第23話 舞踏会へいこう

まさか私が舞踏会に行くなんて。

リュシアス様をパートナーとして。

そう。社交界の中心人物の一人である、あのリュシアス様の。

老若男女問わずに振り向かずにはいられない、美貌とオーラを携えているあのお方の…!


うぅぅ……。

こんなちょっとばかし整ってるかも?程度な一般人に毛が生えた程度の男爵令嬢捕まえて、なんだというんだ。

こんなのを唯一とか言っちゃうとか、ホントに蓼食う虫も好き好きというやつだ。

えぇ。そうね。人の好みは千差万別ね。


はぁぁぁぁぁっ。

もう考えたって仕方がない事実ばかり並べてしまう。

現実逃避もこの辺にしないと、ドレスの裾踏んで転んだら赤っ恥もいいとこだわ。


そう。もう例の舞踏会当日なのです。

ただいま変身中です。


何も考えずに、ドレスや装飾品の美しさに心を躍らせ過ごせたらどんなに幸せか。

着飾っている姿を鏡越しに見ているのは、照れ臭く気恥ずかしさもあるけど、綺麗になっていく様子にドキドキわくわくしてしまう。

そう女の子はいつでも、いくつになっても、お姫様気分を味わいたいものなのだ。


まだ途中だが、準備はとても大変だということを改めて感じた。

出かけていくのは夕方になってからなのに、早朝からたたき起こされた。

お風呂に入り体をもみほぐされ、上がったら全身くまなくマッサージされ、クリームを塗りたぐられた。

ドレスを着て、お化粧をして、髪の毛を整えて、装飾品を付けて……。

数人がかりで準備をしているのに、仕上がるのは出発する直前なんて。

朝もお昼もちょっとずつしか、食べ物口にできてないし……。

いや、でもこのコルセットの締め付けで、普通の量を食べるのは至難の業かも。

はぁぁ。令嬢大変。

記憶が戻ってからは初の社交だし。

こんなに大変だったんだなぁってしみじみ思う。


でも、リュシアスに贈られたドレスはそれはそれは素敵だった。

ついうっとりとしばらく見つめてしまったほど。

藤色のオーソドックスなAラインドレス。

胸元には濃淡の違う淡い紫色の小花が散りばめられている。

オフショルダーになっており、腕の周りにも小花が装飾されていて、可愛らしくて華やかだ。

腰元からふんわりと足元へ広がるボリュームのある裾。

段々と淡い紫色から薄い水色とグラデーションになっている。

それを薄い紫からやや色の濃い紫色へとグラデーションしている布が、左の腰のあたりからアシンメトリーにふんわりと覆っている。

背中はあまり出ていないが、腰のあたりに少し濃い紫色の大きなリボンが揺蕩っており、蝶が羽を下ろしているよう。


藤の花を模したような幻想的で、ふわふわと可憐なドレス。

アプローチにはとても困っているのに、私のことを考えて作られたドレスを見てうれしくなってしまう。


あぁ……困る。

魔法にかかってしまう。

魔法使いのリュシアスに、何もかも変えられてしまいそう。

シンデレラの魔法使いのように。何ももたないものから、綺麗なお姫様へ。


ビビデバビデブー!!


もうっ!

ガラスの靴なんていらないわ。

普通の暮らしがしたいのよ。


鐘をならして、早く魔法を解いて欲しい。

彼にかかった魔法を。



*****


コンコン

ノックの音が響く。


「準備はできたかな。」


魔法使い様のご登場です。

最後の仕上げですかね。かぼちゃの馬車きますかね……。


部屋に入ってきたリュシアスは、私を見るなり固まって動かなくなってしまった。

なんでしょう。私の不出来さに言葉もありませんかね。


「素敵なドレスをありがとうございました。

ですが、言葉もないほど私には不似合いなものでしたでしょうか。

もったいない贈り物をありがとうございました。」


ふんっ。嫌味の一つも言ってやるわ。

こんなに朝から支度したのに。報われないったらないわ。


はっとしたように、表情を取り戻したリュシアス様。

よかったです。再起動完了したようですね。


だが、途端に顔が真っ赤になって、口元を手で覆っている。


ん? 故障ですか。大丈夫ですか。

もう一回再起動しますか。

本日はお休みにでもいたしましょうか!

そうしましょう!


「リュシアス様? どうされましたか?

先ほどから様子がおかしいですが、お加減でも悪いのですか。」


するとリュシアスがやっと口を開く。


「いや……体調は問題ない。

心臓のほうは、よくないかもしれないが……。」


「えっ!? 心臓が?! 大問題じゃないですか!

本日はお休みされたほうがよろしいですよ。」


「ふふっ。大丈夫。君を前にするといつでも胸が苦しいから。

けど、今日はいつも以上に綺麗で。胸が締め付けられるように苦しくて、言葉も出なかった。

本当に美しいよ、ティアーナ。私の贈ったドレスを着てくれてありがとう。」


頬を染めて、はにかみながら告げるリュシアス。

イケメンのデレ最強……っ!!!!


「な、な……っ!!」


人が心配していれば、何をぺらぺらとっ!!!!!

そりゃぁ、褒められたらうれしいけどっ!

いやっ、心配して損した気分だわっ!


あーっ! うるさいっ!

私の心臓の音、うるさいわっ!!


「私のパートナー様。きっと皆の目を釘付けにしてしまうんだろうね。」


「そんなことありませんわ。注目されるのはリュシアス様の方です。

私は、そのおまけにすぎませんから。」


「そんなことないさ。こんなに神秘的な美しさを前にしたら、誰でも近寄ってくるよ。

だから私から離れないで、必ず側にいて欲しい。他の人のところへ行ってしまわないでね。」


「どこにも行きませんわ。社交界にも慣れていませんし、必ずリュシアス様から離れないとお約束いたします。リュシアス様の方が、私から離れてしまうんじゃないですか。

その時は、声をかけてくだされば大丈夫ですからね。」


「ティアーナを置いて、そんなことありえないさ。ずっと側にいるからね。」


うぅぅっ!

糖分過多もいいとこです。

でもドレスアップして気分が高揚しているからか、いつもよりはすんなり受け入れられている気がする。

いや、もしや慣らされてしまったからか……?

……危険だっ!!

気を引き締めなければ、何かやらかしてしまいそうでならない。


魔法道具のために。お子様方のために。

私、舞踏会がんばりますっ!!


「では、本日はお相手よろしくお願いいたします。」


リュシアスへ手を伸ばす。


「あぁ。喜んで。」


リュシアスはティアーナの手を嬉しそうに掴んで、部屋を出た。

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