エピローグ

歩こうとする君は美しい

 物語の中、見える絶望では人の心は動かない。

 まだ見ぬ明日アスがあるから、希望があるのだ。

 そこに、形のある分かりやすい絶望はない。

 見えないからいいのだ。

 だから見る者の心が動く。


 ここには演者と舞台と観客と物語があるだけだ。

 物語は激しく、強く、暖かく、冷たく、裏切り、泣き、笑い、守り、優しく包む。

 我々は生きて、歩いていく。

 物語は語りかけてくる。


 今を笑い、そして最後に笑えればいい。


 良い人生だったと。


 信じ、たいのだ。


 さあ、さあ、今日の舞台はどう踊る?

 どう、踊ろうか。

 さあ、君はどう踊る?


 私は、全ての生きる君に言おう。









「また、歩こうとする君は美しい」










 古びた机の上に残されたノートの中の一ページ。

 名もなき喜劇の脚本家の言葉。




 ——————————————————

















 泣き声。
















 少女の泣き声。














 泣き声と、
















 心の声がした。
















 ぽつりぽつりと落ちる雨のように。

















 涙が落ちた。

















 生きてきて……いいこと……あったのかな?



















 生まれてきて……よかったのかな?
















 ぽつり。
















 いなくなれば……楽になるのかな?


















 ああ、














 ……重いよ。


















 

 もう……歩けない


















 師匠……




















 世界は、私にいじわるだ

















 

 もう、歩けない。















 ぽつり。
















 私はただ、
















 よく、ここまできたなって
















 がんばったなって、





















 ……頭を撫でて……欲しかったんだ。
















 ……ぽつり。































「——お前さー、泣きすぎ。大丈夫かよ?」



















 ……頭に何かが乗っている感触。

 柔らかくて優しくて暖かい。

 なんだろう、……ずっとこうしていたい。

 何かに包まれているみたい。


「さっきまで、俺をボコボコにしていた奴には見えねーぞ。なにそれ? 変身が解けたらいつもそんな感じなのか……? 体も小さくなってるし……どんな能力だよ? 頼むぜ、師匠……」


 黒髪の少女……を抱えて俺は考えていた。

 腕の中のユリカは小さくなっていた。多分? 能力が解けたせいだろう。

 赤い髪は黒くなり、背も縮んで着ていた着物がブカブカだ。

 顔つきも随分変わった。

 鬼の時は気の強そうな眼力をした綺麗な薄い赤い目をしていたが、今は……優しそうな二重の黒い瞳になっていた。

 一言で言うなら……可愛い日本人形だな。

 うん、美人と可愛いを兼ね揃えるとは……恐ろしいです、師匠。


 ——ポンポンと私の頭が揺れる。

 声が聴こえる。


 師匠? ……誰の事?


 薄っすら目を開けてみる。

 逆光と涙でボヤけて見えた。

 そこには……見覚えのある顔が……でも、そんな訳はない、だって……あの人は、


「……透山さん?」


 見上げた景色は……霞んで滲み……もういないはずの師匠が、笑っているように見えて……光が……


「透山……誰だ?」


 透山さん……師匠とは、違う人の声。

 光が消えて……そこにいたのは、少しのびてボサボサになった髪をした男子。

 私に弟子入りに来た、時折志郎だった。


 あれ? ああ、……そうだ、わたしの『鬼化』が、あっ……、この人が私の魔素を奪って……解けたんだ。


 思い出してきた。


 そうか……能力を無理やり……解けた反動で、魂が不安定に……それで、涙が……ん?


 頭? 手? え……?


「ああ、駄目だったか? 昔、泣いていた妹にこうしたら、よく泣き止んだんだ……落ち着くかと思って」


 撫で撫でとシローさんが私の頭をサワサワしていた。

 しかも、抱き抱えて。


 え……、ドキリと胸が——


「っうひゃっんら!」


 鳴った。


 気付けば勝手に体が動いていた。

 腕を振り切り、後方に向かって後ろ回転で離脱!


 ユリカはシローからコロコロと転がり五メートルぐらい離れて——


「な、な、な、なにをいきなり頭を撫で撫でしてるんですかっ! そういったことはですね、もっと大切な人にするものです! 私と君は初対面ですよね! 抱き抱えるなんて、ろ、ろ、論外です! スケベ!」


 私は、撫でられた頭を右手で押さえて左膝を立てながらペタンと座り、シローさんを睨む。

 グググと、睨む。

 けして、ジトっとなんか見ていない。

 もちろん、撫でられたことになんか……これぽっちも嬉しくなんかない。

 ないないない!

 はっ! 鬼を舐めんなよ! ……今は違うけど……


「駄目だったか? わりい。あんまり、妹と……アカリと年が違わない気がして……つい」


 頭を下げるシローさん。

 ふーん。なるほど、悪い人ではなさそうだ。


「……えーっと、シローさんには妹さんがいるんですね……何歳ぐらいなの?」


「そうだな……、おれの六歳下だから……十四歳だな」


「はい? 私は十八歳! と、し、う、え!」


 不思議そうな顔をしてシローさんは、


「え、まじ? むしろ……アカリより下かと……」


 ——スパーンっ!


 シローの頭にユリカの平手が入る。


「いでっ!」


 頭を抱えたシローさんを一瞥イチベツして、


「はー、なんか怒る気も……なくなったよ……キッカー! もう、五分は過ぎてるよね?」


「はーいです!」


 すちゃっ! と、私の横に立つ音月希樺オトツキキッカ

 いやー、相変わらず気配ないな。


「今、七分十八秒です! や、や、やりましたね! 志郎さん! 弟子入りおめでとうございますです!」


 どこか、遠い目をしているキッカの答えを聴いて……仕方ないと諦める。

 言い出したのは私だ。

 訓練所の天井を見上げる。

 壊れて穴が空いているのが見えた。幸い、貫通まではしていないみたいだ。

 あー、後で破堂さんに怒られるなー嫌だなー。

 暴れ過ぎた。

 シローさんの……あの、訳の分からない能力は一旦置いておいて……うーん、置いといていいのかな? まあ、今考えても仕方ないか。


 私は、大きく背伸びをして見えない何かを見ようと、天井を……その先にあるはずの空を見上げる。

 そして、小さな声で「透山さん。私、もう一度、前に進みたい。だから、見守っていて」と言葉にする。


 その時、きっと気のせいだけど……風が少しだけ、吹いた……何でかな、そう思った。


 吹いた風が、がんばったなって、私の前髪を揺らしてソヨいだんだ。


 ありがとう。


 うん、……うん。歩き出すよ。

 見ていて、師匠。


 私は足元に転がっている時折志郎に右手を差し出す。


「約束だからね。よろしく、時折志郎さん」


 差し出した、私の右手をゆっくりと握りながら、「ああ、ユリカ……いや、師匠。よろしくな」と立ち上がる。


 私は勇気を出して「た、たまにはね! たまには師匠の頭を撫でるのを許そう!」と言ってみた。

 だって——暖かったから。


 シローさんは、軽く笑いながら、


「なんだよそれ……、分かった。なら俺はそうだな——」


 真っ直ぐな目を私に向けて、


「俺のこの力は、ユリカ……、師匠にために振るうよ」


 そう言ったのだ。





 ここに、師匠が赤刀ユリカ。

 弟子は時折志郎が誕生したのだった。








 ……










 ………………














 ……………………












 ——数日後、俺は迷宮を走っていた。


「ちょっとー! ユ、リ、カ! 師匠ー! なんか、でっかい石に手足が生えたのが追いかけて来てるんですけどー!」


 三百六十五度、見渡す限り草原が広がっている空間を俺は全力で走っていた。

 あの時、訓練所でユリカと戦った時の力は何故か使えなくなっていた。

 だから、今の俺は体内にある、なけなしの魔素で肉体強化して走っていた。


 うん? なんでだって!?


 俺はまだ! 死にたくないからだよ!!


 ——ズシーンッ! ズシーンッ! とデカい足音に大地が揺れている。


 な、なんなのあれ? ここって、初心者向けの迷宮って言ってたよね? 


「はっはっは! 運が悪いなシロー! たまにだが、イレギュラー? 出るんだ、ゴブリン以外にも魔物が」


 タスっ! と、走る俺の横にいきなり現れるユリカ。

 いきなり出てくるなよ! こえーよ!  

 全力で走る俺の隣にユリカが、笑いながら走っていた。


「ふふっ、いい訓練だ。アレは、石人間白色種。最弱の石人間だ。魔素をナイフに纏い……斬れ!」


 いや、分からん! もうちょい詳しく! 纏い方、知らんから!

 石を斬るとか無理ゲー!

 あ、やべ!


 草に足を取られこけるシロー。


「くっそ! いってー!」


 足をさすり、目を開けるとそこには——三メートルは超す体長。パラパラと顔に当たる石の欠片。目は一つ、冷たい紅い光が俺を見ていた。


 こいつは、いわゆるゴーレムって奴か……? 


 ゆっくりと上がるソイツの足の裏が見えた。

 踏み潰す気らしい。

 あ、俺……死んだ——


「喰らえ、血咲——」


 閃光が走る。

 真っ二つになる足の裏。

 綺麗に二つに分かれた石人間が地面に転がった。


 ドシンと響く大地。

 上がる砂煙。


 きっとおれは間抜けな顔をしていただろう。

 大刀を肩に乗せて、コホコホと咳をしているユリカを見ていた。


「危なかったな、シロー」


 こうして、初迷宮の一日は終わった。


 真っ二つになった、魔物に挟まれ思う。


 どうしてこうなった、はもういいか。


 三百二十二年後は、思っていたよりずっとファンタジーしていた。


 だからこそ、


 歩き出せる。


 探す、帰る方法を。


 待ってろよアカリ。


 ここは、案外悪くない。


 刀を振り上げて笑う師匠は、困るけど。


 いつか、必ず戻るよ。


 だから、それまで……さよならだ。


 またな。


 明。







 ……












 …………














 報告。


 時折志郎は異災ではない。

 が、特殊な能力の可能性あり。

 監視レベルを最高まで上げる必要あり。


 了解。


 判断し、消去。


 通信終わります。








 ……









 第一章 『その力はどこに振るう』終。





 ——————————————————


 あとがき。


 ありがとうございました。

 設定を書いて、二章にいく予定です。

 次章は迷宮に潜ったり……します。

 多分、笑


 読んでくださり、ありがとうです。

 ではでは。


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