第35話 side:ハーツ伯爵家の使用人

私はハーツ伯爵家の使用人をしている、モネアです。

使用人の間での最近の話題は、もっぱらご主人であるリュシアス様とティアーナ様についてです。

信じられないくらいの溺愛っぷりを発揮している旦那様。

長年使用人として働いている私には、とても驚きを隠し切れないほどの光景です。


思い返せばティアーナ様が伯爵家へいらっしゃっる時のことです。

旦那様が突然侍女の雇用を使用人全員に告げられ、部屋を整えるようにとのご指示をされました。

ただの使用人にもかかわらず、とても広く立派なお部屋です。

お子様方の事故の被害者であるため、謝罪の意を込めている……としても、過分であることは明らかです。

だって、使用人だし。

なんで?どうして?とみんな頭に疑問符が飛び交っていました。

しかし、旦那様に問いただす勇者はいませんでした。

時間も限られていましたので、使用人総出で準備を整えました。


当日、飾りにと旦那様が自ら選ばれたお花は、色とりどりのマーガレットです。

可愛らしく咲き誇るその花々がテーブルに置かれた部屋。

それを見回して、とても嬉しそうに微笑む旦那様を目にした瞬間、みんな悟りました。

薄々そうではないかと感じていましたが、確信に変わった瞬間です。

えぇ。だってそれはもう蕩けるような笑顔でしたもの。

イケメンすぎる旦那様のそのような笑顔は今までにお目にかかったことがありません。

社交界でこのような笑顔をみせられた日には、何人もの女性がお倒れになるに違いありません。

熱狂的な方も多くいらっしゃると聞きますので、その被害は甚大なものと予想されます。

えぇ。それはもう大変なことになるでしょう。

それほどまでに煌びやかな笑顔でした。

イケメンな旦那様にも耐性のある使用人の間にも、激震が走るほどです。

この旦那様のお姿を見て、察せない人なんているのでしょうか。

そんな人がいたら、それはもうありえないくらいの鈍い人なはずです。

関わりたくないレベルの鈍感さですよ。

旦那様が一言も私たちに告げることはありませんでしたが、このような経緯で旦那様の思いが周知されることとなったのです。

えぇ。それは瞬く間に、私たちの暗黙の了解となりました。


ティアーナ様が伯爵家へと来られてから、旦那様の蕩けるような笑みは日常となりました。

ですが、ティアーナ様は旦那様の思いとは裏腹に、旦那様のことを仕える主人であり、お子様方のお父様としてしか見ていないようです。

お子様方の侍女としての役割を全うしようと奔走され、様々なことを努力されています。

そして、私たち使用人に対しても温かく対応してくださいます。

旦那様にいただいたという薔薇の花びらでポプリを作り、使用人ひとりづつに手渡しながらお話をしてくださいました。

えぇ。それはもう素敵な香りのポプリです。

私たちがいただくのがおこがましいくらいの品でした。

旦那様のお相手となるであろうお方ですから、粗相を犯してはならない、一線を引いてお相手しなければと構えていたのです。

しかし、そんな思いも軽く超えて優しく対応してくださいました。

さらに、同じ使用人なので気兼ねなく話してほしいとおっしゃってくださいました。

皆、ティアーナ様の温かさに好感を持ちました。

旦那様のお相手になるお方は、この方しかいない。いや、この方がいい!と、一致団結した次第です。

えぇ。私もそれはもうティアーナ様の大ファンです。

少しでもお世話をさせていただきたいのですが、使用人の立場にあると固辞されてしまいます。

残念で仕方がありません。


ですが、舞踏会へ参加なさるときにお支度の手伝いをさせていただきました。

あのときのティアーナ様の美しさといったらもう。女の私でも惚れてまうやろっ!といった勢いで素晴らしかったです。

ドレスを身にまとって撫でながら微笑んでいる姿や、くるりと一回りして少し頬を染めながら嬉しそうに微笑んでいる姿を見たときには、その可愛らしさに思わず胸キュンしてしまいました。

それに旦那様と並び立ったお姿は、美男美女すぎて、神聖な壁画から飛び出した神々かと思うほどに輝いておいででした。尊い。

そんな様を見た使用人たちは一様に胸に手をあて、この瞬間に立ち会えた幸運に感謝したほどです。まぢ神。ありがとうございます。

こほん。興奮しすぎて、少々言葉が乱れてしまった様です。申し訳ありません。


それにしてもティアーナ様は、なぜあの旦那様を相手に陥落なさらないのでしょうか。

不思議です。

どんな方でも、あの方がアプローチされれば一発でしょ!と思っていたのですが。

財産も才能も美貌も。何もかも手にしているようなお方ですから。

お子様がいらっしゃっることも、瑕疵かしとはなり得ないほどです。

ティアーナ様はお子様方が大好きなので、むしろポイントになっているのではないかと思われます。

ですので、何が問題なのか……。


そう思っていたのですが、最近なにやらお二人の雰囲気が変わってきたようです。

お子様方の室内遊具を二人で作られていた辺りからでしょうか。

やはり共同作業というものは、何か育むものがあるのでしょう。

旦那様が溺愛している様子も変わりないようで、さらに慈愛の念が強まっているように感じます。

温かな目でティアーナ様を見守っているといった雰囲気です。

ティアーナ様も、今までは突っぱねていた旦那様の思いを、少しずつ受け入れられている様子です。

旦那様を頼りにして寄りかかっているような印象があります。

ほんわかと漂うお二人の温かな雰囲気。

私たちもふんわりと幸せな気分になります。

変化してきたお二人の関係は、時間とともにまた更に深まっていくのでしょう。

えぇ。きっとそうなると確信しています。

私たち使用人はこれからもお側で仕えながら、お二人の幸せを見守っていきますね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る