第40話 お願いだからほどほどに
「はいはい。そこまでだ。せっかくティアーナを紹介しているのに、逃げられてしまうじゃないか。」
リュシアスが手を鳴らし、公爵夫妻の暴走に終止符を打つ。
え。リュシアス様、やっぱりエスパー?
いや。魔法使いだって。
顔に出てましたか?
私の考えてることバレバレすぎですかね。
「まあ! それはいけませんわ。せっかくリュシアスのパートナーになってくれる人ができたのに!」
「そうだな。末永く、リュシアスとともにいてもらわなければ。」
「だろう。だから、二人ともティアーナをよろしく頼むよ。」
「もちろんよ!」
「あぁ。わかったよ。」
逃がすまいと真剣になっているお三方が少し怖くて腰が引ける。
私はそこまで必要とされるほどの存在なのだろうか。
「い、いえ……。
はい。恐れ多いことでございますが、よろしくお願いいたしますわ。」
「ふふ。緊張しなくてもいいのよ~。
三人そろうといつもこんな調子だし、ティアーナ様も気を抜いてもらってかまわないわ。
私のことは、ベロニカと呼んでちょうだいね。
それにしても、素敵な宝石ねぇ~。」
「ベロニカ様……とお呼びさせていただきますね。私のことはティアーナとお呼びください。
えぇ。とても美しい宝石ですよね。二つの色が混じりあった不思議な色をしていて。
ドレスも宝石もリュシアス様にご準備いただいたのですが、本当に素敵で私にはもったいないほどです。
何度も眺めては見惚れてしまいますわ。」
「まぁまぁまぁ!! それは本当に素敵!
ティアーナとリュシアスの色を重ねたような特別な宝石を、わざわざリュシアスが探してきたのね。
それに全てコーディネートしちゃうなんて、さすがだわ。本当にティアーナへの愛が重いわね~。」
確かにこんな特別な宝石は見たことがない。
しかも私とリュシアス様の色のもの。
そうそう見つかるものなのかしら。
うん。リュシアスのセンスはさすがなのだが、すべて彼色に染まってしまったようでこそばゆい。
愛が重いけど、それを受け入れつつある私も大概だ……。
「大したことはないさ。
ティアーナをより美しく飾りつけることができるのは、私の至福なんだ。
まだまだこれから何度もこうして私の色を纏ってもらいたいね。」
リュシアスがティアーナの耳に下がる涙型のイヤリングを触りながら、微笑みかける。
宝石からリュシアスの熱が移ってきたように、耳がじんじんと熱くなっていく。
どこを見ていいのかわからず、目が泳ぎ出す。
うぅっ。今日は甘さが過剰すぎます。
そろそろ、本当にやめてください。
穴に埋まってしまいたい……っ!!
「きゃぁぁ~! もうやめてちょうだーい!」
ベロニカが両手で顔を覆いながら、叫ぶ。
「そうだぞ! いい加減にしないと、砂糖吐きそうだ!」
ダレンも片手を口元にあてながら、眉をひそめている。
そうですよね……。私もです。
あぁ。恥ずか死んでしまいそうです……。
「何言っているんだ、二人とも。」
リュシアスは涼し気な表情のまま、特に気にしている様子がない。
打っても打っても響きませんね。
「えぇ。もう本当にその辺でやめていただきたいです……。」
「こんなに着飾った美しいティアーナを前にしたら、このくらい当然だろう?」
「もうっ! 二人きりのときになさいなっ!!」
ベロニカがリュシアスをびしっと指差し、リュシアスに釘をさす。
「初めてのことだからって、そんなに突っ走ってると痛い目みるぞ!ほどほどにしろ!」
ダレンも同様のポーズをとり、リュシアスをたしなめる。
似た者夫婦なのかな。シンクロ率高くて凄い。
美人なのに親しみやすいし、面白い方たちだ。
いや、でも今日のは確実にリュシアス様のせいであって、いつもはこうではないのかもしれない。
もとをただせば、私のせいでもある……のかしら?
「はぁ。そうだな。二人きりでいるときにするよう気を付けるさ。
子どもたちにも言われているしな。」
「お前、子どもたちの前でもこんななのか……」
あきれ顔でダレンが言う。
「いつでもティアーナを前にすれば、言葉が口からこぼれ出てくるんだ。仕方ないだろう?」
「大概にしないと、子どもたちからも愛想つかされるぞ。」
「お互いに愛しているし、ティアーナも子どもたちをかわいがってくれているから大丈夫さ。」
「……まぁ。ほどほどにな。」
ダレンは肩を落とし、あきらめたようにつぶやく。
「一応、忠告は聞いておくよ。
そうだ。グレースは元気かい?」
リュシアスが話題を変える。
グレース?
どなたのことでしょうか。
「えぇ。とっても元気よ!」
「先日、ティアーナとともに新しい魔法道具を作成したんだ。
子どもたちが遊べる道具なんだが、グレースも今度我が家へ連れてきてみてはどうかと思って。」
大型遊具の件ですね。
ということはグレースというのは、公爵夫妻のお子様なのでしょうか。
「まあ! 遊べる魔法道具ですの?!
それはとても気になりますわね。是非とも伺いたいわ!」
魔法道具を遊びに用いるという発想は、今までに存在しない。
国の魔法使いたちは、人々の生活がより便利になるようにと研究に励んでいるため、そんな分野には目線がいかないのは当然と言えば当然なことである。
私のわがままさえなければ、リュシアスが遊具を作ることはなかっただろう。
「子どもたちも喜んで一日中遊びまわっていたほどだったんだ。
それに、ほとんどがティアーナの構想なんだよ。私は手伝った程度なんだ。
ね、ティアーナ。」
「えぇ。楽しそうに遊んでいただけて、作った甲斐がありました。
是非とも、他のお子様たちにも遊んでいただきたいですわ。」
「ティアーナが考えたんですの?! 素晴らしいわね!
ティアーナは魔法使いでいらしたの?」
また驚きの表情をするベロニカ。
魔法使いならまだしも、一般の貴族女性は男性を支える存在であり表立ってなにかを成すことはあまりない。
「いいえ。魔法はつかえませんので、構想だけさせていただいたのです。
私のわがままでリュシアス様に作っていただいたのですが、確かに非常識な物かもしれませんね。」
「ティアーナ嬢の構想とは確かに興味深いな。
魔法を使うことができなくても、そうした発想ができるのは素晴らしい。
非常識な物だというが、魔法道具を作る魔法使いにその視点がなかっただけだろう。
どんなものか気になるな。」
「ええ。そうよ。女性でもなんでも、何かを作り出せるのは素晴らしいことよ!
ティアーナが考えて、リュシアスが形にしたもの、とても気になるわ!」
ダレンとベロニカは笑って肯定してくれた。
貴族社会ではつまはじきにされても仕方がない事案であるにもかかわらず、面白いと評してくれる。
とても懐が深く、柔軟な思考を持つ公爵夫妻だ。
少し目頭が熱い。
そんなティアーナをリュシアスは温かくみつめる。
「ありがとうございます。自分のことを認めてくださって嬉しいかぎりです。」
「とても素晴らしいものだから、期待していてくれ。
今度招待状を送るから、グレースを連れて遊びに来るといい。」
ティアーナの腰元を抱きながら、誇らしげにリュシアスが言う。
何気ないその手つきはなんなのでしょうか。
うっすら浮かんだ涙も蒸発してしまうほど、顔が熱くなっていく。
「ふふ。仲良しさんね。招待状待っているわ。」
「時間をみつけて、みんなで行くよ。
それまでに、ティアーナ嬢に逃げられないように努力するんだぞ。」
「はは。わかったよ。」
……ほどほどにお願いいたします。
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