第5話 奇跡の代償
しばらくぶりに訪れたパルシファル宮殿は、なにやら慌ただしい空気が漂っていた。魔法教室の中もそれは例外ではなく、兵士たちが入れ替わり立ち替わり出入りしている。
アルドとリィカは辺りを見回しながら、書物を整理中のラチェットに声をかけた。
アルド
「なんだか 王宮が騒がしいけど
何かあったのか?」
ラチェット
「あら アルドにリィカじゃない!
そうなのよ。
少し前に王宮の地下から
逃げ出した男がいるとかで
兵士たちが ざわついているの。」
アルド
「地下っていうと
地下牢だよな……?」
リィカ
「コレホドまでに 騒然とするとは
逃げ出したのは 一体
どんな凶悪犯なのデショウカ?」
ラチェット
「私も 良くは知らないの。
でも気をつけた方がよさそうね。
ところで あなた達
今日はどうかしたの?」
アルド
「ああ そうだった。
珍しい魔法に出会ったから
ラチェットに知らせようと思ったんだ。
実は……」
◆◆◆
アルドとリィカは、今日のできごとをラチェットに話した。
ラチェット
「……なるほど
『巻き戻しの奇跡』を利用して
不老不死の儀式 ね……。
ねえアルド この話
私がこれ以上老けないように って
教えてくれたのかしら?」
アルド
「ええっ!?
オレそんなつもりないよ!」
ラチェット
「ふふっ 冗談よ。
ちょっとからかってみただけ。
……それにしても 妙ね。」
アルド
「妙?」
ラチェット
「ええ。
石の民の存在自体は
私も聞いたことがあるわ。
だけど たくさんの人の時間を
一度に戻せるほど
強い魔力を持つ石っていうのが……。
悪いものじゃないと
いいんだけど……。」
アルド
「巨焔石のことか。 石の民の娘さんも
あれは他の石とは比べ物にならない
って言ってたな。」
ラチェット
「どうにも気になるわね。
ねえアルド 明日の儀式に
私も連れて行ってくれない?」
アルド
「ああ わかった!」
◆◆◆
ティレン湖道の外れには、昨日よりさらに多くの人々が儀式のために集まっていた。ラチェットと待ち合わせて会場に入ろうとしたアルドたちを、入口のローブの男が呼び止める。
ローブの男
「待て お前たち。
その女は新規だが
ほか2人は昨日も来ただろう。
いいか 1人につき
新規を1人連れてこい。
さもなくば 祈祷料を納めろ。
金額はこれだ。」
ローブの男がアルドに近付いて紙を見せた。祈祷一回につき、ひと月暮らせるほどの値段が書かれている。
アルド
「高っ!!
……しまった 祈祷料のこと
すっかり忘れてたな。」
リィカ
「デハ アルドさんかワタシの
どちらかが
残って待つことにしマスカ?」
アルド
「ああ そうしようか。」
ローブの男
「……。 まあいい。
今日のところは特別に見逃してやる。
次回から気をつけることだ。」
アルド
「え? ああ……。」
ローブの男の意外な態度に戸惑いながら、アルドたちは儀式会場へと進んで行った。
◆◆◆
三人は昨日と同じように、人だかりの中に居場所を陣取った。やはりほとんどが紹介者と来ているようだ。昨日よりも人数が増えているぶん、いくらか窮屈に感じられる。
アルド
「……さっきは意外だったな。
タダで通してくれるとは
思わなかったよ。」
ラチェット
「途中までは 祈祷料を徴収する
つもりだったように見えたけど
どうして急に心変わりしたのかしらね。」
リィカ
「何か お金とは別の意図が
あったのデショウか?」
アルドたちが先ほどのことを反芻していると、石の民の母娘が会場へと歩いて来るのが見えた。いよいよ儀式が始まる。
リィカ
「来マシタ! 始まりマス!」
昨日と同じように、族長が口上を述べて布を取り払う。巨焔石が姿を現す。娘やラチェットの話を聞いた後だと、その赤色が心なしか不気味に見えて来る。族長は石を高く掲げた。
族長
「見よ この赤き石
『巨焔石』を!
われら石の民の末裔が
この巨焔石の力を用いて
そなたらに不老不死の奇跡を与えよう!」
群衆
「ウオオオオオオオ!!!」
ラチェット
「あれが巨焔石ね……!」
アルド
「ああ! どうだ?」
ラチェット
「意識しないと気付かないほど
微かではあるけど……
禍々しい波動を感じるわ……!」
アルド
「本当か!?」
アルドたちの動揺をよそに、祈祷が始まる。
娘
「石よ 我は希う
その裡に秘めたる力を示し
我が祈りに 応えんことを……!」
巨焔石が光を帯び、その光が群衆と石の民の二人を包み込む。やがて光が消えると会場はふたたび熱気に包まれた。
娘
「今日の祈祷はこれで終わりです。
皆様の行く末に幸多からんことを……。」
群衆
「ウオオオオオオオ!!!」
間違いない、儀式の始めよりも歓声が大きくなっている。母娘は今日もその中を去っていった。アルドはラチェットのほうへと向き直る。
アルド
「なあ ラチェット!
さっきの話だけど……」
ラチェット
「素晴らしいわ……!」
アルド
「えっ……?」
ラチェットが、昨日見た儀式後の参列者と同じ恍惚とした表情をしている。そのさまが、ラチェットでありながら別の知らない誰かのようで、アルドの背中にぞくりと悪寒が走った。
ラチェット
「こんな魔力初めてよ。
ぜひ研究したいわ……!
明日は生徒たちも連れてこなくちゃ!」
リィカ
「ラチェットさん!?」
アルド
「ちょっと待ってくれよ!
巨焔石から禍々しい波動がするって
さっき言ってたばかりじゃないか……!」
ラチェット
「そんな瑣末なこと もういいのよ!
こんなにすごい魔力なんだから。
それじゃ私は戻って調べ物するわね!」
アルド
「ラチェット!」
静止に耳を貸す様子もなく、ラチェットは行ってしまった。あんなラチェットは見たことがない。小さくなる背中を呆然と見送るアルドとリィカ。
アルド
「一体 どうしちゃったんだよ……!?」
と、その時。アルドの腰に佩いた大剣から重々しい声がした。アルドとは一時的な協力関係にある、いにしえの魔剣オーガベインである。
オーガベイン
「アルド きさま
まだ気付かぬのか?」
アルド
「オーガベイン!?」
オーガベイン
「あの巨焔石とやらの強大な魔力は
石の中に眠る太古の魔物に由来する
汚染された魔力だ。
さきほどの女は
その汚染された魔力を浴びたために
心を蝕まれたのだ。」
アルド
「なんだって!?」
リィカ
「ハッ……!
ソレデハまさか 会場の皆さんが
異様に熱狂しているのも……」
オーガベイン
「汚染された魔力の作用で
儀式の中毒になっているのだろう。」
アルド
「だけど! オレもリィカも
何ともないじゃないか……!」
オーガベイン
「感謝しろ。
おまえへの作用は 昨日も今日も
我が跳ね返してやったぞ。
そっちのおまえは生き物ではないな。
そのために感化を免れたというわけだ。」
オーガベインによって知らされた驚愕の事実に、アルドは己の行動の軽率を悔やんだ。知らなかったこととはいえ、ラチェットを汚染された魔力に晒してしまった。
アルド
「くっ 迂闊だった……!
オーガベイン!
ラチェットを…… いや 皆を
元に戻す方法はないのか!?」
オーガベイン
「フン 少しあてられた程度の者なら
放っておいても 数日で治る。
もっとも その前に
明日またこうして
魔力を浴びるやもしれぬが な。」
アルド
「儀式そのものを止めないと
同じことの繰り返しってことか……!!」
リィカ
「石の民の娘さんは
コノコトをご存知の様子デハ
ありマセンでした。」
アルド
「ああ 急いで知らせに行こう!
たしかアクトゥールの
宿屋にいるって言ってたな!」
アルドとリィカはアクトゥールの宿屋へと走って行った。
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