第17話 甘い視線

「おーとーうーさーまー」

「先日もあれほど言いましたのに。」

「僕たちのこと忘れてるでしょ。」

「ほどほどにいたしませんと、逃げられてしまいますわよ。」


「あぁ。すまないね。つい彼女を前にすると、我を忘れてしまって制御できないんだ。

まぁ、する気もないのだけど。だがそうだね。愛でている間に逃げられても困るし、気を付けることにするよ。ふたりともご忠告ありがとう。」


「本当にわかったのかなぁ……。」

「仕方ありませんわ。また遭遇したら空気と化すしかありませんわね。」

「そうだね。僕たちは背景。」

「私たちは飾り。」


「こらこら。悪かったよ。ラファとマルティが飾りや空気なわけがないだろう。

私の大切な宝物なんだ。そんな風に自分たちのことを言わないで欲しい。」


「わかりましたわ。でもお父様も私たち目の前で、砂糖たっぷりのゲロ甘イチゴミルクのような、どうにも受け付けることができない、いたたまれないような空気を醸し出すのはやめてくださいませ。」


「そうそう。わざわざ僕たちの前ですることはないんだ。二人っきりでやってくれたほうが、雰囲気もいいし、僕たちの精神衛生上とってもいい。」


「もうその辺にしてもらえるとうれしいのだが……。あぁ。わかった。本当に気を付けるよ。」


パチン。

リュシアスがまた指をならすと、空中に漂っていた花びらたちがやさしく床へと舞い落ちてきた。

すべての花びらが落ちていくと、床一面に色とりどりの花びらの絨毯ができた。

それはまた素敵な仕上がりだった。


「ティアーナ嬢も、申し訳なかった。次からは子どもたちのいないところでプレゼントするからね。」


……いえ。あの。そういう問題でもないのですよ?

ラファエルさま、マルティアリスさまも何をおっしゃられているのですか……?

えー……。

もう考えるのやめていいですか?


「大丈夫かい? ぼんやりしているけど。」


「はっ。はい。いえ。だいじょうぶ……ではないのですが、大丈夫です。」


「ふふ。どちらだろう。でも返事をしてもらえているのだから、大丈夫かな。」


なにをもって大丈夫というのでしょうか。

もう判断つきません。


「あー……はは。そうですね。そうかもしれません。伯爵様の素敵な魔法にかかって、動けなくなってしまいましたわ。素晴らしいプレゼントをありがとうございます。

ですが、伯爵様は奥様のことをずっとお慕い続けているのだと思っていたのですが……。

どんな綺麗な女性が近くにおられても、少しもなびかれることもなくお過ごしだったと専らの噂でございましたし。お子様方のお話をお伺いしても、伯爵様のご相手として相応しい、とても素晴らしい奥様であると思ったのです。違いますか?」


「そうだね。それは否定できない。ミオティスはとても素晴らしい女性だった。当時の伯爵家当主同士が、家のつながりのために整えた政略結婚の相手だったが。


もとから私は女性がそんなに得意ではないんだ。いや、むしろ苦手だった。いまでも苦手なほうだな。幼いころに綺麗な女性に言い寄られ、他に遊びたくても引っ張りまわすような女の子たち。それをどうやって好きになれというのか、教えてほしいくらいだった。


ミオティスとは政略で整った婚儀だったが、お互いに誠実に向き合っていたつもりだ。それが伯爵家嫡男としての義務であり、責務であるとも感じていたから。

令嬢としては少し変わった行動をとることもあったけど、お互いに魔法道具をつくる魔法使いとして国に仕えていたから話は合ったし、一本筋の通った女性で尊敬できるとも思っていたよ。

もとから体が少し弱くてね。二人の子どもたちを産んだ後に体を壊してしまったそのまま空へと旅立ってしまったのは、今でも残念でならない。


だが恋慕の気持ち……は、よくわからなかった。今でもミオティスに対して、愛しい思いはあるのだろうが。子どもたちを育てていき、その一部として愛しているような感覚だな。家族としての愛情は確かにあったのだろうと思っているよ。


でも君に出会って、どうにも自分で制御できない思いが沸いていて。私は君に出会うために生まれてきたんだとそう思ったんだ。この焦がれるような思いが恋と、愛というのだろうかと初めてその意味を実感した。君は私の唯一の人だ。」


熱い視線が体を貫く。

不思議な色の瞳から、また視線が離せない。

どうしてもこの瞳から逃れることはできないのだろうか。

私を捉えて離してくれない、熱を秘めたはしばみ色。

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