第18話 愛語り
「わた、しが……伯爵様の唯一だなんて。そんなこと……。
私と伯爵様とでは釣り合いませんわ。何もかも。
たかが男爵家の令嬢となんて、他のご家族や周りの方が許すはずがありません。
お母様を慕っておられるお子様方にも酷なことだと思います。」
「……。何が障害になるのか、私には全くわからない。
家柄のことを言うのであれば、別にあなたが貴族でなく庶民であろうとも構わない。
伯爵家には跡取りであるラファエルもいる。
周りの家族の反対など、当主である私には何の問題もなく対処できる。
子どもたちのことだが……ラファもマルティもあなたのことを慕っているように思う。
確かにミオティスのことを思う気持ちも強くあると思うが、特に私たちのことを反対することはないと思う。」
「僕たちはティアーナさまのことが大好きだよ。」
「むしろ、お父様がティアーナさまにご迷惑をおかけしているようで、申し訳なく思っているところですわ。」
「ほら。それに、あなたはこの子たちのことをよく思ってくれている。家族として迎え入れることは、そう難しいことではないと思っているよ。」
「……そう、ですか。」
「あとは君の気持ち次第……というところだな。」
「私の気持ちは……。」
私は彼を失くしたあの時に『私』を置いてきてしまった。
いつまでたっても戻ってくることはなかった。
『私』を思い出す前の私であれば、この伯爵様の思いにすぐにでも応えられたのかもしれない。
それほどまでに、惹かれている自分を否定できずにいる。
でも私は『私』を消すことができない。
彼への思いを消すこともできない。
二度と置いていかれたくない。
あんな思いをするのは、もう……。
「私は……恋はしないと決めているんです。置いていくのも、置いていかれるのも嫌なんです。
そんな相手を持つこと自体をしなければ、悲しまなくて済むはず。
私はそんな恋をしなくても、幸せになることはできると思っているのです。
お子様たちのお世話をするのも、私の幸せの一部です。
働いて働いて、私も他の人も少し幸せにして過ごすような人生を送っていきたいと考えています。
なので、伯爵様の思いには応えることができません。」
リュシアスは少し眉根を寄せ、悲しそうな表情を見せる。
そして、手を口元へもっていき、考えるような仕草をする。
しばらく沈黙が流れ、気まずい空気にいたたまれない気持ちになる。
するとようやく、リュシアスが口を開いた。
「私も恋はしないと思っていたよ。むしろ必要ないものだと考えていたね。さっきも言ったけど、女性が全然得意ではないし。次期伯爵当主として感情を制御することを求められている私が、感情的に恋をするなんてありえないと考えていた。ミオティスを妻に迎えた時でさえ、感情的に恋慕に溺れることなどありはしなかった。
それが君に一目会ったあの瞬間に、落ちていたんだ。
まさか自分が……と、驚愕して一度自分の気持ちを否定したほどだった。
身震いしたよ。あんなにあっけなく、簡単に落ちてしまうものだと思っていなかった。
君以外には、いないと。
思いに駆られて、どうしたら自分の元へ来てくれるかとすぐに考えを巡らせていたくらい。
だから、そうやって否定ばかりしていないで、もう少し考えてみて欲しい。」
リュシアスが淡く微笑んだ。
しかしその瞳には、火傷しそうなほどの熱を宿している。
こんなに求められているなんて……。
そんな。そんなことって。
なんで? 私には何もないのに。
「あなたは、私のことを何も知らない!
私はあなたに釣り合うほどのものを何も持っていない。
中身も外身も、なにもかも、素晴らしすぎるあなたに釣り合うわけもない。
そんな私が、あなたの気持ちに応えることなんてできるわけがない!」
声を荒らげた私に少し驚きつつも、落ち着いた様子でリュシアスがそっと話し出す。
「知らないというなら、これから知っていこう。お互いに。
それからでいい。じっくり私の思いを知って、私を見てくれればいい。
私もあなたのことをじっくり知っていくから。」
「…………。」
「じゃぁ、そうだね。まず初めに名前の呼び方から変えてみようかな。
私のことはリュシアスと呼んでくれ。あなたのことは、ティアーナと呼ばせてもらおう。ね。」
笑っていきなりぶっこんできましたね。
なんで名前呼びを始めなきゃいけないのか。
でも、これ以上話を引き延ばしたくもない。
「わかりました、リュシアス様。ご随意になさってくださいませ。」
「よかった。じゃぁ、これからよろしくね、ティアーナ。覚悟しておいて。」
「う……。恋……しませんから。私は頑張って働きます!!」
「はは。頑張ってね。」
どこまでもにこやかにかわすリュシアス様が憎らしい…!!
もういいや! どうにでもなれ!
私は頑張って働くだけよっ!
そして、おいしいごはんを食べる!!
幸せになる!!!!
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