第36話 色づく私

さて。お約束の日がやってまいりました。

先日の失態の後、約束していた公爵家主催の舞踏会です。

前回よりは日数に余裕があり、心の準備も少しは……って、そんなわけない。

リュシアス様のパートナーであることに変わりはないし、公爵様と相対するわけですし。

緊張するなというのは無理な話なのです。

いくら時間があろうとも、関係ないのです。

はぁ……。本当に素晴らしい罰でございます。


また今回もドレスはリュシアス様が仕立ててくださいました。

とても素敵です。

時間があったため、宝飾品もこだわりの仕上がりになっています。


今回はライトグリーンを基調にしたドレスだ。

しかしエンパイアラインで二色の切り替えになっている。上は胸が隠れる程度のラインまでの白い布地で、その上をレースが覆って首元までホルターネックになっている。

レースにはバラの刺繍が施してあり、白い色でも胸元を華やかにしている。

前回より背中がやや露出されているため、少し心許ない気がする。

胸下にぐるりと深緑の細いリボンがまわり、左胸の下の辺りで薄紫の薔薇のコサージュが添えてある。

そのリボンの下からライトグリーンのさわやかな布地がストンと広がる。

さわやかな新緑に光がさすように波打ち、ふわりとゆれる。


そして胸元には、不思議なバイカラーの大きな宝石が揺れている。

淡い紫色と黄色がかった茶褐色の二色が混在している宝石。

不自然さはなく、きれいに混じって一つになっている神秘的な宝石だ。

耳元にも同じバイカラー宝石で作った涙型のイヤリング。

さらに今回は指輪までも。

何よりもカット加工が素晴らしく、光を眩く反射して宝石をより美しくしている。

ドレスと同じライトグリーンのレースの手袋の上で輝く宝石は、いつまでも眺めていたくなる。


全身確認していくと、やはりリュシアスと私の色ばかりで、頬が熱くなってきた。

前回よりもより一層、私への思いを込めているものだとわかる。


「ティアーナ様、本当にお似合いです。さすが旦那様の見立てでございますね。

ティアーナ様への思いが凝縮されているようですわ。とても素敵です。」


今回も着替えを手伝ってくれた、使用人のミネアが声をかけてくれる。


「ありがとうございます。前回もそうでしたけど、今回も本当に素晴らしいものをいただいてしまって、恐縮ですね。

ミネアさんにもお手伝いいただいて、素敵に仕上げてもらって嬉しいです。」


ふふと微笑みを浮かべながら返す。

確かに、凝縮されすぎな気がする。

盛りに盛った愛情が重い……かもしれない。

けど、なんだかその重みが心地いいかもなんて、やっぱりもうダメだわ。

また鏡で全身をちらりと見てみる。

やっぱり嬉しくなってつい笑みが零れた。


「ふふ。微力ながらティアーナ様を美しくするお手伝いができて、嬉しいですわ。

旦那様も、いい仕事をなさいますよねぇ。

こんなティアーナ様の笑顔をみられて、私も幸せでございます。

どうぞ旦那様と楽しんでいらしてくださいね。」


にこやかに笑いかけてくれる。

確かに、私の仕上がりもいつも以上に底上げ感半端ない気がします。

さすが伯爵家の使用人の方たちの腕は一級品です。

綺麗にしてもらうと心が弾む。

例え、この後の戦いに挑むための武装といっても……。

はぁ。思い出さなければよかったかも。


「はい。頑張ってきますね。」


握りこぶしを作って、再度気合を入れなおします。

さて、リュシアス様の準備も済んだだろうか。

さらに麗しくなっているであろう彼を思い浮かべる。

……うん。そっちにも備えておかなければいけないのよね。

麗しい姿に骨抜きにされて動けなくなってしまっては、罰ゲーム舞踏会に参加できません。

いや。罰ゲームではないのだけど。


そんなことを考えていると、ちょうどよく部屋をノックする音が響く。


「ティアーナ。準備はいいかな。」


予想通り、リュシアスの登場。


「はい。支度は整いました。入ってこられて大丈夫です。」


えぇ。迎撃準備完了しました。第一攻撃に備えます。

ガチャリと音がして、ドアが開く。

目の前に美貌の彼がいた。


オリーブグリーンの上衣は丈が長めで、金糸の刺繍の縁取りが美しい。

襟は黒で切り替えてあり、左の襟元には金のチェーンが三重になったラペルピンがついている。そのチェーンの端には、薔薇の形にカットされたネックレスと同じバイカラーの宝石が輝いている。

黒のシャツに、深緑のベスト。

深緑の細いリボンタイはドレスに使っているリボンと同じものだ。

黒の手袋がセクシーさを増している。


うぅっ!やっぱり格好いい!!

全体的にシックにまとまっていて、リュシアスの魅力を更に引き立てている。

ぐはっ。やられた!!

あっけなく先制攻撃を受けました。もうHPは残りわずかです。


「きれいだ」


リュシアスがつぶやく。

ぽつりとこぼれたようなそれは、波紋のように心に響く。

確かに褒めてもらえると嬉しいなと思いながら支度をした。

けど、思いがけず言ってしまったといったその言葉が、何よりリュシアスの本心であることが分かって嬉しかった。

込み上げる喜びに、ふるりと全身が震えた。


「……ありがとう、ございます。」


「あぁ。本当に幸せだ。

こんなにも美しいティアーナが私の隣にいてくれるなんて。」


リュシアスはうっとりと夢見心地でそうささやく。

心底幸せそうなその表情をみると、胸が締め付けられる。


「私のほうこそ、幸運ですわ。

こんなにも麗しいリュシアス様に、パートナーとして扱っていただけるのですもの。

少し前までの私には、こんなことが起こるなんて想像もつきませんね。

綺麗に着飾らせていただいて、ありがとうございます。

ふふ。リュシアス様も本当に素敵ですわ。」


頬を熱くしながらも、リュシアスの目を見つめながら自分の思いを告げる。

リュシアスが素敵すぎてドキドキが止まらない。

振り返ると、子どもたちとの馬車事件がなければこうして伯爵家にはいない。

そもそも接点もない。

いつかどこかで出会ってすれ違ったとしても、こんなに視線を絡めあうことはなかっただろう。

奇跡のような廻りあわせ。

どこかあきらめていた人生が色づいていく。

私に色を付けていくのは、不思議な瞳を持つ魔法使い。


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