第42話 魅了する瞳

会場中が異様な雰囲気に包まれる中、それをものともしないようにリュシアスはホールへ進む。

そんな中で連れられて歩くのが、気が重くて仕方がないです。

毎度のことになりつつありますが、本当にどうにかなりませんかね。

本当に大した罰になりました。

でもご褒美のドレスやダンス付きな上、女神様たちにもお会いできたのでいいこともたくさんあった。

飴と鞭の使い方が上手い……のか?

いや。リュシアスにとってはすべて飴のつもりなのかもしれない。

今日も糖分摂取過剰しすぎた。

そろそろ控えめにして、ダイエットでも始めるべきではないだろうか。

えぇ。そうすべきですよ。

若い頃の生活習慣を引きずったままでいると、後々痛い目みるんですから!

適度な運動と適度な食事、これ基本!


「ティアーナ。何考えているんだい?」


胡乱げな目をして、リュシアスがこちらをみる。

大層不満そうなのが、ありありと分かるような表情。


うっ。そんな目で見ないでください。

現実逃避したくもなるんです。

あなたといると、いつでも逃げ出したい気持ちでいっぱいで腰が引けるのですよ。


「い、いいえ。何も。ただどうにか無事に踊れるといいなと思っていただけですわ。」


ある意味、それに尽きる。

この状況で無事に踊り切らなければ、後で何を噂されてしまうか。

あんな女がなぜだの、やっぱりリュシアスには似合わないだの、ずたずたに言われてしまうのだ。

まぁ、失敗しなくったって、どうせそう言われるのだろうが。

それでもやらかしてしまった方が、ロス後の彼女たちの気持ちに火をつけてしまうだろう。

「私の方が相応しいのに」と思わずにはいられないはず。

そう考えていると、だんだん胸が苦しくなってくる。

リュシアスに相応しくありたいと思い始めてはいるが、彼女たちほどの熱量をまだ持ててはいない。

何も持っていない自分が相応しいと思えない。

ずっとリュシアスの隣にいる自信が、まだない。


「足を踏んだって、どんな失敗をしても大丈夫。私が必ず支えるから。

ティアーナは気にしないで、一緒にダンスを楽しもう。」


リュシアスが瞳を覗き込みながら、にっこりと笑って言う。

なんでもお見通しだ。

その瞳を通せば何でも伝わってしまいそうだと思う。

不安な気持ちも、憂いも、すべてを吸い取ってしまうのではないかとも思う。

そして熱い思いもそこから私へ移してしまう。

絡まって、絡めとってしまう、不思議な瞳。

そこにリュシアスといることしか考えられなくなる。

頭の奥がじんと痺れるような妙な感覚を覚える。

私は「魅了」の魔法でもかけられているのだろうか。

だが、それさえもどうでもいい気がする。


「さあ。踊ろう。」


いつの間にかホール中央まで進み、向かい合う。

視線を絡めたまま、外せない。

ぎゅっと腰を掴まれ、体が密着する。

以前よりもさらに近い距離に、どきどきも更に増していく。

もう抱き合っているのと相違ないのではないかというほどの体勢に戸惑う。

匂いも、鼓動も、息遣いも、全てを体で感じられそうだ。

でも前とは違って、視線を逸らせない。


「綺麗だ、ティアーナ。」


リュシアスが耳元でささやき、ぞくりとする。

体中火照って、熱に浮かされるようだ。

お願いだから、これ以上私をどうにかしないで欲しい。


潤む瞳でリュシアスを見つめ続ける。

リュシアスもさらに笑みを深め、妖艶さを纏う。


音楽が変わりダンスが始まる。

リズムに乗り、舞い踊る。

身を任せ、ふわり、ふわりと揺れ漂う。

永遠に続きそうな不思議な時間。

でも前と同じようで、少し違う。


リュシアスしか見えない。

リュシアスだけを思う。

でも引っ掛かる何かが、私を留める。


「これ以上私を……」


言葉につまる。

手を伸ばせば、掴んでもらえると分かっているのに。

それでも素直にそうできないのは、なぜだろう。


「私をあなたの色で染めないで。」


切ない思いが胸を締め付ける。

苦しさに、息がつまる。


「……本当にそれを望んでいるの?」


少し淋しげな目をしてリュシアスが言う。


「…………。」


「ねぇ、ティアーナ。私は君の思いを大事にしたい。思ってもいないことを口にして、自分のことを傷つけないで。

私はいつまでも待てるから。君が私の色で染まれるまで、そうなりたいと思うまで。

たとえそれが、自分が死んだあとでも。」


リュシアスがそう言った途端、ティアーナはそっと目をつぶった。

リュシアスはいぶかし気にそれを見つめるが、ティアーナは何も言わずにただステップを踏む。


死んだ後のことなんて、その人が分かるはずがない。

そこにその人の思念など残っていないのだ。

遺された人が、どうにもならない思いを抱えて日々を過ごすだけ。

リュシアスにそんなに簡単にその言葉を使ってほしくはなかった。

ミオティスを失くしたリュシアスなら、私と同じ思いが分かるのではないかと思っていたのに。

そうではなかったのかもしれない。


甘い言葉は、麻薬のように我を忘れ欲してしまう。

だがそれに溺れて、またあの悲しい思いを繰り返すのは、もう嫌だ。

まだ……まだ間に合う。

そう言い聞かせて、ティアーナは踊り続ける。


しかしその後も、ティアーナがリュシアスの目をみることはなかった。

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