第41話 リュシアス・ロス
公爵夫妻との話がまとまってよかった。
着地点が見えず逃亡を図りたくなるほどだったので、落ち着いて何よりだ。
そうしてふぅと一息ついて辺りを伺うと、どうやらとんでもないことになっている。
そう。すっかり忘れていたが、現在舞踏会に招待されてここにいるのだった。
周りにはたくさんの貴族たちがこちらを注視している。
よくよく見てみると、涙を流し崩れ落ちている令嬢もいれば、こちらを鬼の形相で睨みつけている令嬢もいる。
な、なんということでしょう。
美しいドレスを身に纏った令嬢が、こんなにも変わってしまうなんて!
劇的……。
い、いや、自重します。
うぅぅ。身の毛もよだつとはこのことか。
やっぱり
涙でぐずぐずになっている様は、それこそ妖怪……いえ、ごめんなさい。私のせいですね。
以前のラカンサ嬢と同等か、それ以上の仕上がりになった令嬢たちに震え上がるばかりだ。
噂が回っていたにもかかわらず、やはり眼前にそれがさらされると物凄い衝撃なのだろう。
だって、あのリュシアスだ。
そこにいるだけで、凄まじいイケメンオーラを漂わせ、だだ洩れる色香。
どれほどの令嬢がその虜になっているかなんて、想像に難くない。
……えぇ。またそれを改めて感じさせてくれる光景です。
「あー。もう今日は本当にひどいな。リュシアス、お前のせいだぞー。」
「せっかくの我が家の舞踏会が台無しですわねー。」
ダレンとベロニカは半目になって、リュシアスを見遣って文句を言う。
「そうか? いつもこんなものだろう。大した事じゃないさ。」
何事もないようにリュシアスは言う。
いやいやいや! この状況をみて、よく言えますね!!
大したことだらけですよ!?
あの令嬢も、この令嬢も……あぁっ。もう、ごめんなさいっ!
お願いだから、祟らないでください……!
「よく言ってくれるよ。」
ダレンはやれやれとお手上げだというようにポーズをとる。
「自覚していてそれなんだから、始末に負えませんわ。」
ベロニカもあきれ顔で続ける。
「仕方がないだろう。勝手に思って、勝手に散っていくんだ。
まぁ、私にも愛おしい存在ができたから、散ることを考えると少しだけ心苦しくもあるが。
それでも、他にかまけている時間は皆無だからね。」
「まあ。少しでも他の方を気遣う言葉がでてくるだけ、ましになりましたわね。」
ベロニカが少し見直したように言う。
え、リュシアス様ってそんなに対応ひどいの?
「本当だな。にこやかにしていても、すげなく一蹴するだけだったからな。
そんなこいつのどこがそんなにいいんだか。顔か。結局は顔なのか。」
ダレンは嫌そうな顔をして言う。
友人にとっては、とても不可解な様子。
だが、イケメンは存在自体がありがたいのですよ。
こちらを振り向いてもらえなくても、追いかけてしまうものなのです。
推しは尊いのだ!
でも、そういうダレン様も
皆様、さぞおもてになっているはずです。
公爵夫妻はご結婚なさっているから、表立ってのファン活動が少ないのかしら。
そのため余計に独り身のリュシアス様に集中するのかもしれない。
「私にもわからないけど、そうなんだろうねぇ。
中身なんて必要とされていないんじゃないかと感じるほどだろう?
だからこそ、そこら辺の令嬢には興味が湧かないんだよ。仕方ないだろう?」
肩をすくめてリュシアスが言う。
だが、人は見た目が9割なんて言われていますから。
ファーストインプレッションは裏切らない。
えぇ。それはこの間実証済みです……。
リュシアスの顔に惹かれるというのは、真理であると言えるだろう。
「そんななのに、よくティアーナ嬢を見つけたなぁ。」
ダレンがぽつりと言う。
「あぁ。もう運命としか言いようがないと思うだろう?」
「そうかもしれませんわねぇ。」
お、お願いですからベロニカ様も同調しないでくださいませ!
「あ、あの。そんなことより、この状況どうします?」
もういたたまれなくなって、話題を変える。
けれども、本当に困った状況にどうすればいいのかわからない。
「うーん。どうもいたしませんけど。」
「仕方ないからなぁ。もう、一曲踊って帰ったら?」
あっけらかんと返す夫妻。
え。そんなのでいいんですか?
「そうさせてもらおうかな。せっかく来たのに、踊らないなんてもったいない。
ティアーナ、踊ったら帰ろうか。」
踊らないでこのまま帰るという選択肢もありますよ?
その方がもう被害は出ないかと思いますけど……。
でも、確かに踊りたい。
せっかくリュシアスにコーディネートしてもらって飾り立てて来たのだし、何よりリュシアスとのダンスはとても心地いい。
またあの時のようなダンスを踊りたいけど……。
「えっと……。いいのですか?」
ちらりとリュシアスを見て伺う。
「大丈夫さ。こうしてティアーナとともにいることを周知していかないとね。」
「そうするのがいいだろうな。二人でいる様子をみれば、みんなあきらめていくさ。」
「そう簡単にいかないと思いますわよ。人の思い、恋慕の情はなかなか消えないものですわ。
こじれにこじれた思いをくすぶらせている令嬢ばかりなはずですもの。
気を付けるにこしたことはありません。」
心配そうにベロニカが言う。
「そうだね。私のパートナーとなることでティアーナを傷つけるようなことがあってはならない。
しっかりと気を配っていくようにする。
ティアーナ、君も何かあったらすぐに知らせて欲しい。」
リュシアスもうなずき、ティアーナへ注意する。
確かに、この状況を見ても、令嬢たちのこじれた思いがどう発露していくかわからない。
最悪の事態を考えて行動するべきだろう。
「は、はい。わかりましたわ。気を付けますね。」
得も言われぬ恐怖に、少し声が震える。
「そうするといい。何か困ったことがあったら、私たちに相談してくれ。」
「そうね。私たちもうお友達ですもの! 何でもおっしゃってくださいね。」
フォーリム夫妻の温かい言葉に、胸がジーンとなる。
悪鬼から逃れるためのお札をいただいたような安心感に、ほっと息をつく。
悪霊退散!!
……色々おかしい。
「ありがとうございます。そういっていただけて、とても光栄です。
何かありましたら、よろしくお願いしますわ。」
「ふふ。こちらこそ、よろしくね。」
ベロニカはにっこりと温かい笑顔で返してくれる。
その様は、慈悲深い女神様そのもののようだと見惚れてしまう。
「さて。そろそろダンスタイムといこうか。
じゃぁ、ダレン、ベロニカ、また次の機会に。」
そそくさとリュシアスが挨拶する。
「あぁ。気を付けてな。こんなになっちゃったけど、舞踏会楽しんで行ってくれ。」
「またお会いしましょうね。」
そんなリュシアスをにこやかに送り出してくれる公爵夫妻は、やはり神々しい方たち。
いいご縁をいただけて、本当に幸せだ。
「はい。またお会いできる日を楽しみにしていますわ。失礼いたします。」
「ティアーナ、行こう。」
促すように、リュシアスが腰元に置いた手に力をいれた。
するとそこに熱が集まっていくように感じ、肌がぞくりと粟立った。
思わずちらりとリュシアスの顔をのぞき見ると、やはり無駄にかっこいい。
こうしてエスコートしてもらうのもそろそろ慣れていいはずなのに、一向に慣れる気配をみせない心臓。
破裂しそうなほどの鼓動がリュシアスに伝わってしまわないで欲しいと願いながら、ぎゅっと目をつむる。
一度深呼吸をして覚悟を決め、重い足を進めた。
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