第15話 一本の紅薔薇

コンコン

扉をノックする音で、はっとする。

「今大丈夫だろうか。」

扉の向こうからリュシアスの声がした。

慌てて涙を拭う。


「お父様だ!」

「はい。大丈夫ですわ。」


「失礼するよ。」


イケメン様の登場です。

私の顔を見て、一瞬だが目を見開き、心配するような目つきをしていた。

だがそれもすぐにいつものにこやかな表情に戻ったので、気のせいかもしれない。

少し涙を流していたくらいで、それがバレるなんて……ね。ないない。

自意識過剰もほどほどにしたほうがいいだろう。


「伯爵様。どうされたのですか。」


「休憩にして、子供たちやティアーナ嬢と庭園の散歩にでも誘おうかと思ったのだけど。

どうも天候が思わしくないようだから、お茶でも一緒にどうかと。」


「そうでしたか。」


リュシアスが外に目を向け、口の端を上げて笑った。


「なにやら楽しい遊びをしているようだね。」


「はい! 折り紙というんですって。」


「この紙を鳥の形のように折って、飛ばすんです。」


マルティアリスは折り紙を広げ、リュシアスに差し出す。

ラファエルは紙飛行機を手に持ち、投げてみせた。


「とても興味深いものをもらったね。紙を折るだけで鳥の形になって飛ばせるとは。なかなか素晴らしい。」


リュシアスはその紙を手に取り、表裏と順繰り返しながら眺めた。


「さきほどまでは、いろいろな形のものを作って手で飛ばしていたのです。

そろそろ終わりにしようとしていたところ、ラファエルさまとマルティアリスさまがあのように魔法で紙を飛ばしてくださって。びっくりいたしましたが、素敵な光景で本当に感動いたしましたわ。」


「それは、あなたが素晴らしいものを子供たちに与えてくれたから出来たことだ。

子どもたちを思って接してくれて、本当にうれしいよ。」


「いえいえ。私が好きでやっていることなので。魔法を使えるなんてすばらしいですわ!私も同じように使えることを幼いころから夢見ていましたが、才能に恵まれなかったようで残念ですわ。」


自由に舞う紙飛行機を見つめ、再度魔法のすばらしさに感嘆する。

やはり自分も使えると楽しいことをたくさんできるのに、と思ってしまう。


「生まれ持った才はどうしようもないが……。でも、人のことを思って行動するのに能力は関係ない。その思いや、心が重要なのだと私は考えているよ。」


「……ありがとうございます。そう言っていただけると、これからも頑張れそうですわ。」


「そうだな。子どもを思って頑張ってくれるティアーナ嬢にひとつプレゼントを渡したいと思っていたんだ。受け取ってもらえるだろうか。」


「恐れ多いことですわ。どうか、お気になさらず……。」



リュシアスがパチンと指を鳴らすと、彼の手の中に1本の薔薇がふわりと現れた。

「これを」

差し出されたそれを、あっけにとられたまま受け取ってしまった。

赤い……いや、紅い薔薇。

深紅の薔薇は、きれいな貴婦人のように気品に溢れている。

芳醇な香りは一輪だけなのに強く漂い、酔ってしまいそうなほど。

茎には薄い紫のリボンが結びつけられている。



花言葉なんかに疎い私でも知っている。

1本の薔薇は「ひとめぼれ」「あなたしかいない」。

赤い薔薇は「あなたを愛しています」「熱烈な恋」。

さらに、紅い薔薇となると……「死ぬほど恋焦がれている」。



わ。わ。わーっ!!!!?

顔、熱い。

や、やっぱり自意識過剰すぎるのかも。

でも、でも。いや。意味を知らないだけなのかしら?


「我が家には薔薇の庭園もあるんだ。子どもたちとの散策の時には、見に行っていなかったようだから。ちょうど見ごろで眺めも素晴らしいから、今日はそこへ散歩でもと思ったんだ。天候も思わしくないからあきらめたけど、せっかくだからあなたに一輪あげたくて。」


「あ、ありがとう、ござい、ます。」


「よろこんでもらえたかな?」


「は、はいっ! もちろんです。花を贈られて、喜ばない女性などいませんわ。」


「……まぁ、そうか。じゃぁ、子どもたちにも負けてられないし。もう一つプレゼントしようかな。」


リュシアスはやや不満げな表情をしていたが、少しいたずらを思い浮かんだような顔をしてにやっと笑んだ。

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