第62話 side:リュシアス

やっと。やっとこの腕の中に彼女をいだくことができた。

この時をずっと待っていた。


泣きながら寝てしまったティアーナの重みを感じ、幸せを噛みしめる。

触れてみたいと切望していた髪に、優しくそっと指を差し入れる。

柔らかい感触を確かめながら、指を通していていく。

また幸せな気持ちが湧きあがり、自然と笑みが零れていくのを止められないでいる。

そうしながら、今日のことを思い返し始めた。



私の願いを込めたような星空色のドレスを身に纏う姿を見た時には、心臓が跳ね上がり、いっそ止まってしまうのではないかと思うほど鼓動がうるさかった。

今までにも着飾った彼女を何度もみていたのに、いつでもそうして自分を魅了するんだなと驚いた。

青い薔薇を模した髪飾りはその装いを一層引き立て、その花言葉のとおり私の夢をかなえてくれているような時だと思った。

誰になんと言われようとも、彼女を離さないと心に誓った。


彼女は煌びやかな場所で、より一層きらきらと輝いて見えた。

そしてなぜだか、いつものような隔たりをあまり感じることはなかった。

楽しいばかりの時間が流れ、幸福感に満たされていくようだった。


しかし、彼女を残して一人にしてしまった。

それがすべての間違いだったと、後悔してもしきれない。

まさか彼女があんな事件に巻き込まれるなんて、予想だにしていなかった。

何かあった時の護身用にと思って、アクセサリーにしていた宝石。

あれを彼女が身に着けていなければ、彼女の危機に気づくこともなく、さらには彼女を失っていたかと思うと、背筋が凍る思いだ。

危機を知らせるように宝石が光り出した時には、まさかと驚いた。

しかしそれ以上に、転移した際に彼女が宙を舞って真っ逆さまに落ちているのを悟ったとき、さらに驚愕した。

そして私が現れたにも関わらず、彼女がこの状況を諦めていることに焦りを覚えた。

以前から感じていた彼女のこの世へ対する希薄な思い。

彼女は自らこうしてここから去ろうとしていたのだろうか。

しかし、そんなことはどうでもいい。私の側にあり続けて欲しい。

そんな思いに駆られて、すぐさま魔法を行使していた。

苦もなく使用してきた魔法。大して執着はしていなかったが、魔法が使えてよかったと強く思った瞬間だった。


助かった後の彼女は、ひどく安堵してる様子だった。

自ら飛び降りたわけではなかったのか、と少し胸をなでおろす。

しかし、まさか、彼女の口から私への告白の言葉が聞けるとは。

転移したとき以上の驚愕に、心臓の高鳴りがひどく、息苦しささえ覚えた。

あまりにも愛しそうに、瞳を揺らして告げてくるから。

何もかもを忘れて求めてしまった。

今まで積み重なってきた彼女への思いが溢れだした。


どうしても。どうしても彼女に振り向いて欲しかった。

けれど、彼女が求めてくれないならば、側にいるだけでもいいと思っていた。

だから、思いを返してもらえるのがこんなにも嬉しくて、こんなにも幸せな気持ちになるなんて思ってもみなかった。

やっぱり手放せない、誰にも譲れない、と深く思った。

合わせる唇から、伝わる熱に我を忘れる。

あぁ。もっと私を求めて欲しい。

どんどん貪欲になっていく思いに少し戸惑うも、それも当然だと思い直す。



そして邸に戻ってから、ゆっくりと彼女の話を聞いた。

王城で起こった出来事に比べれば、ほとんど驚くようなことはなく、ただ納得するばかりだった。

嫌いになるかもしれない、と話すのをためらう彼女が愛しかった。


彼女に出会ったのは運命だと感じていた。

それは間違いではなかったんだと確信した。

彼女が前世の記憶があることも含めて、私と出会う運命だったのだろうと思った。

前世での最愛を失くした彼女。

前世の彼女に思われていた彼に対して、嫉妬がないといったら嘘になるかもしれない。

しかし、それは今の彼女とは別の人生で起こった出来事。

彼女自身も生を終えて、違う人生を歩んでいる。

そう。思いは残っていても、別の人生なんだ。

そして今、目の前にいる彼女が思っているのは、自分であることをもう分かっているから。

だから、話しを聞いても特段の感情は起こらなかった。

ただ彼女が愛しくなっただけ。

そして、私に抱きしめる役割があることを幸せに思っただけだ。


腕に抱く彼女が流した涙。

私の側で全ての悲しみを流してしまえばいい。

いつでも包み込んで、温めてあげられる。

その準備はもうずっと前から出来ている。


もう絶対に、ティアーナを離さない。

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