第57話 口付けの余韻

どのくらいそうしていたのだろう。

まさかの転落のほうが、一瞬の出来事だったように思う。

長く終わらない口づけに、少し戸惑う。

はぁっと苦しくなって息を吐く。

リュシアスの吐息がかかって、私の唇を震わせる。

触れるか触れないかの距離のまま、また唇を淡く食まれる。

いつまでも求めてしまいそうな感触に引きずり込まれ、欲望が湧きおこっていく。


「まだ欲しそうな眼をしているけど、このくらいにしておこうか。また後でね。」


急に終わりを告げられ、離れる唇を追いかけてしまう。

濡れた唇を舐めながら、妖艶な色気を醸し出すリュシアス。

リュシアスの言葉を聞いて、唇を求めるような行動をとった自分に一気に恥ずかしくなり、顔を紅して視線を彷徨わせてしまう。

そんな恥ずかしがるティアーナを見て、さらに笑みを深めるリュシアス。


「ふふ。そんな顔ばかりしてたら、止まらなくなってしまうよ。

でも、今はだめだ。君の体の状態をしっかり把握しなくてはならない。

例え見た目に傷がなくても、どこかを痛めているかもしれない。早く医師に診てもらおう。」


「えぇ。そうですね。」


真っ赤な顔のまま、リュシアスを見つめて答える。


「本当に間に合ってよかった。どうして、こんなことになったんだ?」


眉根を寄せて、いぶかし気な表情で問うリュシアス。


「いえ……。私にも、よくわからないんです。

月が綺麗だとテラスで眺めていたんです。

そしたら、突然背中を後ろから押されるような感触があったと思ったら、落ちていて……。

何が何だか分からないまま、終わりを覚悟しました。

ただ、落ち始めたときに、女の人の唇が見えたのは確かです。

目深にかぶったローブのフードの下に、笑った口が印象的で……。」


思い出すとぞくぞくと背筋に冷たいものが走り、震えだす体に思わず両腕をこすり上げる。

本当に最期だと思ったほど、恐怖した。

そう。おそらく私は突き落とされたのだ。リュシアスを思う女性に。

恨みを買っているだろうとは思っていたし、気を付けなければとも思っていた。

しかしこのような形で、手を出してくるなんて想像もできない。

結局、私は傷を負うこともなく、リュシアスに助け出された。

私の無事を確認すれば、また同じように命の危険に晒される可能性があるということ。

一体誰がこんなことをしたんだろう。

無計画もいいところだが、確かに落ちていれば確実に死んでいた。


「気を付けていたのに、一人にして本当にすまなかった。もう離れたりしないから、大丈夫だ。」


震える体ごと包み込むように抱きしめてくれるリュシアス。

その熱が移って、震えが落ち着き、心もほんのり温かくなる。


もうきっとテラスに犯人はいないだろうし、手掛かりも多くない。

今はどうすることもできない。

おそらくこうした場に出てくれば、また次を狙ってくる可能性が高い。

伯爵家の中で籠っている方が安全なはずだ。


「さぁ。いこうか。」


リュシアスはそう言うと同時に、私を横抱きにして抱え上げる。


「きゃっ!」


あまりの出来事に、びっくりして声を上げてしまった。

リュシアスは軽々と私を持ち上げて、にこやかにこちらを覗く。


「はは。ティアーナはとても軽いね。このまま飛んでいけそうだ。

だが、負担がかかってもいけないからね。

ゆっくり移動するけど、首の辺りに腕を回して、しっかりつかんでいてくれ。」


「そ、そんな。リュシアス様に抱えていただかなくても、歩けます! 下ろしてください!」


「だーめ。絶対に放さない。大人しく、私の腕の中にいてくれ。」


この状況のことなのか、それとも別なことを指しているのか。

えぇ。もうどちらでもいいですけど、恥ずかしすぎるっ!

前世ですら、こんなことされたことないわっ!

首に腕を回すように言われたのに、恥ずかしくて顔を覆ってしまう。

だって、もうこの顔見ないで欲しい……。


「ティアーナ。腕を回して。顔を見せてよ。」


うー……っ!

確実にわかってて言っているでしょう!


「は、恥ずかしいんですぅっ! もう少し、お待ちいただけませんか。」


「だめだ。さぁ、早く。」


ちらりと手を外して、リュシアスを覗き見る。

意地悪そうににやっと笑う顔が憎らしい……っ!


「ふふ。かわいい。 ティアーナ。また止まらなくなってしまっても困るから、そんなにかわいい顔しないで?」


「も、もうっ! そういうこと言うから、恥ずかしくて手を放せないんですっ!

お願いだから、甘い発言はほどほどにしてくださいっ!」


「そんなことできないだろう? ティアーナを前にしたら、出てきてしまうんだから。

私を受け入れてくれるんだろう? 私の思いを全て知って、受け止めてね。ティアーナ。」


あまーーーーーーーーいっ!!!!!

もう、もう、もうっ!!!!!

牛さんじゃありませんよ!

いや。そんなことどうでもよくて。

愛していると告げたけど。受け入れると決めたけど。

こんなにすぐには許容できませんからーっ!!!!!


「さ、諦めて、腕を回して?」


イケメン強し……!

はぁ。もう、仕方がないのね……。

そう、この人を愛しているんだもの。


「……わかりました。」


そっと顔を覆う手をはなし、リュシアスの首に腕を回す。

顔を見られないように、リュシアスの胸に頬を寄せる。


そんな様子も微笑ましく見ていたリュシアス。

しかし、そのままでいるはずもなく。

顔を傾け、さっとティアーナの唇を奪っていく。


「な、な……っ!」


「さあ。行こう。」


満足気な表情のリュシアス。

もうっ!

ほどほどにお願いします……っ!!!!


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