第53話 裏ボス疑惑

リュシアスにエスコートされながら、両殿下の御前へと進む。

ふかふかのカーペットの上は、自分もふわふわと浮いているような錯覚を覚える。

地に足がつかないようで、現実感がなくなっていく。


いつのまにかたどり着いた両殿下の前で礼を取ると、二人からにこりと微笑みかけられた。

そしてリュシアスの方を向き、話始める。


「リュシアスじゃないか。久しいな。」


「あら。しばらくお顔を見なかったわね。」


「ジェラルド殿下、バーベナ妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。

そうですね。お久しぶりでございます。

子どもたちの世話で城での勤めを辞退させていただいて久しいですからね。」


「それだけではないだろう?」


「そうよ。噂は聞いているのですから。

まさか私たちの誘いを一度でも断るなんて、思ってもみなかったわよ?」


「噂ですか。」


「そこの姫君にご執心だと聞いているぞ。」


「こちらがあなたが選んだご令嬢なのね。本当に美しくて可愛らしい子ね。」


「なんだか、お二人に紹介するのが嫌になってきました。」


「なんだ。減るものでもないだろう?」


「いや。減りますね。」


「もう、二人ともいいから。ご令嬢が困ってしまっているでしょう?」


はい。冷や汗とともに、困惑の色を少しも隠すことができません。

こんなに美しく神々しい方を前に、緊張して喉がカラカラです。


「あぁ。すまないね、ティアーナ。」


リュシアスが気づかわしげにティアーナを見て微笑みを向ける。

それを見た両殿下は目を丸くして、言葉を失っている。


「……おぉ。あのリュシアスが。」


「……えぇ。あのリュシアスが。」


「堕ちてるな。」

「堕ちてますね。」


あら。両殿下もハモリが素敵。

きっと、とっても仲良しさんなのですね。

フォーリム夫妻のシンクロ率も高かったが、両殿下もなかなかだ。


「そうですね。ティアーナに出会った瞬間に、堕ちてしまいましたね。」


さらりと惚気ました。

えぇ。それはもうするりと、何事もないかのようにスムーズに。


「あー……もういいわ。」


「そうですね。もう結構です。」


額に手を当て、うなだれる殿下。口調も乱れておいでです。

それを気遣いながらも、手で口を覆いお腹一杯ポーズの妃殿下。

あぁ……甘いですよね。甘すぎますよね。

えぇ。わかります。

大丈夫でございますか、お二人とも。


「そうですか。じゃぁ、紹介しますね。ティアーナ・アコーリス男爵令嬢です。

最近運命的な出会いを果たして、こうして側に居てくれるようになりました。

お願いですので、邪魔しないで欲しい。」


厚顔に言い放つリュシアス。

え。殿下方相手にその言い草はありなのでしょうか。

丁寧に言いつつも、かなり高圧的な発言ですよ。


「どっちが立場が上か分からないな。」


「えぇ。リュシアスですから仕方ありませんわ。」


「そうですか。じゃぁ、そういう事で失礼しますよ。」


「いやいやいや。待て待て。」


「まだ彼女の声すら聴いていないわ!」


「紹介して欲しいとのご要望でしたので、私から紹介させていただいたではありませんか。

今日の要件は終了しましたので、この場を辞させていただきたく思います。」


「丁寧に言ってるが、さっさと逃げたいだけじゃないか。」


「本当に減ると思っているのね。お願いだから、もう少し彼女と話をさせてちょうだい。」


「……そうですか。」


嫌そうな顔を前面に出すリュシアス。


というか、なんだろう。このデジャブ感。

神々しくて近寄りがたい雰囲気の両殿下が、リュシアスを前にこんなに砕けていて、そしてさらにはコント調。

私は夢でも見ているのでしょうか?

それとも、あまりの緊張に意識を飛ばして、妄想に耽ってしまっているのですかね。

うん。きっとそうだ!そうに違いない!

だってあんな素敵な方たちがこんなコントみたいなことするはずないもの!


「こらこら。未来の王の前でその顔はないだろう。」


「何のことでございましょうか?」


殿下の窘めに堪えた様子もなく、にこやかな笑顔を貼り付けて何事もなかったかのように宣うリュシアス。


「ふぅ。もういいさ。じゃぁ、改めて。ティアーナ令嬢。

私はジルベルト・リア・ランターナだ。彼女はバーベナ・リア・ランターナ。

本日は私たちのわがままで参加してもらってすまないね。

私とバーベナは、リュシアスと幼い頃からの付き合いでね。

後妻をとるような素振りも全く見せず、一人で子どもたちを育てているのを心配していたんだ。

リュシアスは子どもの頃から女性に囲まれ言い寄られていたが、自ら女性に近寄ることはなかった。

そんなリュシアスが、パートナーを連れて舞踏会に現れたと聞いて驚いたんだ。

まさか騙されているんじゃないかとも疑ったほどだ。

それが、こんな態度をとるほど、君に心酔しているとは思ってもみなかった。

出来ることなら、こうしていつまでもリュシアスの隣で支えてやって欲しい。」


「あ、ありがとうございます。殿下にそう言っていただけて光栄でございます。

改めまして、ティアーナ・アコーリスと申します。以後、お見知りおきくださいませ。

噂で耳にされていることかと思いますが、リュシアス様のパートナーとして何度か舞踏会に出席させていただきました。

しかし……そうですね。今後のことは、まだリュシアス様とよく話しておりません。

この機会に、今後についてしっかり話し合いたいと思っております。」


私の発言が意外だったのか、殿下は少し目を丸くする。

普通の令嬢ならば、喜んでリュシアスの隣を確保しておくのだろう。

うん。私も何もなければ。普通の令嬢のままだったなら、そうしただろう。

でもそうではない。


「そうなのか。是非とも、また二人が連れ添った姿を見せて欲しいものだな。」


私の困った発言にも、上手に返してくれる殿下。

本当に優しいお方なのだと伝わってくるようだ。


「えぇ。また殿下とこうしてお目にかかりたく存じます。」


にこやかに返事を返す。

すると妃殿下からも声がかかる。


「それにしても、本当に可愛らしいお方なのね。

ジルベルト様相手にそんなに素直に返さなくてもよろしいわよ?

そうそう。ベロニカから、ティアーナ嬢は素晴らしいものを発明されたとお聞きしましたの。

とても興味深いわ。」


「ありがとうございます。

私は現在、伯爵家でお子様たちの世話役を仰せつかっております。

その中で考えついたものなのです。

お子様たちが楽しく全身を使って遊べるようにと室内の遊具を作成しました。

リュシアス様にもご協力いただいて、魔法道具を使ったものです。

具体的には、登って滑って遊んだりできる滑り台やマットがあります。

ふわふわとしているのですが跳ねることができたりと様々な遊び方ができるものです。

皆さんに楽しく利用していただいて、嬉しい限りです。」


「ティアーナの発想はなかなか素晴らしいんです。

こんなこと考えつくのは、魔法使いでもそうそういないだろうと思います。」


リュシアスはいつも通りに褒めてくれる。

そんなことはないのだけれど……。

両殿下を前に、否定する気力はあまりない。


「そうなの。ティアーナ嬢は魔法使いではないとお聞きしましたけど、素晴らしいわね。

その魔法道具で作った室内の遊具というものは、とても気になるわね。

話で聞いただけでは、どんなものか想像もできそうにないわ。

許可が下りれば、伯爵邸に訪ねてみたいものだわ。」


「そうだな。調整して、実際に見に行ってみよう。」


「えぇ! 楽しみだわ!」


「そうですね。仕方ありませんが、お待ちいたしております。」


「仕方ないってなんだ……。」


「えぇ。もう仕方ありませんのよ。」


「パートナーをみつけて、さらに尊大になったんじゃないか。」


「そうかもしれませんわね。まぁ、それでもジルベルト様は許してしまうのでしょう?」


「はぁ。仕方ないなぁ。」


「そう。仕方ないのですわ。」


なんだろう。分からないけど、まとまったようです。

リュシアスは、両殿下の弱みを何か握っているのだろうか。

え。裏ボスはリュシアスだった?


「では。他の方もご挨拶を待っているようなので、ここらへんで失礼いたしますよ。」


リュシアスがすかさず、退席の挨拶をする。


「あぁ。そうだな。また時間を作って話をしよう。」


「今度ティアーナさんとお茶会でもしたいわ。またお会いしましょうね。」


今度は、にこやかに別れの挨拶を返す両陛下。

広いお心を持つお方たちです。


「は、はい。ありがとうございます。お待ちいたしております。

本日は両殿下にお会いできて、大変光栄でございました。

失礼いたします。」


最上級の礼を丁寧に行う。

ふぅ。無事に両殿下とのご挨拶が終わってよかった。

緊張もしたけれど、温かい方々だった。

リュシアスの言動が尊大すぎて、ヒヤヒヤしたが……。

旧知の仲だというので、仕方ない……のかな?

うーん。本当に裏の世界を牛耳る影のドン!みたいな人だったりするのだろうか。

黒い疑惑が止まらない……。


「ティアーナ。行くよ?」


煌びやかな笑顔のリュシアスがこちらに向く。


「は、はい!」


う。またぼんやりしてしまった。

こんなに煌びやかなのに、裏ボスなわけないか。


また輝く会場の中、足を進めていった。

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