し、どうにも考えが進まない。

両手で顔を覆い隠し、ゆっくり深呼吸を繰り返し、どうにか自身を落ち着かせようと努力する。


あぁ。そうだ。昨夜は全てをリュシアスに打ち明けたのだった。

ようやくそのことに考え至る。

リュシアスに受け入れてもらい、抱きしめられる腕の中で泣き続けてしまった。

この人の前では泣いてばかりいる気がする。

優しく髪を撫でて、抱きしめられていたのは覚えているが、その先の記憶がない。

つまりは、そのまま寝てしまったということなのだろうか。


あぁぁぁ! 恥ずかしいっ!!

泣いているところをずっと慰めてもらうのも、恥ずかしいが、そのまま寝落ちしてしまうなんてっ!!

うぅ……。あられもない姿を晒してしまったということか……っ!

くっ。思いが通じてすぐに、これってなしじゃない?

恥ずかしさやら、不甲斐なさやらで逃げ出したい気分に駆られる。


両手を少し開いて、隙間からリュシアスを覗き込む。

幸せそうな顔。

口元がうっすらと上がり、ゆるく微笑んでいるようにすら見える。

……ん? いや。待って。


「……起きてます?」


「ふっ」


どうにも耐えきれない様子で、リュシアスが笑う。


「!!!!!!!!!!」


うーあーっ!? い、いつから?!!


「ははは。おはよう、ティアーナ。いい朝だね。」


目を開け、こちらを見ながらさわやかに挨拶を繰り出すリュシアス。

恨めしい気持ちとともに、恥ずかしさが限界値突破して、破裂しそうです。

どうにも耐えられず、布団にもぐり込みたい衝動に駆られる。

しかし、リュシアスに捕まってそれも叶わない。

仕方がなく、また両手で顔を覆って隠す。


「ふふ。ごめんね。起きてるのに気づいたのはついさっきなんだよ?

なんだか悩まし気にしているティアーナが面白くて、つい黙ってしまっていたよ。」


「も、もう! 起きているなら、早く声を掛けてください!!

わ、わたし、何事が起きているのか分からなくて、ぐるぐる考え込んでいたんです。

そんなのまで見られていたなんて、恥ずかしくてどうにかなりそうです!」


ただでさえ、この状況に驚きドキドキしているのに。

そこからさらに上乗せドン!は、苦行もいいとこです。

本当にほどほどにしていただかなければ、心臓負荷のかかりすぎで早死にしてしまいそうです。


「本当にごめんね。この腕の中にティアーナがいてくれるのが嬉しくて。

いつまででもその幸せを噛みしめたかったんだ。」


「…………!!」


あーまーーーーーーいっ!!!!

も、もう! 朝からなんですか。これは。

糖分の過剰摂取で意識障害を引き起こす可能性が示唆されていますよっ!


「お、お願いだから、ほどほどにして……! もう恥ずかしくて、どうにかなりそうです。」


「そう? これくらい大したことないのに。

それに、せっかく思いが通じたんだから、これからも通じ会えるように言葉のやり取りをするのは大事なことだろう?」


「そ、そうかもしれませんが。お互いの許せる範囲で、適度にすることが必要かと思います。」


えぇ。切実にそう願います。


「そう……かもしれないね。愛を囁くのに、ティアーナに嫌われてしまうなんて、本末転倒もいいところだね。わかったよ、今はこれくらいにしておこうか。」


「い、今は……?」


「ま、その時になってみないと分からないから。その都度ティアーナが止めればいいさ。」


そうなのか?

そういうものなのか?

葛藤を繰り返すが、最適解が見つからない。


「……なんだか納得できないけど、分かりました。」


「ふふ。ありがとう。 では、そろそろ起きて支度をしようか。

ラファとマルティが待っていると思うよ。」


そう言うと、少し顔を動かしてティアーナの額に軽く口づけを落していく。

目を合わせれば、幸せそうに口元をほころばせるリュシアスに、つられて頬が紅潮していく。

幸せな気持ちが伝染したように、胸の中を温めていき、ティアーナも自然と微笑みを浮かべる。


いつでも朝はやってくる。

でも、こんな幸せな時間を過ごせる朝が来るなんて、思ってもみなかった。

いつもと同じ景色が、少しずつ輝きを見せていく。


ティアーナもゆっくりと体を起こし、リュシアスの唇に軽い口づけを落す。

驚いた顔ににんまりと微笑み返す。

そしてどちらかともなく額を合わせ、笑い合った。


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