第61話 全てを包む腕
「私には、前世の記憶があります。」
リュシアスを正面から見つめ、ゆっくりと語りだす。
「前世の記憶……?」
リュシアスはしっかりとこちらを見つめ返してくれる。
大きく驚く様子はないが、繰り返すことで言葉の真意を見極めようとしているようだった。
「はい。ただそれを思い出したのは、つい最近なんです。」
「いつ頃?」
「ラファエル様とマルティアリス様と出会った、あの事故の時です。
前世の最期を迎えたとき、同じような事故にあったんです。
同じような状況だったからなのか、その瞬間に前世の走馬灯をみるかのように、怒濤のように記憶が蘇ってきたんです。
あの時は混乱しすぎて、何がなんだかわかりませんでした。」
「それで、もとのティアーナはいなくなってしまったのか?」
「いえ。そうではないんです。
今世の自分に関することを忘れたりしているわけでは決してありません。
ただ、前世から始まった生が、別の人となってさらに繋がって、続いていくような感覚です。
私は前世の『わたし』では決してありませんが、前世の『わたし』の記憶を引き継いで、それは今の私の一部です。
今の私は、前世の『わたし』を無視して、なかったことにはできないんです。」
「………………。」
これはあまりにも唐突で、突拍子もないことだ。
だが、リュシアスは真剣に受け止め、考えてくれている。
だから、ちゃんと伝えたい。
「君は、その前世で愛するひとがいたのか?」
核心をつくリュシアス。
あぁ、わかっていたんだ。
「えぇ。そうです。前世の私には愛するひとがいました。
ただ、こんなに燃えるような恋ではありませんでした。お互いに隣にいるのが自然で、そうすることがあたりまえだと感じられる人でした。
助け合い、支え合いながら穏やかに育むような愛でしたね。
ラファエル様とマルティアリス様のような、双子の子どももいたんです。優しい子どもたちでした。」
「事故で亡くなったと言ったけれど、それまでは家族で幸せに過ごしていたんだね。」
「……いいえ。」
思わず目を伏せ、手を握りしめる。
言葉に、つまる。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。」
リュシアスが手を伸ばし、そっと私の手に重ねてくれる。
温かくて大きな手。
いつでも震える私をなだめてくれる。
移る熱が、愛しい。
「最後に触れた彼の手は、私の熱を奪い尽くしてしまうかのように、凍りついたような冷たい手でした。」
重ねられた手を見ながら、とつとつと語り始める。
「その日は朝からどんよりとした曇り空で、今にも雪が降りだしそうな様子でした。
知らせを受けて彼の許へ駆けつけたときは、もう私を温めてはくれない、冷たい手に変わり果てていました。両手で握りしめても温め返してくれないその手に絶望しました。
10歳になったばかりの子どもたちを気にかけることもできず、ただ世界が終わらないのが不思議でたまりませんでした。
なぜ朝が来て、夜が来て、また明けるのか。
彼がいないのは事実ではないと、否定し続けました。
そうしなければ、あの時の私は堪えられなかった。
それでも時は傷を塞いでいって、なんとか生活していくことはできるようになりました。
なんども塞いだ傷口が開いたけど、それでも子どもたちがいたから、支え合ってどうにかなりましたね。
いつ死んでも後悔がないように、と皆でよく話していました。でも、やっぱり後悔だらけでしたけどね。
子どもたちが働くようになるまでは、どうにか見守ることができたので、思いがけない事故でしたが、わりと幸せな人生だったと思っています。」
「そうか……。君があの時離れていったのは、あの言葉のせいだったんだね。」
「はい。もしもの話しでも、嫌なんです。」
「私が軽率にした発言で、そんなにも君を傷つけてしまっていたんだね。本当に申し訳ない。」
「いえ。私は何一つ、リュシアス様には伝えていなかったのですもの。仕方のないことだったと思います。
今、この思いを知っていただけたので、もう十分です。」
リュシアスは気づいてくれた。
もうそれでいい。
「ねぇ。ティアーナは今、その彼のことをどう思っているんだ?」
「もう彼は戻ってきません。子どもたちも。全ては前世で終わってしまったんです。
悲しい気持ちは確かにあるし、彼を愛しく思っていた記憶もなくなりません。
でも今は彼以上にリュシアス様のことを愛してしまいました。
最愛の人たちをなくすようなさみしい思いをこれ以上したくないと思っていたのに。」
「そうか……。だから、君は高い壁を築いて自分を守ろうとしていたんだね。」
「そう……ですね。私は自分がこれ以上傷つきたくなかったのかもしれません。
前世の記憶を思い出しても、前世と同じになりようがない状況が悲しかった。
だってもうすでに全く違う人生を歩んでいるんですから。
以前から感じていた虚無感の原因が、その前世にあると分かっただけです。
そしてむしろ以前よりも、空しさに拍車がかかり、苦しかった。
だから、未だに分からないんです。
なんで転生して、前世の記憶を引き継いでしまったのか。
その意味を見いだせないままなんです。」
「それなら、私が答えてあげられる。」
「え?」
思わず顔をあげ、リュシアスをみつめる。
リュシアスはそんなティアーナを愛しそうに見つめ、ゆるく笑みを浮かべ答えた。
「それは、私がティアーナのその悲しい魂の記憶を包んで温めてあげるためだよ。」
「リュシアス様が、あたためる……?」
「あぁ、そうだ。そのために、君は前世を思い出したんだ。その魂ごと私のもとに来るために。」
あぁ、確かにそうかもしれない。
リュシアスに出会い、私の全てを受け入れてもらった。
そして悲しみも虚しさも全て包んで癒していくんだ。
「おいで、ティアーナ。」
リュシアスが両手を広げ、私を呼ぶ。
涙が滲んできて、そちらを向けない。
どうしても動けずに佇んでいると、そっと腕をつかまれ引き寄せられる。
あたたかな腕がそこにあった。
その熱が嬉しくて、愛しくて、涙が止めどなく溢れ、リュシアスの胸を濡らしていく。
だがリュシアスはこれ以上何も言わず、優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。
そうか。
そうだったのね。
この腕にこうして抱かれるために、私は生まれ変わったんだ。
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