プロローグ

二年と十ヶ月

「——生きろ!! ユリカッ!!!!」


 そう叫ぶと一人の男が、赤い炎を纏った魔物を抱き抱え、迷宮に生まれた巨大な穴へと飛び降りる。

 真上からもし誰かが穴を覗いたら、燃え盛る魔物の炎が闇の中で浮かびあがるのが見えただろうが、それもすぐに視界から消える。後には、横たわる深い深い闇だけが残った。


 ——落ちていく体が切る風の音だけがしていた。

 突然の事で驚いたのか魔物の動きは止まっている。

 男は魔物が逃げない様に両腕で捕まえていた。

 闇はまるで地獄の釜のようだった。

 暗く冷たく……大きな闇が口を開けて男の命を喰らおうと待ち構えている。


 ——魔物……特異魔は、うごかない。


 いきなり男は大量の血吐き出した。よく見れば魔物の右腕が体を貫き背中から飛び出している。

 持って男の命は数十秒に見えた。


「ギャ? ギャッ……、ギャッーーーー!!」


 正気に戻った魔物が狂った様に暴れ出す。

 頭を振り乱し、手足を動かして男の胸に刺さった右腕を抜こうとする。

 しかし、男はどこにまだそんな力があったのかと、己が炎に燃えるのも厭わずに両手両足を使い全身で魔物をホールドする。

 ずぶりとさらに深く突き刺さる魔物の腕。


 男、透山優の右腕にはまっているリングが光出す。


 ああ、さよならだ。俺はこいつを殺す。


 さらにリングが光り出す。


 ユリカ、お前はいい子だ。きっと最高の仲間ができる……もっと色々、教えてやりたかったが……すまん。

 世界よ、次に会う時は……また、泣き虫の弟子に会わしてくれや……


 リングがさらに輝き、さながら光の本流が溢れ出し闇を消した。


 悪くないセイだった。


 ごぶりと血が口から溢れ出る。


 ——必死に逃げ出そうとする特異魔に向けて透山は「ロックをなめるなよ」と吐き出し、







 ……








 ……………









 ………………………












 ——ドッンッッッッ!!!!






 巨大な爆音。

 暗闇を切り裂く閃光。

 光が収まり消えた闇には男も魔物も……存在していなかった。








 ………








 そいつはじっと待っていた。

 闇が全てを塗りつぶす地獄の釜の底で待っていた。

 傷ついた肉体が回復するのを。

 魔素を吸収し、ゆっくりとだが腕を生やし足を生やし牙を生やし目玉を戻し。

 長い長い年月をかけて回復していった。


 ついにその日が来た。


 そいつはパラパラと土を落としながら立ち上がる。

 長い年月、回復に努めていた肉体は硬くなり動きは鈍かった。

 全身を確認する様に何回も何回も、腕を曲げ足を屈伸し……しばらくして……フラフラと、しかし一歩一歩、確実に歩き出す。


 暗い、暗い地獄の釜の底でそいつは目を覚ました。


 ——魔物の肉体が炎に包まれる。


 燃え盛る炎が闇を掻き消す。


 赤く炙られる地獄の釜の底は、一匹の魔物を……特異魔を祝福するかの様に照らしていた。


 赤いゴブリンは地上を目指して歩き出す。

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