第6話 誇り高き叛逆者
アルドとリィカは巨焔石の真実を石の民の母娘に伝えるべく、アクトゥールの宿屋にいた。ちょうどローブの男も来ていたようだ。部屋の中で鉢合わせる。
アルド
「突然すまない。
あんたたち石の民に話があって来た!」
娘
「あなた方は……!」
族長
「何だ お前たちは?」
アルド
「聞いてくれ。 あんたたちが
儀式で使ってる巨焔石……
あれは危険なものなんだ!」
娘
「どういうことです……!?」
アルド
「実は……。」
◆◆◆
アルド達は、先ほどの儀式でラチェットの身に起きたこと、そして、オーガベインから聞いたことを三人に話した。
娘
「そんなことが……!」
ローブの男
「……。」
族長
「ほう 巨焔石の魔力が
人の心を蝕むと申すか……。」
アルド
「ああ。 でも今ならまだ
皆の心は元に戻るんだ!
巨焔石を使うのをやめれば……!」
族長
「つまらぬ言いがかりを。
我らが儀式で儲けていることが
よほど面白くないと見える。」
リィカ
「言いがかりではありマセン!
本当のことデス!」
族長
「ならば証拠は?」
アルド
「証拠……!?」
族長
「魔力が汚染されていることを示す
証拠を見せてみよ。
言っておくが
人の変化を見せても無駄だぞ。
そんなものは何とでも演技できる。」
リィカ
「困りマシタ……
魔力の汚染は
映像に残せるものではありマセン。」
アルド
「ならこれでどうだ!
オーガベイン! この人達に
さっきの話をしてくれないか!?」
しかしアルドがいくら呼びかけても、腰に佩いた魔剣はぴくりとも動かない。剣を揺すっても指で小突いても、その沈黙は変わらなかった。
アルド
「……オーガベイン!
聞こえてるんだろ!?
返事をしてくれ! オーガベイン!!」
族長
「もうよい。 そなたらの茶番に
付き合っている暇はない。
今すぐ立ち去れ!」
アルド
「待ってくれ! 本当に……」
ローブの男
「これ以上 居座るというのなら
宮殿の官吏を呼ばせてもらおう。
迷惑行為で投獄されたくなければ
大人しく去ることだ。」
アルド
「くっ……!」
リィカ
「アルドさん ここは一旦
退きマショウ!」
アルド
「わかった……。」
アルドとリィカが部屋を出る。ばたん、と力なく扉の閉まる音が響いた。残った三人の中で、その場の沈黙を破ったのは娘だった。
娘
「母さん……
あの方たちの言っていたこと
本当かもしれません。
昔 巨焔石でケガ人を治したときに
治した翌日に 不自然なケガをして
また治しにくる人がいました。
当時は不思議に思いましたが
汚染された魔力の作用だというなら
説明がつきます……!」
族長
「フン わかっておらぬな。
魔力が汚染されていようがいまいが
どうでもよいのだ。」
娘
「え……!?」
ローブの男
「……。」
族長
「あのような儲かる儀式を
やめるわけにはいかぬ。
心を蝕まれ
儀式の中毒になっているというのなら
むしろ好都合ではないか。」
娘
「そんな……!」
族長
「さて 世話役よ。
今日の実績報告の続きを聞こう。」
ローブの男
「御意のままに。」
娘
「母さん 待ってください……!!」
振り返ることなくコツコツと踵を鳴らして族長が部屋を後にした。ローブの男がそれに続く。母を引き留める娘の声は、ひとり残された部屋に虚しくこだました。
娘
「母さん……。」
娘は俯いた。かつて母から贈られたペンダントを手のひらに乗せ、戻らない日々を思い出す。
◆◆◆
古びた家の中で、小さな姉弟が並んで立って泣いていた。鬼の形相をした母親が目の前に仁王立ちしている。
女の子
「グスッ グスッ
ゴメンなさい……。」
母親
「なぜ盗みなどはたらいたのだ?」
女の子
「…………。」
母親
「答えよ!」
男の子
「グスッ…… だって母さん いつも
僕たちに自分のぶんのパンをくれて
きっとお腹すいてるだろうって……」
女の子
「ダメ 言っちゃ……!!」
男の子
「だから 母さんの誕生日にはお腹いっぱい
おいしいもの食べてもらおうって
姉さんが…… グスッ……。」
母親
「……。」
女の子
「ゴメンなさい……。」
母親
「……我らは 誇り高き石の民の末裔。
血が薄まり 扱える奇跡が小さくなろうとも
それは変わらない。
先祖に顔向けできぬようなことは
まかりならぬ。
貧しくとも気高く生きよ。」
男の子 女の子
「はい……。」
母親
「……とはいえ私も
おまえたちにこうもみじめな思いを
させてしまうようではな……。
誕生日を祝ってくれてありがとう。
早くおまえたちに楽をさせてやれるように
私は全身全霊を尽くそう。
愛しているよ。」
そう言って母親は膝をつき、ぎゅっと子供たちを抱きしめた。温かい腕だった。
◆◆◆
宿屋でひとり立ち尽くした娘の、足元にぽたぽたと雫がこぼれる。娘はペンダントを強く握りしめた。
娘
「私は 誇り高き石の民の末裔……!」
そう呟き、部屋の外へと走り出す。
◆◆◆
宿を追い返されたアルドとリィカは、失意の中アクトゥールの街を歩いていた。街は変わらず人々で賑わっている。この中の幾人かが、明日の儀式で新たに心を蝕まれてしまうかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られない気持ちになる。
リィカ
「説得は 失敗デシタね……。」
アルド
「ああ……。
オーガベインにはまいったよ。
肝心なときにだんまりとはな。」
オーガベイン
「人のせいにしてもらっては困るな。」
アルド
「オーガベイン!
さっきはどうして
何も答えてくれなかったんだ!?」
問い詰めるアルドに、魔剣はこともなげに言った。
オーガベイン
「フン 説得など無駄だからだ。
我がいかに真実を告げようと
あの族長には響かぬ。」
アルド
「どうしてそう言い切れる?」
オーガベイン
「なぜなら ヤツは……」
「旅のお方ッ!」
後方からアルドたちを呼び止める声がした。ぱたぱたと足音がそれに続く。声の主は石の民の娘であった。形振り構わず走ってきたのだろう。肩で息をしている。
娘
「ハァ ハァ……
よかった 追いつきました……!」
アルド
「娘さん! どうして……。」
娘
「儀式を止めたいのです。
どうか力を貸してください……!」
アルド
「いいのか……!?
きっと おふくろさんと対立することに
なるぞ。」
娘
「覚悟の上です。
私はこれまで 母への恩返しのために
母に従ってきました。 けれど……
あのころの母に顔向けできないことは
もうやめにします。 それこそが
いま私にできる母への恩返しです……!」
アルド
「そうか……!」
リィカ
「娘さんが味方となれば心強いデス!
今度こそ族長も
話を聞いてくれるかもしれマセン!」
アルド
「そうだ オーガベイン。
さっき言いかけてたことだけど……
どうして族長への説得が無駄なんだ?」
オーガベイン
「フン 簡単なことよ。
あの族長は 巨焔石の魔力に
心を蝕まれているのだ。」
アルド
「なんだって!?」
オーガベインに告げられた真実に、娘の顔がみるみる青ざめてゆく。
娘
「…………それでは まさか
母が別人のように
なってしまったのは
過労や重圧のせいではなく
巨焔石の魔力に
心を蝕まれていたから…………?」
リィカ
「お母様は巨焔石の魔力を
浴びていたのデスカ?」
娘
「はい 巨焔石を手に入れてから
何年も…… それに儀式でも毎日……。
ですが 一緒に巨焔石の魔力を浴びていた
私や弟は何ともなかったので
魔力の汚染など疑いもしませんでした。
どうして母だけが…………」
娘が疑問を口にしたその時、首に掛けたペンダントの石が灰になった。風に乗って飛んでゆく粒子が、陽の光を反射してきらきらと輝いている。
アルド
「ペンダントの石が灰に!?」
リィカ
「モシカシテ
何らかの奇跡の媒介に
使われたのデショウカ?」
娘
「あああ…… そんな……!!
こんなのって……!!」
娘は崩れ落ちるように膝をついた。細い髪を両手で掻きむしる。その美しい双眸からは涙がぼろぼろと溢れた。
アルド
「どうした!?」
娘
「これは……
『守護の奇跡』です……!」
アルド
「『守護の奇跡』?」
娘
「母が扱う奇跡です。
『守護の奇跡』は
石の魔力が尽きるまで
厄災から対象を守るのです。」
リィカ
「デハ 娘さんや弟さんが
巨焔石の魔力に蝕まれずに済んだのは
お守りのおかげだったノデスネ……!」
娘
「強い魔力の希少な石を
自分は後回しで 私たちに与えたために
母さんだけが蝕まれて…………。」
アルド
「娘さん……。」
石の消えたペンダントを握りしめてうなだれる娘に、アルドはかける言葉がなかった。優しかったころの母親の愛が、本人の心が失われた後もなお、今日まで彼女を守ってきたのだ。
娘
「母は元に…………
……いえ 何でもありません。
たとえ 優しい母が戻ってくる日は
もう来ないのだとしても
私のするべきことは変わりません。
儀式を止めましょう!」
アルド
「ああ 必ず……!」
リィカ
「具体的にはどうシマショウ?
何か考えはありマスカ?」
娘
「巨焔石を奪います。
……と言っても 母はあの石を
常に側に置いているので
持ち去ればすぐ気付かれてしまいます。
そこで 偽物とすり替えたいのです。」
アルド
「なるほど それなら
気付かれるまでの時間を稼げるな!」
娘
「ただ問題は……
巨焔石の独特な見た目を再現するのが
技術的に困難なことです。
母は巨焔石を近くで見ているので
相当精巧に作らなければ
すぐに偽物と見破られてしまいます。
この点 私ではどうにもできず……
どうかお力を
お借りできないでしょうか?」
アルド
「難題だな……。 でもオレたちで
なんとかやってみるよ!」
リィカ
「おまかせクダサイ!」
娘
「ありがとうございます……!
それでは明日の昼に一度
宿屋の前で落ち合いましょう!」
アルド
「ああ!」
◆◆◆
娘が去ったその場所で、アルドとリィカは向かい合って立っていた。行き交う人々は彼らを気に留めることなく歩いてゆく。
アルド
「さて どうしたものかな。
片っ端から職人さんを
当たってみるか……?」
リィカ
「アルドさん!」
アルドが眉間に皺を寄せ腕組みをして考え込んでいると、リィカが得意げにツインテールを回した。
リィカ
「ワタシ達には
サイエンスがありマス!」
アルド
「さいえんす?
それって未来の用語か?
ん……? 未来…………?
そうか!! 未来の技術なら
巨焔石そっくりの偽物が
すぐに作れるかも……!」
リィカ
「お手本となる巨焔石のビジュアルは
ワタシがシカト録画しました ノデ!」
アルド
「リィカが いてくれて助かったよ。
早速セバスちゃんに相談してみよう!」
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