第58話 休息をください

リュシアスに抱えられながら移動し、王城の一室に連れていかれる。

王城の医師に診察をしてもらうなんて恐れ多いが、今はそんな場合でもないと口をつぐむ。


「特に異常はないようです。今日は十分休まれて、数日の間体調の変化には注意してみてください。」


「はい。わかりました。」


「問題がないようで、ほっとした。では、これから我が家へ帰ろう。」


「え。今から帰るんですか?」


「あぁ。ここにいるよりは、はるかに安全だろうからね。」


あ、あの。でも、ここはどこよりも警備が万全の王城なのですが……。

いや、確かにそんな中で私は突き落とされたのだけれど。

悩みどころですね。

若干、不敬な感じが否めないのですけれど。


だが、リュシアスの側が安全であることには違いない。

その彼がいるところに、私もいるべきなのだろう。


「リュシアス様のお側にいるのが、私にとって安寧につながると思っています。

ご随意にいたします。」


「そうだね。必ずティアーナのことを守るから、私から離れないでくれ。」


「えぇ。」


うん。なんだか、さらりと甘い応酬をしてしまっている気がする。

すでにデロデロに溶かされてしまったから、こうなるのは仕方ない……?


「では、帰ろうか。」


「あ、あの。またあの抱え方をするのは、なしですからね!!」


「はは。それ以外にどうやって移動するというんだい?

今日は大人しく、私の腕の中にいるんだよ。」


えぇぇぇぇ!?

またあれするんですか?!

もう嫌なんですけど。恥ずか死んでしまいそうなんですけど……っ!


「ほら。行くよ?」


何事もないように、さっさとティアーナを抱え上げるリュシアス。


あぁぁっ、そんな軽々と抱えないでください!

顔が紅くなるのを止められない。

体中が沸騰するように熱い。

顔を手で覆い隠しても、全然隠せている気がしない。

リュシアスがふっと笑う吐息が聞こえ、さらに耳まで熱くなる。


ふぁぁ~っ! はやくーっ! はやく着いてくださいーっ!



*****


はぁ。何とか耐えました。

馬車の中でも、なぜか横抱きにされたままの移動でした。

えぇ。もうこれは何の拷問なのでしょうか。

ご褒美?

そんなわけない。

前世純日本人だった私には、過剰すぎるスキンシップは心臓に負担がかかりすぎるのよっ!

なんだこの欧米人並みにベタベタとした触れ合いは……っ!

いや。ここ異世界だし。西洋貴族風な感じなのだから、これが普通なのかもしれない。

……いやっ! でも、だからって、これはやりすぎだと思うのですけど!?


「さぁ、ティアーナ。ゆっくり身支度しておいで。

就寝の準備ができたら、また少し顔を見たいから声をかけてくれるかい?」


リュシアスに抱えられたまま部屋について、ソファに下ろされる。

もう馬車から降りて、ここまでくるのに、使用人さんたちの顔が見られませんでした。

ただ皆さんが色めき立ち、熱心な視線を送ってきているのは肌で感じられるほどでした。

恥ずかしい……。

そして、やっと解放されると思ったのに、まだこのベタ甘は続くみたいです。

今日は過剰摂取がすぎると思うのですが。


黙って考えていると、リュシアスの真摯な目がこちらを見つめる。

……諦めるしか、選択肢はないようです。


「……はい。わかりました。」


「そう。よかった。」


リュシアスがにこりと笑いながら、顔を寄せてきた。

思わず目を閉じると、軽く触れるような口づけを落としてくる。

私に聞かせるように、わざとリップ音を響かせる。

また顔中が沸騰する。


「ふふ。やっぱりかわいい。もっとしていたいけれど、後でね。」


少し唇を放しただけの至近距離でそうつぶやく。

目の前に楽し気な眼が映る。

……いじわる。


そうしていると、リュシアスがさっと体を離して立ち上がった。

扉を開けて去っていくリュシアスを目で追いかける。

恨めしそうな顔を作ったつもりだけれど、もしかしたらまた違う顔になっていたかもしれない。

悔しいけれど、仕方がない。


だって、リュシアスを愛しているから。

もう逃げないと決めたから。

私の全てを知ってもらおう。

きっとリュシアスは受け入れてくれるから。


ぎゅっと手を握りしめ、収まらない鼓動に耳を傾ける。

夢のような時だった。

これから続きがずっと見られるといいと願うばかりだ。

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