第55話 予期せぬ終焉
リュシアスとともに休憩しながら他愛のない会話を楽しむ。
「そうだ。両殿下たちと会ってみてどうだった?」
「そうですね。聞いていた通りにお美しい方々でしたね。
御前にいるだけでも緊張で震えていましたけれど、優しくお声を掛けていただけて感動しました。
それに、私のこともよくご存じで、妃殿下にお褒めの言葉をいただけるとは思っていませんでした。
是非、お二人にも室内遊具を体験いただけると嬉しいですね。」
「あぁ。そうだね。とても興味深々だったから、そのうち日程調整して来訪されるんだろうな。」
「ふふ。そうですね。
それにしても、リュシアス様は両殿下と随分と気安いご様子でしたね。」
「はは。そうかな。ダレンやベロニカとともに、幼い頃からの腐れ縁みたいなやつかな。
小さい頃から魔力も強かったから、よくジルベルト殿下の相手をさせられていたんだ。
必然的に当時婚約者だったバーベナ妃殿下も一緒になっていたから。
まぁ、殿下相手に手加減なんてしようもないだろう?
徹底的に相手なっていたな。懐かしい思い出だよ。」
あ、はは。
殿下相手に手加減なしということは、コテンパンにしていたということですかね。
大変やんちゃな少年時代だったのですかね。
フォーリム夫妻についても手綱を握っていそうなリュシアス。
稀代の魔法使いと名高いだけあって、やはり伯爵という地位に納まるはずもないのだろう。
凄い世界だな。
本当だったら、私とは一生無縁の場所だったのだろうなぁ。
「そうなんですね。両殿下ともにお優しい方たちですから、リュシアス様とも相性がよろしいのでしょうね。」
「はは。皆、優しいだけではないけれどね。もちろん私も。」
「そう……なんですか?」
「ティアーナにはなるべくいいところだけを見て欲しいから、隠しているところもあるかもしれないね。私はそんなに優しいだけの人ではないよ。」
人は誰でも多面的な顔を持つ。
もちろん優しいだけの面だけでは、この貴族社会で生き抜いていくことも難しいだろう。
だが本質的なところは、みな温かいものをもっていると感じる。
だから側にいたいと思う。
「私も優しいだけではないですよ。リュシアス様にまだ見せていない部分もきっとたくさんあります。
それに、単一の表情だけの人間は面白くないかもしれません。
多くの顔を見せてくれるから、もっと一緒にいて色んな顔を見てみたくなるのかもしれませんね。」
「ティアーナのように?」
「私ですか?」
「ああ。本当に色んな表情をするから、見逃せなくなる。」
「そんなにコロコロ変わりますか?」
「ふふ。そうだね。よく変わっていくから、楽しいよ。」
「楽しんでいただけているのなら、いいのでしょうか。」
少し首を傾げながら、リュシアスを伺ってみる。
するとリュシアスが意地悪そうに、にやっと笑った。
少し悪い感じのイケメンもイイかもしれない……!
「ハーツ伯爵様。ご歓談中に失礼いたします。」
そんなことを考えていると、不意に声を掛けられる。
二人でそちらに視線を送る。
使用人らしき格好の男性が、リュシアスに向かって申し訳なさそうにしている。
「ああ。なんだろうか。」
「ヴァルト公爵様がお呼びでございます。
お一人でいらっしゃるようにとのことでございました。
パートナーの方には申し訳ないのですが、伯爵様お一人でいらっしゃいっていただいてよろしいでしょうか。」
「ヴァルト公爵か……。」
我が国の公爵家の一つで、政治の世界でもかなりの幅を利かせ、大きな権力をもっているお方だ。
いくら魔法使いとしての高い地位をもつリュシアスでも、さすがにヴァルト公爵様の意向に沿わない行動は慎むべきだろう。
だがリュシアスは口元に手を当てて、渋い顔で考え込んでいる。
「リュシアス様、私は大丈夫ですわ。
少し疲れましたし、休憩室で一人休んでいますので。
終わりましたら声を掛けていただければ大丈夫ですわ。」
「……すまない。一人にさせないと言っていたのに、もう反故にしてしまうとは。
必ず後で埋め合わせをさせて欲しい。
用事が終わり次第、すぐに君の所へ向かうから、待っていてくれ。」
「はい。かしこまりました。いってらっしゃいませ。」
「ああ。いってくる。」
リュシアスはティアーナの手を掴んで、さっと口づけを落としていく。
何か祈りに似たその儀式。
口づけられた手を反対の手でつかみながら、去っていく背中を見えなくなるまで追い続ける。
きっと大丈夫。
休憩室で待っていれば、この突き刺すような視線からも逃れられるはずだ。
善は急げとばかりに、会場の端にいる使用人をみつけて休憩室への案内を頼む。
*****
「案内ありがとうございました。」
使用人へ挨拶をして、室内へと足を踏み入れる。
広々とした室内を見回し、豪華なソファーに向かいゆっくりと腰掛ける。
座ると同時に、深いため息が漏れた。
「はぁ。」
今日もなんだか濃密すぎた。
両殿下とお会いできたのはもちろんすごいことだったが、それよりも何よりもリュシアスと一緒に居られることに幸せを感じた。
転生のことを打ち明けずに、リュシアスに対する思いだけ伝えてしまえば、ずっと一緒にいる未来があるのかもしれない。
もちろんそれは嘘をついているわけではない。
だが打ち明けないでいるということは、自分のことを隠しているようで嫌なんだ。
私の大事な部分を大事な人に隠し事し続けるのは、もはや無理があるのだ。
そんなことを考えながら、ふと外を見ると明るく光る大きな月が目に入った。
「わぁ。すごく綺麗な月。」
誘われるようにテラスへと足を向ける。
こんなにまん丸で大きな月は初めてかもしれない。
前世の月は、とても空高くにあって、小さく見えるばかりだった。
綺麗なものをもっと見たくて、高いところへ行ってみても、それは変わらなかった。
今世の月は、前世の月とは少し違うのかもしれないが、同じような親しみのある色。
テラスの柵へ手をかけて、時間も忘れて眺め続ける。
どんっ!
「…………え?」
何が、起こっているの。
真っ赤な唇が、にやっと吊り上がったのが目に入る。
スローモーションのような時。
だがそれも一瞬で、次々景色が移ろって目まぐるしい。
落ちていく。
藁にも縋る思いで手を伸ばす。
空を切るそれは、何も掴むことはできない。
得も言われぬ浮遊感に、ぎゅっと瞼を瞑ることしかできない。
真っ逆さまに落ちていく。
あぁ。おちる。こわい。たすけて。
どんなに願っても、叶いそうにないそれ。
どうしようもなく、自分の体をきつく抱きしめる。
落ちる。おちる。おちる。
もうこの状況をどうにかしようという考えすら浮かばない。
ただ終わりを実感する。
あぁ。いつでもこんなにあっけなく、訪れてくる。
ごめんなさい。遺してしまって。
ごめんなさい。素直になれなくて。
ごめんなさい。愛していたわ。
ただひとりで、ひたすらに落ちていく。
月明かりだけが、それを照らしている。
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