俺とオマエのお膳立て
第一膳『出会いとお茶漬け』
一体何をしているんだろう。
目の端に映るのは、カウンターの向こう側、テーブル席のソファに身を沈める一人の少女。関わるな、ともうひとりの自分が警告するのを無視して話しかけた挙句、気づいたら此処へ連れてきていた。
神社の鳥居前の石段にぽつりと座り込み、目は此処ではない違う世界を探しているようだった。見かけない顔だな、と思った。そして低い空から、もうすぐ雫が絞り出されるな、と。
まったくもってどうかしている。
半ば強引に手を引いて店に戻り、中に入ると同時に雨が降り出した。そして俯いた少女の腹がぐうと鳴る。私はまるで聞こえなかった風にドアの外に〈CLOSED〉の札を下げ、店の入口で立ち尽くす少女の背を押して奥に進んだ。
今は違うけれど、私だって元は……。まあいい。どうせなら、あの少女が今欲しているものを用意してやりたい。それをどう消化するかは本人次第だ。
「おい、オマエ。アレルギーとかないだろうな」
返事はなかった。
わかっている。私の口をついて出てくる言葉は乱暴だ。自他ともに認めている。初対面の相手だろうが関係ない。誰に対しても同じように接しているだけで、いつものことだ。
少し首を横に振ったように見えたし、好きに解釈する。狙いすましたように炊きあがった白飯を茶碗に盛り、焼きたてのたらこを厚めにスライスして乗せる。その横には昆布の佃煮を添え、最後に気休め程度に白ごまを散らす。
これで完成だ。
「食い物を無駄にしたら、承知しないからな」
うつむきがちな少女の前にトレーを置いて、口から出た言葉がこれだ。
ああ、と自分でも思う。だがこれで良いのだと、その言葉を咀嚼する。
「俺が用意したものは美味いに決まってる」
当たり前のことは当たり前のように言うものだろう。
茶碗と白磁の土瓶。琵琶を模した
途端、少女のお腹が
それからはまあ、予想通りだ。少女は温かい出汁にほぐれた炊きたてのあつあつご飯をハフハフともどかしそうに口に運ぶ。時にたらこと共に、時に沢庵を齧り。
私はというと一旦カウンターの内側に戻り、少しばかり冷ました湯を急須に注いでいる。中で程よく茶葉が開いているのを確認してから湯呑とともに運ぶ。少女の向かいに腰を下ろすと、不意に少女の手が止まった。
「森の香りがする」
初めて少女の声を耳にする。確かな生命力を感じる芯のある声だ。
「ヒノキの間伐材を使った箸だからな。吉野の特産品」
答えると目があった。ほんの一瞬。少女が先に視線を外した。やれやれと、二つの湯呑に交互に少しずつ茶を注ぐ。
すると、再び残りの茶漬けをかき込み始めた少女が不意にぎゅむっと自分の鼻をつまんだ。目にうっすらと涙が滲んでいるかもしれない。
少女の方へ湯呑をつっと押しやってから、私も自分の茶を啜る。月ヶ瀬茶は爽やかで香りがいい。
「からかった」
湯呑をおいた少女は茶碗を空にしてから箸を置いた。
「そりゃあ、
「聞いてない」
「言わなくたって、昆布の佃煮に山葵の茎も入ってただろ。まあ、おろしたての生山葵も混ぜたけど」
「……」
「俺はこの店に来た奴が何を望んでいるか、それだけを考える」
「何を、望んでいるか……」
少女ははっと口をつぐんだ。
小柄で幼い顔立ちだったりすると、大人であっても子供扱いされがちだ。例えばシェパードの成犬は精悍な大人として扱われるが、ハムスターは大人になっても小さきもの、愛でる対象だ。同世代ですら、加齢とともに浮上する話題から、子供にはまだ早いなどと遠ざけ仲間外れにする。そしてその枠組みを逸脱しようものなら、当てはめた集団側が嫌悪感を抱くことすらある。お前はそういうキャラじゃないだろ、と。
くだらない。世の中くだらないことだらけだ。もっと大事なことがあるだろう。
「ワサビのだし茶漬け、はじめて食べた」
ぽつりと少女の声が聞こえる。
私はさっきまで沢庵が乗っていた豆皿に、急須の中から茶葉を少し取り分けた。味や香りが薄まった分、ポン酢が良い仕事をする。おひたしにした出がらしをお茶受けに、少女が茶を啜る音だけが残る。
「おいしい」
当たり前だ。私が用意したのだから。美味いものを前に、大人も子供も関係ない。
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