第54話 初恋の刺激

「ティアーナ、疲れただろう。少し休憩しようか。」


リュシアスが心配そうな顔をして、気遣いながら声をかけてくれる。


「えぇ。そうですね。かなり緊張していたので、少し飲み物をいただきたいです。」


会場の端の方で飲み物を給仕している使用人を見つける。


「そうだね。じゃぁ、あちらにいって休憩しようか。

ティアーナを移動させるのは心苦しいけれど、一人にしていくと他の人に声を掛けられても困るから。

今夜はできる限り離れないでいたい。一緒にきてもらってもいいかい?」


「は、はいっ! ご一緒させていただきます!」


うぅっ!

久しぶりに甘いセリフのオンパレードで、心臓が変に跳ねて動揺してしまった。

イケメンな容貌や甘々なセリフへの耐性レベルはかなり上がっていたと思っていたのに。

しばらく控えていただけで、こんなにも一気にレベルが下がってしまうのか。

レベル最弱のため、思わぬ攻撃に防御しきれません。

顔が熱い……!


エスコートされながら、会場の端の方へと移動していく。

多くの人からの視線を感じながら。

隙をみつけて声を掛けようと、そわそわしている様子が見て取れる。

しかしリュシアスが一人にならなかったことで、まだ様子見を続けるようだ。

はぁ。どうしましょうか。

一人になれば、二人ともそれぞれに囲まれてしまうことは必至だろう。

リュシアスは秋波を送る女性陣、後妻を進める男性陣に。

私にはリュシアスを奪ったことへの嫉妬をぶつける女性陣に。

えぇ。もうそれはそれは地獄絵図と化すだろう。

あー。もう帰りたーい。


「さぁ。ティアーナ、どうぞ。」


使用人から受け取ったシャンパンを渡してくれる。


「はい。いただきます。」


黄金色に輝き発砲するシャンパンは、会場のライトに照らされて、きらきらと宝石が浮かんでいるようだ。

美しい両殿下を思い浮かべ、ふと口元が緩む。

近くでご尊顔を拝見させていただいて、両手で拝む勢いで尊かった。


「では、今日は両殿下にお会いできたので、その幸運に感謝して乾杯したいです。」


「そんなことに対して乾杯しなくてもいいさ。

君が望むならば、いつでも会うことはできるんだし。

そんなことよりも、私は今夜君とともにいられる幸運に対して乾杯したい。」


そ、そんなこと……?

いや。私にとっては雲の上のような方々で、そうそう簡単にお会いできる方々ではないのですが。


「あ、あの。私ごときが、両殿下にそうそうお会いできる機会などございませんよ?

リュシアス様と一緒にいることのほうが容易いと思うのですが……。」


「そんなことはないじゃないか。

ともにいたいと願っていても、私の一人よがりで君はそう望んでくれない。

今回は避けようもなかったから、一緒にいてくれるだけだろう?

こんな幸運なこと、次またあるかわからない。

そのことを今感謝しないで、いつするというんだ。」


今でしょ!!

……って、ちがーう!

確かにリュシアスを避けていたし、今後こうして舞踏会に同席することはないかもしれない。

奇跡のめぐりあわせといえば、そうなのかもしれない。


「わかりました。では、今夜ともに居られることに感謝して。」


「あぁ。隣にいてくれてありがとう。乾杯。」


「乾杯」


軽くグラスを合わせる。

キンと高い音が響き、シャンパンの泡が一層シュワシュワと弾ける。

さわやかな刺激が喉を通る。

初恋のような淡い淡い刺激。

なんだか、甘い。


「おいしいね。」


「えぇ。とても。」


ふっと目線を合わせて微笑み合う。

こんがらがった思いも、決意も、全てを忘れて。

はぁ。なんだか、無駄に大人になって無駄に転生して、拗らせて拗らせて拗らせて。

もったいない人生を歩んでいる気がする。


「君に出会えてよかった。」


リュシアスから、ぽつりとつぶやくように出てきた言葉。

同じ思いを抱いていることに、嬉しさがこみ上げる。


「ふふ。急ですね。私もリュシアス様と出会えてよかったですよ。」


にっこりリュシアスへ笑いかけながら伝える。

出会えてよかった。

紛れもない事実。嘘ではない。

けれども、いつでも隣に別れがあるようで。それが悲しいだけ。


「はは。それなら、嬉しいな。

もっと私のことを思って欲しい気持ちが大きいけれど、今はその言葉が聞けただけでとても幸せだ。」


心底幸せそうな表情をしてリュシアスが言う。


「そのくらいで幸せになっちゃうんですか? もっと欲張ってもいいんじゃないですか。」


いつもは言わないいじわるな発言をしてみる。

リュシアスこそ、もっと私を欲してくれたらいいのに。

遠慮しないで、私を引っ張って連れ出して欲しい。


「……欲張ってもいいのかい?」


リュシアスの目が奥にしまった熱を揺らす。


「ふふ。どうでしょう?」


分かっていても、分からないふりをしてかわしていく。


「……なんだか、私ばかりが振り回されてしまっているな。」


少し口をとがらせ、しかめ面をしながらリュシアスが言う。

あざとかわいい系も狙えるのね!!

イケメンは拗ねたお顔もかわいくてイイ!


「まさか! 私ごときが伯爵さまを振り回せるはずありませんわ。

気のせいでございますよ。ふふふ。」


「そんなことない。いつでも私はティアーナに溺れているくらいだ。

早く、私を救い出して欲しいよ。」


ふっと笑いながら返してくれる。

かわせるような雰囲気を作ってくれる。

そうしたところに、リュシアスの優しさを感じた。


他愛もない言葉遊びが楽しい。

こうして素直にやり取りすればいいだけなのかもしれない。

そうしてくればよかった。

ただ過去をやり直すことはできない。

けれど、未来はまだまだ真っ白だ。

後悔しないように、思いの丈をリュシアスへ伝えたい。


私の思いが伝わりますように。

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