第捌話 いいんだよ。

「『音楽は世界を変えない。だが、音楽は君の世界を変える』」


 パチリパチリと、炎が薪を弾く音がしている……

 俺は、暗闇を揺らぎながら照らす火を静かに眺めていた。

 とあるロックミュージシャンが大衆ロック雑誌で、インタビュアーに答えていた一行を思い出しながら。


 あの時は、なーに言ってんだ、こいつ……、なんて、心の中で雑誌に突っ込んだもんだが、今、思い出すと……意外に当たっているかもな、そう俺は思った。

 音楽を別の言葉に変えてみればいい。

 本でも、映画でもなんでもいい。


 俺には、それが未来だったわけだ。


 異界誕生なんてもんに巻き込まれて、三百年後? うーん、だっけ? 知らねーけど……まあ、目が覚めたらよく分からん所に……俺はいた。


 魔物が襲ってくるし、意味不明な能力は発動するし……ここが異世界だって言われても信じていただろう。


 だが、あの時見上げた……


 半ばでへし折れて、草木に侵食された……まるで古代の遺跡様な姿を見せる、元……新宿都庁を見るまではな。

 ああ、ここはリアルなんだなって……その光景を見て観念した。


 だがな……


 意外に。

 意外にだ……。大切だから二回言ったぞ。

 ここは、この世界は。俺のショウに合っていた。

 魔物との生命の奪い合い、勝った方が生き残る、シンプルな世界。

 そう、ただただ、シンプルだ。

 強いものが生き残る。

 弱い奴は死ぬ。

 まじロックだっ! だろ?


「お? そろそろか」


 焚き火にかけている飯盒の蓋から、溢れ出す泡が消えている。耳を近づけたらチリチリと音がした。もうすぐ炊き上がるサインだ。


「もうちょいだな」と飯盒から顔を離し……座り直す。


 なんと、白米がここにはある。

 未来には農業もちゃんと残っていて米も野菜もあったんだ!

 日本人なら米だろ。俺は米があった事に感謝した。

 生きて、うまい飯が食えるならそれだけでラッキーだ。

 そうだろ?

 

「どうだ?」


 焚き火の向こうから、師匠が木の棒で薪を突きながら言った。

 俺が、今更……言うのもなんだかだが、無茶苦茶綺麗な顔をした銀髪赤目の女。

 それが俺の師匠だ。

 銀色探索者で異界を何個も攻略している、まさに強者の中の強者。

 実際、無茶苦茶強い。あんな細腕の、どこにそんなパワーがと、目がいつも点になる。


「なにが?」と返事をしながら俺には分かっていた。

 当たり前だが米が炊けたか? なんてこの師匠が聞いてくるわけがない。

 何故なら平気で生肉も食っちまうし、食に関しては何にも気にしない、腹に入れば何でもいいって人間だ。

 変人師匠に振り回された俺には分かる。きっと、この世界……ここに慣れたかと聞いているのだろう。


 ……多分。


 この師匠は困った事にいちいち言葉が足りない。弟子になって二年。今は何となくは分かるが最初は……マジでまいった。

 赤い目が俺を見ている。

 俺は火から飯盒を上げながら言う。


「ロックだよ、ここは……シンプルでいい。強いものが弱いものを喰らい、生きている」


 だけどな……俺は続きを吐く。


「もっと、出会いたい。生きてきて良かったてもんにな。世界は美しい、そしてどこまでも残酷だが……それがいい」


 銀色探索者の師匠は、あくび混じりに言う。


「なら、死ぬな、逃げ際を間違えるな。生きろ、生き抜け、逃げろ」


 どうやら正解だったらしい……、師匠からの最後の言葉が逃げろって、どーなの? なんて思いながら「ああ」と俺は答える。


 飯盒を逆さに置いて炊けた米を蒸らし、夜空を見上げる。そこには、満点の星空があった。

 ここに来てからの出来事が、走馬灯の如く頭の中を駆ける。

 ガリガリだった体がいまや、なかなかのマッチョだ。

 ……俺、らしくないな……思い出は今は置いておこう。

 パチリと焚き火が弾ける。

 明日からは白色探索者だ。

 ああ、愛機のテレキャスを爆音で弾きてーな、もうないけどな……きっと大地の肥やしになっているだろう。


 未来で目覚めて二年目の春。

 俺、透山優トウヤマスグルは今夜、早崎アスカ《ハヤサキアスカ》の弟子を卒業した。






 ……






 ……………







 ……………………………










「ふぁーー」


 あくび混じりに病棟を歩く。コンバットブーツが木の床をカツンカツンと鳴らす。

 眠い。二日酔いだな……。

 身体がすこぶるだるい。あー帰ったら……ガミガミうるさいしなー、あの爆破姫。

 しかし、俺が育成者か……、依頼とは言えめんどくさい。

 大体、人に何かを教える性分ないしな……師匠もめんどくさかったのかな?


 俺は、銀髪赤目の彼女を思い出す。

 魔素を纏った拳で魔物を蹂躙する姿を。

 ブルルと背中に悪寒がはしる。

 あの時はやばかった……魔物の群れをぶち抜いて走る師匠に必死でついて行ったなー、なんせ置いてかれると死が待つだけだったからな。

 よく生きて帰れたなと、今更に思う。

 ……師匠、どこにいるのやら。

 弟子を卒業してから全く音沙汰がない。

 人の事を言えないが、自由すぎるだろあの人。噂じゃ……異界だらけの魔界状態の北海道にいるとかいないとか。

 まあ、いい。

 あの強さだ、きっと元気だろ。


 今日、俺、透山優トウヤマスグルは破堂凛子からの依頼で、発見された過去人の育成者となるべく病棟に来ていた。

 目的の部屋の扉の前に着く。


「ここか」と独り言を言い、二回扉をノックし「透山だ、入りるぞ」と声をかける。


 中から「ああ、早かったな」と聞き覚えのある声が返ってきた。


 ガチャリと開けたドアの先には、ベットの傍にある椅子に座る破堂さんと、俺の弟子になる予定の女の子が、布団から体を起こしてこっちを見ていた。


 黒い前髪をパッツリ切りそろえ、後ろ髪は肩までないぐらいか。

 イメージは、日本人形?

 目鼻は整っていて、大体の第一印象は誰が見ても可愛いと思うだろう。

 だが、俺はこいつの……目が気になった。

 何も見ていない、何か辛い事があったのだろうか、暗い瞳をしていた。


 破堂さんが俺を見て口を開く。


「この子が先日、発見された赤刀ユリカさんだ」と黒髪の女の子を紹介してくる。

「初めまして、透山優トウヤマスグルと言います。赤刀ユリカさんの育成者になる依頼を受けて来ました」と返すと、俺の顔を確認? だろうか、チラリと見てユリカがペコリと頭を下げた。

 あの瞳のままで。


 彼女、破堂さんの隣に立ち聞く。


「なあ、こいつ。今から飯食いに連れて行っていいか?」




 …………







 ……………








 五分後、俺はユリカと町を並び、歩いていた。

 破堂さんが、部屋でなんかガミガミ言っていたが無視だ、無視無視。

 俺の弟子は俺のもの、俺のものは俺のもの。

 ロックだろ?

 歩きながら俺はユリカに「悪いな、いきなりで。ひょっとして腹はへってない?」と聞く。

 横で首を小さく振るユリカ。表情は相変わらず暗い。

 この、なかなかなファンタジー溢れる町を歩いていてもこの子は何も感じないみたいだ。


 前方から歩いてくるお姉さんに、俺の目はロックオンだ!

 お! ちょっと! お姉さん! 露出高すぎない? そんなスカスカな防具で魔物の攻撃ふせげるの!?

 オッパイとお尻を申し訳ないぐらいしか隠していない探索者のお姉さんをガン見しつつ見送る。

 ファンタジーロックだ。

 お姉さんありがとう。

 これぐらいの事がこの町では日常茶飯事なのだが……

 ツッコミもない、ユリカと歩く。

 これじゃあ、俺は単なる変態では無いか。


 さて……と、どうしたものかと考えながら歩いていると目的の店に着く。

『なんでも異界食堂』と味がある直筆で書いた少し汚れた暖簾をくぐり店に入ると、ガヤガヤと騒がしい喧騒が聞こえてくる。

 ほとんど席が埋まり満席状態の店内。繁盛しているみたいだ。


「お? 兄ちゃん久しぶり! 探索はもうかっているか? がはっはっは! 何にする?」


 俺を見つけた店主の親父が、笑いながら話す。


「焼き魚定食を二つ。一つはご飯大盛りで! 探索はボチボチでんな! おっちゃんも相変わらず元気そうで何よりだな!」


「おおよ! 焼き魚二つ、米大盛りひとつ!」


「はーい!」と厨房の奥から元気な女性の声。


 俺は赤刀ユリカと空いている机に向かい合って座り「この店は何食ってもうまいぞ」と話しかけた。

 コクリと頷いた彼女は、そのまま下を向く。

 うーん、どうするかな……俺は左手で後頭部をかきながら考える。

 大体の事は、うまいもんを食えば元気になると思ってここに来たんだが……かける言葉がなかなか出てこない。

 大体、誰かを励ますとか苦手だ。

 見ていれば、ユリカにはなにか辛い事があったんだろうってぐらいは俺にも分かる。

 だが、迷う。俺なんかの言葉で……元気づけれるのかって。


 ——嫌、こんな俺はロックじゃねーな! 俺はもう決めた、こいつの師匠になるってな。そんな俺が弱気でどうする。

 俺は、赤刀……ユリカをしっかりと見据えて話し出す。


「……ユリカ。お前に何があったかなんて、俺は知りたくもないし興味もない……、俺は……な……、『生きていればいい事がある』なんて言葉は、信じていない」


 俺の言葉に顔を上げて、こっちを見るユリカ。彼女の幼い黒い瞳を真っ直ぐに見据えて続きを話し出す。


「でもな、俺は……こう思うんだ。『いい事に出会いたいから生きる』……それで、いいじゃないかってな」


「お前に何があったか知らねーよ。でもな……、自分を待ってくれている、なんかいい事がまだ、あるんじゃねーかなって……気楽に期待せずに生きてもいいと、俺は思っているんだ……、一回ダメでも、また立ち上がればいい。二回ダメでもまた立ち上がればいい。だから……もうそんな顔するな。俺が……、今から、お前の師匠になった透山が……必ず、助けてやる」


 少しの沈黙。十秒ほどだろうか?

 最初は僅かに……そして、ゆっくりと降り始める夕立の様に——ポロポロと……、ポロポロ、ポロポロと、涙がユリカの目から溢れてきた。


「私……私……、生きていいのかな?」


 ふー、と俺は息を吐き出し、大声で言った。


「アホ! 生きていいに決まってる! くだらねー事、言うな」


 ポンっとユリカの頭の上に右手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でる。


「いーんだよ」


 そこに、空気を読まない定食屋のお姉ちゃんの声が割って入った「はーい! お待たせ! 焼き魚定食! ご飯大盛りはこっちだね?」と俺とユリカの前に運ばれてくる。


 目の前に置かれた、湯気がホクホクあがる美味そうな飯を前に、


「……まずは、腹が減っては力もでねー。美味いもんを食えば大体の事が大丈夫になる! 食え食え! 美味いぞここのメシは! こだわりがすげー! なんせ、この魚は町の外に流れる川から釣り上げて、鮮度を保つ為に能力で瞬間冷凍して……あ、わりー……」


 見ると、クスクスと声を隠してユリカ笑っていた。涙は止まっていた。

 なんだ、笑えるじゃねーか! ずっとそっちの方がいい。


「よく、俺は話が長いって言われるんだよな。さあさあ、冷めないうちに食おう」


 箸を持ち、焼き魚を食べたユリカは「……美味しい」と言い。

「だろ! 美味いんだよここ!」と透山は笑い、こう……言った。


「いい事、出会えたじゃねーか」


 私は、一瞬……ポカンとして、ニワトリのトサカの様な髪型をした目の前の、透山と名乗る男の人を見た。

 心底嬉しそうに笑う……さっきから私の師匠と名乗るこの人を見て……


「……はい」


 と私は、笑い、泣きながら答えてご飯を食べた。


























 透山優の能力は『透過』

 物理攻撃を全て透過し、かわす。

 しかし、熱や冷気などの攻撃は透過できない。

 自分の身体以上の物理攻撃は透過は不可である。

 自分の体に触れているものは、透過できる対象に選べる。

 透山優は、白色探索者で能力の階級は二級である。



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