第60話 魂の記憶

改めて、向かい合って話をするのはとても緊張する。

一呼吸置きたくなって、目の前のカップに手を伸ばす。

ほのかに湯気が漂い、冷えた指先を温めてくれる。

……そうか。私は、こんなに緊張しているんだな。

カップに口をつけ、一口紅茶を流し込む。

思わず、ほぅっとため息が漏れた。


「はぁ。いざ話をしようとすると、緊張しますね。」


「君の根幹に触れる話だからね。

でも、君が何かを大事に守っているのは知っているんだ。

今まで、それが何なのかずっと不思議で気になっていた。」


「そう……なんですか?」


「あぁ。だってそうだろう?

目が合えば絡み合ってお互いが惹かれているのがわかるのに、それに抗うようにしているのだから。」


「そうですね。」


確かにそうだ。

惹かれているのを自覚しながらも、意識的にそれを否定し続けてきた。

彼への思いが、私を引き留めていたから。

でも、もう今はその思いに抗うのが苦しい。

だってこんなにもリュシアスのことを愛しているから。

あんなにもあっけなく、生が終わることを再認識した。

すぐにでも終わってしまうかもしれないなら、素直に生きたいと思った。

リュシアスを愛していることをどうしても伝えたかった。

自分の思いを否定し続けることを終わりにしたいと思ったんだ。


「リュシアス様は、前世というものを信じていますか?」


「……前世?」


リュシアスは少し間をおいて、考える素振りをみせる。

そして、こちらを見つめて答える。


「……そうだね。以前にも伝えたと思うが、ティアーナと出会った瞬間、私は運命を感じたんだ。

私は君に出会うために生まれてきたんだと、そう思った。

この思いは何か定められたものかもしれないと感じるほど、そう思うのが当然だと感じた。

前世かどうかは分からないが、これが魂の記憶というのなら、そうなんだろうと思う。」


まさかの熱烈な告白……!

別にそこまで求めてないのですが……。

それにまだ私の告白、全然進んでいませんよ?

はぁ。顔が熱い。



「魂の、記憶……。

私も同じようなものかもしれません。

私、以前からずっと虚無感に苛まれることがあるんです。

愛情のある幸せな家庭で育ち、何不自由なく暮らしているのに、ふとしたときに虚しさが全身を襲うんです。

なぜそんな気持ちになるのかすら、全くわからないのに、確実にその気持ちが存在している。

とても不思議な感覚でした。」


「確かに、時折楽しそうにしていても君はどこか遠くを見ているような、寂しそうな表情をしていたね。」


驚いて目を見開き、リュシアスを凝視する。


「知っていたんですか?」


「もちろん。君のことを知りたくて、ずっと見つめていたからね。」


なんだか恥ずかしい。

リュシアスには、どこまで見られて、どこまで知られているのだろう?


「そんなに分かりやすいですか? 私。」


「いや。分かりにくい。

だからこそ、分かりたくて仕方がなかった。

無理にでも聞き出してしまいたかったさ。

でもそんなことをすれば、君が私の許から去ってしまうのが分かっていたから。

どうしようもない衝動を押さえつけて、見守るしかなかったんだ。」


少し切なそうな表情で語るリュシアスに、私まで胸が苦しくなってくる。


「そう、ですか。」


「ふふ。抑え込んでいたから、こんな激情が内にあるなんて知らなかっただろう?」


「……えぇ。」


「こんなにも思っていても、ティアーナにはほとんど伝わってなくて。言葉にしても足りないのが、もどかしくてたまらなかった。」


明るく笑って言うリュシアスに余計に胸が締め付けられる。


「はい……。知らなかったです。」


「ずっと切望していたんだ。ティアーナのすべてを知りたい。

お願いだから、どうか一人で抱え込んで悲しまないでくれ。

必ず私が君のそばにいるから。

どんなことでも大丈夫だから、全て私に教えて欲しい。」


熱い視線が、私を貫く。

あまりにも熱く、私を焦がしてしまいそうな瞳。

でも私が欲して止まない瞳。

この世界でもう私はひとりじゃない。

だから、大丈夫。


「はい。」


一つ深呼吸をして、覚悟を決める。

さぁ、話そう。

私の真実を。


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