第50話 side:リュシアス

分かるようになってきたと思っていた彼女が、また分からなくなった。

近づいて手が届きそうにな距離に近づいたはずなのに、それはいっそ幻だったのではないかと錯覚する。

荒野にただ一人残され、暗闇に光る一つの星を見つめているようだ。

まばゆいそれは、手をのばせば届きそうな気がするのに。

その程遠い距離に、それは全くの気のせいだと突き付けられ絶望すら覚えた。



彼女が距離を置きたいと望むならば、私はそれに従うべきだと感じた。

その通りにしてみても、私の思いはなんら色あせることはない。

それどころか、焦がれる思いが募っていくだけだった。



彼女のふとした表情がやけに気になる。

前よりも遠くを見つめ寂しそうにして、空虚な目をすることが増えたように思えた。

私と距離を置けば何かいい方向へと変わるならば、それも仕方がないと思えた。

しかしそれとは裏腹な彼女の様子に、どうして私から離れていくのか一層分からなくなった。



何から自分を守ろうとしているのか。

それをして彼女は果たして幸せなのか。

問いただしたい衝動が湧きおこり、今のこの関係に苛立ちを覚える。



社交界の方も随分と騒がしい。

彼女をパートナーとして社交の場へ連れて行ったことで、私が後妻を娶る気があると勘違いした輩が、次々に令嬢の調書を送り付けてくる。

私が望んでいるのは、後妻ではない。

彼女が欲しいだけだ。

しかし必ずしも、彼女をその立場に押さえつけたいわけでもない。

側にいてくれればそれでいい。

その形が結婚であれ、同居であれ、なんだって構わない。



それにパートナー同伴での招待状も増えている。

皇太子殿下さえも彼女に会いたいと所望されている。

だが私は彼女を貴族たちの噂にしたり、見世物になど絶対にしたくない。



そんな中、彼女はまた私の手を握ってくれた。

強制的な舞踏会という形だが、それでもパートナーとしていてくれる。

彼女が側にいるだけで、私はもう幸せだと思った。

それに例え今彼女が私を望んでいなくても、近くにいれば私の熱が彼女に移るはずだと確信している。

早くこの熱が彼女に伝わるといい。



彼女は私だけのものだ。

そして私は彼女だけのものだ。

他の誰にも譲らない。

他の誰もいらいない。


ただティアーナが欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る