第2話 弔いの水辺に

賑やかなアクトゥールも、街外れは喧騒から離れてゆったりとした時間が流れている。その水辺で、娘はひとり静かに海に花束を流していた。目を閉じると、あの日の光景が脳裏によみがえる。


◆◆◆


それは嵐の日のこと。少年が海で溺れていた。陸地の少女は、必死でもがく少年に向かって、力いっぱいロープを海へと投げ入れる。


少女

「早く! これにつかまって!!」


少年

「姉さん助けて……ッ! うわっ!!」


少女

「あああっ!!」


ロープに手を伸ばした少年は、あとわずかのところで波にさらわれ、昏い海へとその姿を消してしまった。


◆◆◆


アクトゥールの水辺では、娘の手を離れた花束が穏やかな波に揺られている。陽の光が水面をきらきらと照らした。娘はゆっくりと瞼を上げる。


「骨すらも見つからないままのあなた。

助けられなくてゴメンなさい……。

どうか安らかに……。」


「なあ。」

「キャッ!?」


思わぬ方向から声を掛けられ、娘は声を上げる。振り向いた先にいたのは、アルドとリィカだった。


アルド

「悪い 驚かせて。


あのさ このペンダント

あんたのじゃないか?

さっきいたところに落ちてたんだ。」


「!!

はい それは確かに私の……!」


アルド

「そっか。

無事に届けられてよかったよ。」


「本当にありがとうございました。


このペンダントは ずっと昔に母が

私たち姉弟それぞれに作ってくれた

たいせつなお守りなんです。」


アルド

「おふくろさんって……

さっきあんたと話してた人か……?」


リィカ

「お金にしか興味ない印象でしたノデ

意外デス!」


アルド

「(こら リィカ! 失礼だって……!)」


「私たちの会話が

聞こえていたのですね……。


たしかに今の母からは

想像もつきませんが

昔は温かい人だったんですよ。」


◆◆◆


娘の記憶の中にある、遠い日のこと。小さな家の黴臭い部屋で子供が二人、所在なげに過ごしていた。その服はぼろぼろだが、破れた箇所は丁寧に縫われている。


男の子

「母さん遅いね……。」


女の子

「そうね。」


男の子

「僕 お腹すいちゃった……。」


女の子

「夕ごはんはさっき食べたじゃない。」


男の子

「だって 足りないよ

あれっぽっちじゃ……。」


女の子

「……そうね……。

じゃあ歌でも歌いましょう!

きっと空腹も忘れられるわ。」


と、その時。玄関の扉が開く音がした。母親が帰ってきたのだ。子供たちは一目散に母親へと駆け寄ってゆく。母親がふっと顔を綻ばせた。


母親

「ただいま。」


男の子

「母さん!」


女の子

「おかえりなさい!」


母親

「遅くなってすまない。

いい子にしていたか?

ほらこれ 仕事先でもらったのだ。」


男の子

「わあ アクトゥールの

スフィア・コッタだ!

やったあ! 僕これ大好き!


……あれ? でも2個しかない……。」


女の子

「じゃあ3人で分けましょう!

ぐぅぅぅぅ〜。」


男の子

「姉さんのお腹の音 おっきい!」


女の子

「やだ もう……!」


母親

「私のことは気にするな。

お前たち2人でお食べ。」


女の子

「でも……!」


母親

「私にとっては食べ物よりも

お前たちの幸せそうな顔のほうが

元気が出るのだ。」


女の子

「母さん……。」


◆◆◆


娘は遠い目をして、優しく、そしてどこか哀しく微笑んだ。やわらかな風が娘の頬を撫でる。彼女は目線をアルドたちのほうへと戻し、話を続ける。


「母は 幼い私たち姉弟を育てながら

父が遺した借金を返すために

昼も夜もなく働いていました。


きっと そのころの重圧や過労が

母の心を蝕んでいたのだと思います。


その後 あるきっかけで

生活は楽になりましたが 母は徐々に

金の亡者へと変わっていきました。


弟が亡くなったときも

葬儀代の話しかしないほどに……。


今となっては このペンダントだけが

かつて母が優しかったことを

思い出させてくれるんです……。」


アルド

「そうだったのか……。」


リィカ

「大変な苦労があったのデスネ……。」


「いけない すみません!

暗い話になってしまって。


それよりぜひ

ペンダントのお礼をさせてください。」


アルド

「いいよ お礼なんて!」


「そうおっしゃらず……」


「お嬢様 こちらでしたか。」


娘が言いかけたその時、何者かの声がした。夜の海のように静かで低い声の主は、ローブの男だった。男はゆっくりとこちらへ歩いて来る。


ローブの男

「族長がお呼びです。 儀式の準備を。」


「……わかりました。」


ローブの男

「行きましょう。

……む? おまえは……。」


ローブを翻し、来し方へと歩き出した男がふと立ち止まる。リィカのことをまじまじと見つめているようだ。


リィカ

「何デショウ?

ワタシの顔面パーツに 

ナニカついていマスカ?」


ローブの男

「いや 気のせいだったようだ。」


ツインテールを回して見せるリィカに、ローブの男はふいと視線を逸らした。次に彼が目に留めたのは、さきほど娘が流した花束だった。精一杯の弔いにと色とりどりに揃えられた花束は、ばらばらと解けて水面に揺蕩うている。


ローブの男

「……お嬢様。 

弟君が亡くなって

もうずいぶん経つと聞きます。


過ぎ去った者のことは

もうお忘れになっては?」


「……!」


娘が目を見開く。穏やかだった彼女の瞳に焔が灯り、全身の毛が逆立つのを感じた。何か言おうとしたその時、奥にいたアルドが割って入った。


アルド

「おい あんた

なんてこと言うんだ!


どれだけ時間が経ってたって

大事な家族のことを

忘れろだなんて……!」


ローブの男

「フン 誰かは知らぬが 

お前には関係のないことだ。」


怒りを隠さないアルドの言葉に、当事者の娘はむしろ冷静さを取り戻したようだ。ローブの男に向かって静かに告げる。


「関係がないのは

あなたも同じです 世話役。

この件に口出しは無用です……!」


ローブの男

「フ それはたしかに。」


ローブの男は黙ってその場を後にした。娘はアルドたちの方へと向き直る。激昂の余韻はもうそこにはなく、もとの物静かな彼女に戻っていた。


「重ねてありがとうございます。


今は急ぐので あとで

酒場に来ていただけますか?

お礼はそのときに かならず!」


アルド

「あっ ちょっと……」


アルドの言葉を待たず、娘は足早に去っていった。小走りをしてもどこか品の良さを感じさせるその後ろ姿を、アルドたちは見送った。


アルド

「行っちゃったよ……。

お礼なんていいのに。」


「ぐすっ ぐすっ……。」


アルド

「……ん?」


ふと。すすり泣く声が聞こえた。声の主を探して辺りを見回すと、道の向こうで背を向けて立ち尽くす青年の姿が見える。アルドは彼に歩み寄った。


アルド

「なあ あんた どうしたんだ?

何かあったのか?」


青年

「ああっ!! あああっ!!!」


アルドの顔を見るなり、青年は素っ頓狂な声をあげた。目は赤く腫れ鼻水が垂れている。やはり泣いていたらしい。


青年

「あ あなたたち

旅の人ですよね!?

儀式ッ!! 儀式もう出ました!?」


アルド

「儀式……?

そういえばさっきの人たちも

そんなこと言ってたな。」


リィカ

「イッタイ何の

儀式なのデショウカ?」


すると、さきほどまで悲嘆に暮れていた青年の顔が、ぱっと光が射したように一瞬にしてかがやいた。潤んだ瞳にきらきらと希望の色が浮かんでいる。


青年

「その感じだとまだですね!

あ〜良かった〜〜! 


実はですね!

なんと!!


不老不死になれる

儀式があるんです!!!」


アルド

「不老不死!?」


青年

「はい! 毎日儀式に出ると

不老不死が保てるんですけど

その祈祷料が まあ高くて……。」


アルド

「…………。」


リィカ

「…………。」 


青年

「いやいやいや

何ですかその目は!?

聞いてくださいよ! それでですね!


新規の人と

新規の人を連れてきたリピーターだけは

特別に 無料で参列できるんです!


ボク お金ないのに

紹介できる人が尽きちゃったので

今日儀式に出られなくて困ってたんです!」


アルド

「…………。」


リィカ

「…………。」 


青年

「いやいやいやいや

だから何ですかその目は!?


とにかく そういうわけなんで

どうかボクと一緒に

儀式に来てくれませんか!?


人助けだと思って!

徳を積むと思って!!

お願いします!!!」


リィカ

「お断りシマス!!!!」


青年の鬼気迫る "お願い" を上回る気迫で、リィカが青年の頼みを拒絶した。腰に手を当て、断固とした意思を態度で示している。


青年

「そんなあ〜〜!!

どうしてですか!?」


リィカ

「カルト臭がプンプン デス!

そうでなくても

壺とか買わされそうデス ノデ!」


アルド

「だよな……。」


青年

「そんなあ〜〜!!」


アルド

「……でも」


ふたたび絶望の淵に突き落とされ泣き出さんばかりの青年を見て、アルドは言った。


アルド

「今の様子じゃ この人だって

あやしい儀式の被害者だろ。

ほっとけないよ。


それに さっきの人たちのことも

気になるし……


オレ行ってくる!」


リィカ

「ムム……!! 

……わかりマシタ。 


本来 カルトや詐欺に切り込むのは

得策とは言えマセンが

今回だけは ワタシも同行しマス!


儀式の様子をシカト録画して

証拠を押さえマス ノデ!」


アルド

「ありがとう。 頼りにしてるよ。」


青年

「お二人とも ありがとうございます!

このご恩は一生忘れません!!


儀式の会場はティレン湖道です。

さあ行きましょう!

不老不死最高!!」


アルド

「調子のいい人だな……。」


一行は、ティレン湖道へと歩き出した。

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