第59話 恋に落ちた理由

使用人の方々には申し訳ないが、身支度の手伝いをしてもらった。

男爵家にいた時には当たり前だったけど、伯爵家で同じ使用人として働く身としては、なんだか申し訳ないやら、くすぐったいやら、変な感覚になる。

そして先ほどのリュシアスの行動からだろうか、皆さんの目が生暖かいのだ。

うん。もうやめて……っ!


そして以前に作っていた薔薇を贅沢に浮かべたお風呂を準備してくれていた。

皆さんが何かを狙ってそうしているのが伺えます。

うん。なんだか恥ずかしい。

とてもいい香りにうっとり……とはなりませんから!

恥ずかしさに湯船に沈んで、溺れてしまいそうですよ……っ!


ま、そんなこともありつつ。

落ち着いて湯船につかると、体のいたるところに筋肉痛のような痛みがあるのを自覚する。

思った以上に緊張した状態だったことが伺える。

こわばった体をほぐすようにしながら、ゆっくりと湯につかると、少しずつ疲れが溶け出すようだ。


あまりにも非日常的な一日。

舞踏会から、転落事故、リュシアスとの逢瀬……。

あ、恥ずかしさが沸き上がってくる。

のぼせてしまうやないか……っ!


はぁ。

疲れはとれているのだけど、また違う意味で疲れてきた。

もう上がろう。


香しい薔薇の匂いをほんのり纏って、上気する肌。

うん。このままいくと、誘ってますオーラ全開になってしまう……!

それはいただけない。

落ち着いてから、声を掛けないとだめね……。

いつもの夜着では、リュシアスに会うのは心許ないかもしれない。

上着に羽織るものを準備してもらっておこう。


はぁ。

いつまでも火照る体が落ち着かない。

熱に浮かされたように、うっすら涙まで浮かんできそうよ。

もうどうにかして欲しい……。



*****


コンコン。

ノックの音が聞こえる。


「ティアーナ。」


先ほど声を掛けてもらったところ、リュシアスが来たようだ。

テーブルにティーセットを準備してもらい、準備は万端。

夜も更けているが、今日はどうしても私の話を聞いてもらわなければならない。


「はい。お入りください。」


「あぁ。」


楽な格好をしたリュシアスを初めてみる。

正装している時と違い、少し濡れた髪を下ろしている姿は、水も滴りそうないい男という奴だろうか。

うん。なんか違うけど、雰囲気伝わるかな?

とにかく、色気増し増しです。

ようやく落ち着いてきた頬の熱が、すぐに再燃してしまいます……。

もう、やめてよー……。

きっと、一生イケメンに慣れることはないのよ。


「大丈夫かい? ティアーナ。 顔がとっても赤くなっているけど。」


「は、はい。大丈夫です。少し湯あたりしただけです! 気にしないでください。」


「そう?」


うん。嘘ではないけど、真実でもない。

それもバレバレだろうけど、指摘しないでくれてありがとうございます……。


「はい。そんなことよりも、リュシアス様にお話したいことがあるんです。

夜遅い時間になってしまいましたが、お時間よろしいでしょうか?」


「あぁ。もちろんだよ。ティアーナの話しなら夜が明けるまででも、いつまでも聞くから。」


あ、愛が重い気がするのは、私だけ……?


「あ、あの。そこまでは、長くならないと思いますが……。

えぇ。大切な話なので、ゆっくり聞いていただければと思います。」


「わかった。しっかり聞かせて欲しい。」


「はい……。」


さぁ。まずはどこから話していけばいいのだろうか。


「そうですね。まずは……。これから話すことは、とても突拍子もないことです。

そして話を聞き終えた後、もしかしたらリュシアス様は私への思いを失うかもしれません。

それも仕方がないかもしれない、と私は思っています。

ただ、全てを受け入れて欲しいという願望も同時に抱いています。

話を全て聞いて、リュシアス様が判断なさってください。

例えリュシアス様に否定されたとしても、私がリュシアス様を愛していることは変わらないと今は断言できます。

だから、私の全てを打ち明けようと思っています。」


ティアーナの言葉を聞いたリュシアスは、おもむろに右手を伸ばし、ティアーナの頬に触れる。

語る前から真実を見透かしてしまいそうな瞳に見つめられ、どきりとする。

だが不思議と不安な気持ちは和らいでいくような気がした。


「知らなかったティアーナのことが知れるんだ。とても嬉しいよ。

思いを失う……というけれど、私もティアーナの全てを受け入れる覚悟はできている。

それに例えティアーナに振り返ってもらえなくても、一生思い続けることは決まっていたことだから。

とても不安なことだろうが、全てを私に教えてくれるかい?」


「……はい。」


嬉しい。やっぱりリュシアスは私の欲しい言葉をくれる。

言葉にして真実を伝えることは、どうしてもこわい。

こうして目の前にしても、震える心をどうすることもできない。

けれどリュシアスはそんなところも見透かして、私の背中を押してくれる。

こういうリュシアスだから、私は恋に落ちたのだと思う。

私の魔法使いさん。

私の全てを知ってください。

そして、私をすくい上げてください。

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