第拾三話 涙は突然に

 赤刀ユリカの能力は『鬼化』

 鬼に化ける能力である。

 発動時は、五感、第六感の強化。

 筋力、魂の器に貯めれる魔素量の増加。

 そして、全ての身体能力が跳ね上がる。

 それは、他の能力と同じで使えば使うほど強くなっていく。

 鬼化すると、姿

 赤刀ユリカは白色探索者で、能力の強さは一級である。
























 ——私は、ユリカちゃんの技を受けて吹き飛んでいく志郎さんを見ていた。十メートルは飛んだだろうか? ゴンッ! と派手に地面に落ちて、ドンッ! ドンッ! と音を立てて転がっていく。

 あっ、これは立てない……直感で感じる。

 これでも、シンジュク支部長補佐を仕事にしており、秘密だが暗部に属している者だ。それなりに戦場を駆け、修羅場をクグり生き残ってきた。

 だから分かる。


 ユリカちゃんの本気の一撃。


 当たり前だけど、これは殺し合いではない。あくまで訓練での、本気の一撃だ。

 だけど、訓練と言え、もうすぐ白色から、銀色探索者になるかと言われるユリカちゃんの一撃は軽くはない。

 志郎さんは、物凄く頑張ったと思う。

 まだ、魔物を見た事も……戦った事もないのに……空間の魔素の吸収して器に注ぎ、肉体の強化。

 すごいと思う。

 でも、相手が悪かった。


 ——志郎さんは立てない。


 私そう思い、……次を考えてた。

 仕方がない……当初の予定通り、ユリカちゃんには私からお願いしよう。

 志郎さんを弟子にしてくれるように。

 透山さんを殺した特異魔の情報を、一番に伝えると言えば……多分、首を縦に振るはず。

 訓練の終了を伝えようと近付こうとすると……まさかだ。


 ——立ち上がった。


 志郎さんが。

 剣を杖のようにしてふらふらしながら、それでも立ち上がった。


「うそ……どうしてです?」


 そして——


「「赤刀一刀流、八火」」


 再び——鬼と人が、正面からぶつかった。











 ……












 ………………














 ……………………



















 ——ゴクリと唾を飲み込む音がした。少しして後から気付く。


 自分の喉が鳴らした音だと。


 一瞬でも、それが分からないぐらいに私は動揺していた。


「……な、なんですか? ……あれは?」


 つい口から出た言葉が——斬撃音に掻き消される。

 耳をつん裂く暴力的な音。

 それは、ガーンッ! ガーンッ! と巨大なハンマーが打ち合う音の様だった。

 それを私は、ただ見ていた。


 鬼と人の戦いを。


 二つの影が走る。

 それは、所狭しと飛び上がり大地を蹴り打つかる。

 二人の剣撃が生み出す音が、訓練所を塗りつぶす。

 巨大な力と力のぶつかり合い。


「……いやいや……、ユリカちゃんは分かりますよ? もうすぐ銀色探索者になる期待の星なんですから……でも、志郎さんは……目醒めて二日目? ですよね? あれ、あれ……おかしいな」


 ……破堂さんから面白い過去人だと聞いていたけど……私の目の前で繰り広げられる戦い、それはもはや訓練の域を超えている。


 魔素を纏って爆発。地面を抉り、空間に漂う魔素を吸収して器に注ぎ……そこまでは……まだ、まだあり得なくはない。だけど、志郎さんは、


 ——能力を複数発動させていた。


 どういうこと? ……まさか? 彼は『異災』?


 ……嫌……違う、違う。


 確か、昔に読んだ資料には、能力『異災』は戦闘開始後に、瞬く間に金色探索者一名、銀色探索者三名を殺害したと記載してあった……本当の『異災』だったなら……こんなものじゃないはずです。


 それに…… 山田光理ヤマダコウリ支部長が書いた最新のレポートには、『異災』とは人間の異界化だと書いてありました。

 第一の進化は猿から人。第二の進化は人から能力者へ。

 そして、第三が……能力者から異界化へ。

 もちろん、考察の域は出ていないとレポートには書いてはいたけど……


 無限に魔素を生み出す……異界化した人間が『異災』ではないかと。

 荒唐無稽の話だ。

 だけども、絶対違うとも言い切れない。事実、この世に能力者はいるのだから。


 レポートには確か……最後にこう書いてあった。


 全ての能力は『異災』の劣化版、もしくは人が異界化する際の種ではないかと私は考えた。

 なら異界とは、何なのだ?

 それは、目下、研究中だ。

 神よ、私は祈らない。

 進化の先に絶望があろうと乗り越えてみる。

 人はあなたが考えているよりずっと強い。

 希望はある。


 と。


 ……私達は何も分かっていないのだ。何故、異界が誕生したのか、未だに何一つと。


 志郎さんの能力は『異災』ではない。体内の魔素が減っているのが見えるからだ。

 だったら……志郎さんの能力は、なんだろう?


 後、残り二分弱。


 志郎さんの魔素はもう体内にあまりない。


 空間の魔素も、消えた。


 魔素はもうない。


 ゴクリと音がまたした。

 自分の喉が鳴ったと気付いた時、


 鬼の振り下げた剣を人が受け、跳ね返すのが見えた——










 …………










 ……













 ——ガンッ!!!!


 ユリカの剣を跳ね返し——斬りつける。


 戦闘で飛び散る土砂が目に入ろうとも関係ない。駆ける。駆ける。飛ぶ。躱す。斬る。跳ね返される。駆ける。


 剣の煌めきが輝く。

 正に命の削り合い、ぶつけ合い。


 いくごうの打ち合いに、二人は止まる。


 ギリギリと鳴る鍔迫り合いで見えるユリカの顔は笑っていた。


 ゴンッ!


 ユリカから放たれた蹴りを肘で受け、地を削り——数メートル飛ばされるが踏ん張り、俺は宙に飛ぶ。


 風が体を包む。


 ——ハ、ハ、ハッ! なんだこれはっ!


 自分が自分の体じゃないみたいだ。


 最高に気持ちがいい。

 ビューーーーッと風切り音が体を震わす。

 空中でバランスを取る。体が勝手に動く。魔素がわかる。ユリカの動きが見える。

 全力を使う楽しさ。

 俺は力に酔っていた。


 地上から訓練所の天井ギリギリまで飛んだ俺は、眼下のユリカを見る。


 居合の構えをっているのが見えた。向こうも俺を見ていた。目が合う。


 空中で上段に剣を構えた俺は、


 これはどうだ? と、好きだった漫画の必殺技を真似る。


「『風車』」


 ——ゴゥンッ!


 天井を蹴り上げ、全力で剣を振り下ろす——風を切り裂き、風車の如く回転しながらユリカ目掛けて落ちていく。


 ユリカにも矜持がある。きっと、逃げずに受け止めるはず。

 だって、そうじゃないか。弟子の最高の一撃を叩き落としてこそ、師匠と呼べるのだから。


 そして——


「赤刀一刀流、奥義——霞幻火カスミゲンカ


 ユリカの剣は揺らぎシローの剣を音もなく躱し——胴薙ぎ払う。


 は?

 な、何だこれ。

 早すぎてみえ……ねえ……


 腹を打たれるシロー。

 巻き戻しのように空に打ち上げられる。


「……甘いぞシロー。真っ直ぐただ、落ちてくる剣など恐るに足らん」


 ユリカは剣を腰に納め、シローを上空の眺める。


「流石にもう立てまい、なかなか楽しかったぞシロー」


 真っ直ぐに吹き飛んだシローは、訓練所の天井にぶち当たり——落ちる。

 破片と共に落ちてきたシローは、不細工な受け身を何とか取り、地面を転がり止まった。


 力を振り絞り、顔を上に向ける。


「ゴホッ、ゴホッ……いってー」


 なんだ? さっきの技は……俺の剣を躱した? 嫌、あれは躱したと言うよりは……すり抜けた? なんでもありかよ。すげーな、ユリカ。


 立ち上がろうと、這いつくばり……もがくシロー。だが、先ほどまでの力は嘘のように消えていた。

 まったく体が言うことを聞かないみたいだった。


 ……く、そ……、ど、どうしたんだ? 力が……で、ない。


「魔素枯れだ、シロー。魂の器の中の魔素を使い果たしたのだ。この空間には、お前が吸収したせいで……魔素はもうない。もうすぐ、お前は意識を失うだろう」


 魔素……枯れ? なんだそれ。お、俺は……


「また、相手をしてやろうシロー。その時まで弟子入りはお預けだ」


 ふ、ふざけるな。そんな暇は俺にはない!


 背を向けて俺から遠ざかって行くユリカを……消えそうな意識を奮い立たせて睨む。


 魔素? ……だと。あるじゃねえか。目の前に……でっかい炎が燃え盛っている様な魔素がそこに!

 俺はユリカに向けて右手を向ける。


「よこせっ! ユリカ! お前の力を!」


 右手に暖かい何かが集まってくる。

 力が全身にみなぎってくる。

 これが魔素か?

 最初は、右足……次は左足と、ゆっくりと確認しながら立ち上がる。

 そして、左手も同じようにユリカに向ける。


 ——ユリカは片膝をつき、驚いた顔をして振り向き俺を見ていた。


「なっ! シロー! お前! 私の魔素を吸収しているのか!?」


「形勢逆転だな、ユリカ。そろそろ五分たつんじゃないか? 俺はお前の魔素のお陰で復活だ。ピンピンしてるぜ」


 この際だから、魔素を吸収できるだけしておこう。

 俺は更に集中する。

 手のひらの温もりが熱くなる。


 ん? なんだか……ユリカの姿が小さく? なった?


「く、『鬼化』が解ける……」


 そう呟いたユリカは——黒髪の……女の子? に突然、変わった。

 俺より頭一つは高かった背は縮み、髪型は同じだが赤から黒色に。


「こ、こないで! 見ないで! 君は無茶苦茶だ。能力が解けてしまった」


 右手で顔を隠して座り込む黒髪のユリカ? は「どうして解いちゃうの……」と言うと、泣き出した。


 わーん、わーんと大声で。


 え? 性格変わりすぎじゃねえ?


 大きな泣き声が訓練所に響く。


「えーと、なんかごめん」


 俺の言葉はユリカには届いていないみたいだった。

 どうしてこうなった?

 小さくなったユリカを見る。


 弟子入りって……大変だ。


 わんわん泣くユリカを見ながら、そんな事を俺は考えていた。


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