第4話 石の民の末裔

アクトゥールの酒場は、昼間でも思い思いに過ごす人々で賑わっていた。アルド達が店に入ると、娘はすでに席に座って紅茶を飲んでいた。酒場には似合わない優雅な所作が目を引く。


「来てくださいましたか。」


アルド

「ああ。 一応約束したからな。


ところでお礼より

さっきの儀式のことが聞きたいんだ。


その…… あれで本当に

不老不死になるのか?」


「……!

儀式に出られていたのですね……。


……わかりました。 

ご説明しましょう。


例えば……

失礼ながら その靴の穴は

今日できたものですか?」


娘は掌を向けてアルドのブーツを指した。朝の素材集めの折に空いてしまった穴がある。突然脈絡のない話を振られて、アルドは若干の戸惑いを見せる。


アルド

「え? ああ……

今朝のものだけど……?」


「それでは先ほどのお礼に 

この石の力で

その靴を直してみせましょう。」


娘はポケットから石をひとつ取り出した。親指の先ほどの小さな、何の変哲もない石ころのように見える。


アルド

「石?」


「見ていてください。


石よ 我は希う

その裡に秘めたる力を示し

我が祈りに 応えんことを……!」


詠唱に呼応するように娘の掌の石が光る。光は石を離れてアルドのブーツを包み込み、やがて静かに消えていった。

光が去ったあとのブーツを見て、アルドとリィカが目を見開く。


アルド

「なんだ!? 穴が塞がったぞ!


……いや 塞がったっていうより

これは……」


リィカ

「穴ソノモノが 消えていマス!」


と、その瞬間。娘の掌に乗っていた石が、何の前触れもなくさらさらと灰になった。


アルド

「!! 石が灰に……!?」


「魔力を使い果たした石は

このように灰になるのです。」


アルド

「魔力?」


「石の中には ごくまれに

魔力を秘めたものがあるのです。


私たち『石の民』の一族は

そのような石の魔力を使って

術者固有の奇跡を起こします。


私が扱うのは

『巻き戻しの奇跡』……


対象物の時間を 約一日前まで

戻すことができるのです。」


アルド

「へえ すごいな!


……そういえば

儀式でも石に祈ってたよな。

もしかして あれも?」


「おっしゃる通り 儀式でも

『巻き戻しの奇跡』を起こして

皆さんの肉体を一日前に戻しました。


この奇跡を毎日浴びると

結果的に歳を取らない……

これが『不老不死』の正体です。」


リィカ

「そういうことデシタか!」


アルド

「肉体の時間を戻すだなんて

まさに奇跡だな……!」


「そうですね…… 

生きている者の時間を戻すには

桁違いの魔力が必要になります。


巨焔石がなければこんなことは

到底できませんでした。」


アルド

「『巨焔石』っていうと

儀式で使ってた赤いトゲトゲした石か。」


「はい。 あの石は弟が生前

彼の『探知の奇跡』で

見つけて来たものなのですが……


他の石とは比べ物にならないほど

強大な魔力を秘めているのです。


巨焔石のおかげで 

人間相手に それも 何度でも

奇跡が起こせるようになりました。


さきほどお話しした

生活が楽になったきっかけというのも

巨焔石のことです。」


アルド

「そういえばオレのブーツを

直してくれた石は灰になったけど

巨焔石は儀式の後も無事だもんな。」


「……とはいえ

巨焔石を使ってもやはり

戻せる時間はほんの一日前まで。


それを不老不死などと謳うのは

詐欺同然です。


あんな儀式はやめて

以前のようにケガ人の治療などに

奇跡を使えればいいのですが……


母が決めたことなので 私は……。


ゴメンなさい……。」


アルド

「そっか。 おふくろさんは族長だから

逆らえないよな。」


「それもありますが 何より……


まだ貧しかったころ 母はいつも

自分のことを後回しにして

私たち姉弟を守り育ててくれました。


だから今度は

私が母を支える番なんです。


ふたりだけの家族になってしまった

今となっては尚更……。」


アルド

「そうか……。

ありがとな 話してくれて。

それからブーツのことも!」


「いえ 久しぶりにまっとうに

人のお役に立ててうれしかったです。


今の話はどなたにしていただいても

差し支えありません。


私たちは この街の宿屋にいます。

何か直してほしいものなどあれば

いつでもどうぞ。


それでは ごきげんよう。」


アルド

「ああ。 それじゃ。」


リィカ

「ゴキゲンヨウ!」


紅茶を飲み終えた娘は丁寧に挨拶をして店を去った。アルドは、娘の直したブーツをまじまじと見つめている。


アルド

「石の民か。

こんな魔法の形もあるんだな。」


リィカ

「珍しい魔法ですノデ

ラチェットさんが

興味を持つのではないデショウか?」


アルド

「そうだな。 せっかくだし

ラチェットに知らせに行こうか。」


アルドとリィカは席を立ち、パルシファル宮殿へと向かった。


◆◆◆


一方そのころ。

アクトゥールの宿屋の一階では、族長とローブの男が密談をしていた。噴水を流れる水の音が二人の会話をかき消してゆく。


族長

「世話役よ。

そなたの提案で始めた儀式だが

参列者はもくろみ通りに増えている。


しかしその割に具体的な実入りが

あまりにも少ないではないか。


新規を連れてくることを条件に

祈祷料を免除しているが

あのしくみはやめぬか?」


ローブの男

「もう少しのご辛抱を。

紹介相手が尽きてくるこれからが

大きな収穫のときです。」


族長

「ふむ…… よかろう。

進言に従ってやる。


そなたが我らの前に現れて

しばらくになるが 今のところ

働きぶりには満足しておる。


くれぐれも失望させるなよ。」


族長はそう言い残し、コツコツと靴の音を鳴らしながら二階の部屋へと戻っていった。


ローブの男

「……そう もう少しの辛抱だ。

もう少しで準備が整う……!」


男がローブの裡でひとり零したその呟きは、誰に聞かれることもなく虚空へと消えていった。

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