第51話 星空に願いを
逃げられない状況にあることで、少し落ち着いて自分のことを考えられるようになってきた。
すると、いっそのことリュシアスに全てを告げてしまおうかという思いが浮かんできた。
最愛を失くした前世。
今でもその思いはくすぶり続けている。
先日のリュシアスの発言はそんな私にはあまりにも痛かった。
じくじくとうずく傷口をまた抉り取られるような感覚に近かった。
それほどまでにリュシアスに気持ちが傾いていることも……もう、認めざるを得ない事実だ。
逃げて目をそらしても、それは変わることはなかった。
ベロニカの言う通り、本当に拗らせっ子でしかないじゃないか。
あふれ出るようなこの思いに蓋をすることなんて、到底無理なことだったんだ。
それを無理やり押さえつけようとして、自分自身もさらに傷つけて。
救いようもないというやつだろう。
えぇ……それはもう、痛いほどに感じています。
こんな拗らせっ子な私でも、まだリュシアスは求めてくれるのだろうか。
私の魅力……は、いまだにわからなかったけど。
もし私の全てを知ってもなお、リュシアスが受け入れてくれるというのなら。
そのときは、私もリュシアスを受け入れられるだろう。
もし受け入れてもらえなかったら……。
そう考えるのは、とても怖い。
リュシアスも私へ思いを告げるとき、こんな思いをしていたのだろうか。
そう思うと、余計に胸が締め付けられて苦しくなってくる。
しかし、転生したことや最愛がいたことを受け入れられない可能性は高い。
一つでも否定されるようなら、私を否定されたのと同義だ。
その時はすっぱり諦め、この思いを終わらせよう。
……こんな風にしか向き合えない臆病な私を許して欲しい。
無事に今度の舞踏会が終わったら、リュシアスに伝えようと心に誓う。
ひっそりと、しかし堅固な誓い。
祈りにも似たような思いが、夜の
*****
「ティアーナ様、本日もよくお似合いでございます!」
ミネアの元気な声が響く。
「ありがとう。今回もあなたに手伝ってもらえてよかったです、ミネアさん。」
感謝の意を示し、にこやかに笑みを向ける。
今日のドレスはプリンセスラインの夜空色のドレス。
全体がグラデーションになっており、濃紺からだんだんと淡い青、そして淡い紫、白へと変化していく。
胸元や腰回りには、星のように金や銀に輝くビジューが散りばめられ、天の川が流れているよう。
中央で分かれた濃紺のドレープの下から、チュールが幾重にも重なる。
首元には黒のレースチョーカー。
中央には前回と同様の淡い紫色と黄色がかった茶褐色の二色のバイカラー宝石がついている。
大きな楕円形の宝石は、首元で大きな存在感を誇っている。
耳元は、蝶の形を模したようにカットされた宝石が留まる。
肘上まである黒のレース手袋の先には、前回と同様の指輪が輝いている。
星空をかたどったような衣装に何か運命的なものを感じた。
私が願いを込めているのが分かったのか。
それともリュシアスの願いがこもっているのか。
そうだとしたら、リュシアスは何を願っているのだろうか。
私を求めてくれているのならば、嬉しい。
髪は結い上げてもらった。
そして編み込んだその先には、青い色の薔薇をさした。
薔薇はリュシアスとの思い出が詰まっている。
青にしたのは、ドレスの色と合わせて。
そして、私の願望を込めて。
『不可能』ではなく、『夢はかなう』と信じている。
「あぁ。本当に美しい!
麗しい姿に感動が止まりません!」
ミネアが頬を染め、悶えながら訴えてくる。
えぇ……。なんだか、すごい熱量を感じる。
褒めてもらえるのは、とても嬉しいけれど、ここまでになってくるとやや引いてしまう。
えっと……大丈夫かな?
コンコン。
ちょうどいいタイミングでノック音が響く。
いつでも見ていたかのように、タイミングばっちりです。
え。まさか盗聴、盗撮の魔法とか……?
ミネアの熱量のせいからか、穿ちすぎな考えが浮かぶ。
可能、不可能でいったら、可能な可能性が高い。
同じ言葉の繰り返しで、こんがらがってくるな。
ただしそれを行使するような人間性をしているかということ。
うん。ないな。
「ティアーナ? 返事がないが、大丈夫か?」
おぉっと。また思考の海に溺れていた。
溺れすぎて、あっぷあっぷしすぎて大変だったわ。
「はい。大丈夫です。どうぞ、お入りくださいませ。」
「ああ。失礼するよ。」
安堵したため息と共に、リュシアスが部屋に入ってくる。
今日も本当に麗しい。
白の詰襟に、左肩には濃紺の肩マント。
マント止めには、私と同じ宝石をつかっている。
その先から金のチェーンが右肩から後ろに繋がっている。
白の上衣は金糸の刺繍や装飾が華やかだ。
そして、左側の髪の毛をかき上げたようにして固めてある。
秀でた額がのぞく様はいつもと違う雰囲気が漂い、カッコよさも増し増しになっている。
the 王子様!!
いや。今日は皇太子殿下に会うのです。
彼は伯爵様です。
不敬です。
うん。もうこれも毎回ですが、目がつぶれそうなほど眩しいです。
きらきらエフェクトがいつも以上にひどい。
薔薇の吹雪が舞い散りそうです。
デジャブですか。
しかし入室してからこんなことを考えている間、リュシアスはずっと息を止め、固まって微動だにしていないことに気づく。
……毎回同じような反応な気がするけど。
そちらこそ大丈夫かな?
「リュシアス様? リュシアス様の方こそ、大丈夫ですか?」
ぼんやりとこちらを凝視していたリュシアスが、はっと意識を取り戻したよう。
そしてだんだんとその頬が色づいて、紅く染まっていく。
潤んだ目元が色気を増す。
……ダメだ。
こちらがやられる。
「大丈夫……だと思う。けど、胸が苦しくてどうにかなりそうだな。
ティアーナ。今日は本当にありがとう。
またドレスを着て、私の隣に居てくれるのがこの上なく嬉しい。
本当に美しいよ。ティアーナ。」
微笑むリュシアス。
切なさに、こちらの胸も苦しくなる。
そして、その容貌の破壊力は今まで以上の仕上がりだ。
いつも慣れている使用人たちでさえ、息をのんでその様子を見守っている。
うん。みんなで倒れそうね。
どうか。
どうか無事に終えられますように。
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