第拾二話 何を為すべきか

 限界を超える瞬間はどんな時だ?


 現在の己を塗りつぶし、変える。持っている力を超えて、立ち塞がる壁を破壊する。


 ——その瞬間はいつだ?


 その時はいつやってくる?


 強大な敵が立ち塞がった時?

 悲しみの連鎖を断ち切る時?

 少女を守ると決めた時?


 否。

 全て違う。


 限界を超える時、それは——状況だ。


 に、出会い……腕を掴まれた時のみに——人は限界を初めて感じるのだ。

 そして、状況は本人の意思に関係なく選択を迫られる。

 恐怖で叫び声を上げようが、涙を流して這いつくばろうがそれは待ってはくれない。

 魂が肉体を激しく揺さぶる。


 ——どうするのだ? と。


 前に進むか、あきらめるか……決めるのは自分だ。


 立てぬ者はそこで終わりだ。

 限界を超えた者だけが先に進めるのだ。

 状況のみが、限界を超えるキッカケを生み出す。


 この男、時折志郎はどうだ? ここで終わりなのか? 


 この問いにシローは無言だ。


 ユリカからの必殺の一撃を体に受けて吹き飛び、無様に力なく地面を転がり……今はピクリとも動かない。


 この男は超えれるのか、限界を。


 それともここで——終わるのか。


 終わりか?






 お前は、








 終わりか?






























 「いって……」


 倒れたシローの口から小さな声が漏れる。

 消えかかりそうな意識の中、彼は夢を見ていた。

 それは一瞬の夢。


 遥か彼方の夢を。





 ……








 …………








 ……………







 なんだ? 俺は……ユリカに吹き飛ばされて……うん? どうして、妹、アカリがいる?


 ……どこだ?


 西日の照らす教室に妹がいた。

 ここは、アカリの通う学校だろうか? そこ部屋の隅に立ち俺は……見ていた。

 夕日に染まる真っ赤な教室を。

 鮮やかな色が強く目に入ってきて眩しい。俺はたまらず右手を顔まで上げて、光を遮った。

 幻想的で綺麗な景色だった。

 だけども……匂いがない。

 埃がない。

 生命がない。


 直ぐにこれは、現実では無いと気付く。

 何故なら……もう、妹はいないから。


 この世界には。



「夢か……」



 俺の声は、もちろんアカリには届いていない。きっと、姿も見えていないだろう。


 笑い声が教室に響く。

 アカリがシオリと言う友達と笑っていた。

 俺は何をするでもなくそれを静かに見ていた。

 蝉の声がする……夏の夕刻だろうか? タピオカドリンクを飲みに行こうと、アカリの手を友達が引っ張り、教室から出て行く。

 俺は、妹が出て行ったドアの先をボーっと見ていた。


 ああ、そうか。どうしてだか……俺には分かった。これは本当にあった事だと。

 遥か昔に。

 分かっている。分かっているんだ。

 もう、アカリがいないことは。

 考えたくなかったんだ。

 どこか、他人事だった。

 知りたくなかった。決めたくなかった。


 ……認めるのが怖かった。


 時間逆行は物理的に無理だ。

 本当に過去に戻れなかった時の事を考えるのが怖かった。

 両親が事故で死んで……俺とアカリは二人ぼっちになった。

 あの葬儀の日……明は雨の中、俺の手を握り泣いていた。

 お父さんとお母さんはいつ帰ってくるの? と泣いていた。

 昨日の事のように思い出せる。

 その時に決めた約束、それが今の俺を支えている。

 未来に飛んだ俺を。


 妹を守る。


 その想いだけが支えていた。


 西日がシロー包む。

 赤い、赤い教室の中……誰もいない教室で

 強く握りしめる拳の音がした。


「弱音はここに置いて行く……俺は、俺を超えてやる」


 徐々に崩れていく教室。

 赤色が……光が、次第に段々と弱くなり闇が代わりにシロー飲み込む。


「……だから、待っていてくれ。明」


 ——音もなく全てが消えた。


「過去に戻れないなら……過去に帰る方法を創ってやる」


 この瞬間、微かに……シローは覚醒する。

 未能力の先に。

 限界を超えて。





 ……









 ………………







 ……









「ほう、あの技を喰らい立つか」


 もう終わりと思った私は驚く、魔素で防御を固めたとはいえ、致命的な一撃がシローに入ったはずだったからだ。


 よろよろと剣を杖にして立ち上がるシローを待つ。

 剣を構え直し、私を睨む目はまだ死んでいない。


「時間はまだ……あるか」


 私は右足を前に出し、居合の構えをとる。


「いくぞ、シロー」


 フッと息を吐き……


 ——ドンッ!


 地を蹴りあげ、シローの元に飛びながら技の名を叫ぶ。


「赤刀一刀流、八火ヤツカっ」


 同時に打ち出した連撃は——


 ガガガガッ! ガガガガ!


 見えない何かに阻まれる。

 なんだこれは? 障壁? 

 私の放った八つの連撃は、見えない壁に防がれた。

 シローの能力か? しかし、いつ発動した?

 私は警戒し、後ろに飛び距離をとる。

 あれは……? 回復している?

 シローは剣を正眼に構えながら、白い靄に包まれていた。能力……『回復』か? おかしい、能力は一つしか使えないはず……


 私は混乱していた。能力は一人に一つしか発動しないはずだ……しかし、シローは二つ。

 どう言う事だ。


 正眼から斜め右下に剣を構え直すシロー。


 そして、さらに私は驚愕する。あの構えは……まさか、


 シローの握る剣が魔素を纏い長大な刀に変わる。


「赤刀一刀流……閃火……改」


 一閃の剣撃が飛んでくる。


「はっ! 閃火!」


 火花が訓練所を照らす。

 二本の魔素を纏いし刀が光を撒き散らし打つかる。


「く、能力が三つ? ありえん! それは……『物真』か!?」


 剣越しにシローは、


「能力? 知らねーよ。だがな、分かるんだなんとく……魔素の使い方がな」


 ——ガキンッ!


 弾け飛ぶ二つの影。


「五分待つ必要はない。ユリカ……俺は俺を超えてやる。お前に一撃を入れる」


「……いいだろう、来い」


 二人は鏡のように同じ構えをとる。


「「赤刀一刀流、八火っ」」


 弾け飛ぶ地と煌めく斬撃。


 この景色は、弟子が師匠に挑む。まさにその瞬間に見えた。

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