第玖話 春夏秋冬、時々魔物
私、赤刀ユリカ《セキトウユリカ》は
なってしまったと言うか……選択肢が無かったと言うか……、アホな師匠に騙されたと言うか……もちろん、あの時の美味しいご飯に釣られたせいでは、無い。
無いはずだ……うん。うん、ないない。
うーん、……そりゃね、正直に言えば少しは、ちょっとね、あるよ。
美味しいご飯を食べれば元気がでる。
君もそうじゃない?
でもね、ご飯に釣られて弟子入りしたなんて言いたくない。
ん? この一年……何をしてたかって? うーん、そうだねー。
師匠に迷宮に連れて行かれて、ゴブリンやらオーガやら……大きな芋虫やらコウモリを斬って斬ってぶった斬って……とか、色々かな。
大変な一年だったけど、感謝してるんだ。
私の心の声に……手を伸ばし掴んで引き上げてくれた人。
私を助けてくれた師匠、ロックバカの透山さんに。
あの日『なんでも異界食堂』と書いた、うす汚い暖簾をくぐった。
沢山の、いくつもの大きな話し声。雑多な音が溢れる騒がしい食堂。
そんな中でも……、はっきりと私の耳に聴こえた言葉。
「『いーんだよ生きて』」
そう言って笑った、あの人の顔をきっと私は、生涯忘れることはないだろう。
……今でも……、お母様の言葉や……お爺さま、お父様の事を……時々思い出す。
だけども、幾多の夜を超えてこれたのは、あの一言が……私の胸にあったから。
——あの日から、慌ただしく毎日が過ぎていった。
この世界は、十六歳から探索者になれるらしい……、十五歳の私は普通は駄目だけど、過去人ゆえに特別待遇? で、探索者になれた。
でも、まずは討伐系の依頼はまだ早いと判断されて採取系の依頼限定でだ。
師匠の名は、
今年で二十五歳。ここで目が覚める前は、地方の大学に通っていたと教えてくれた。
なんでも、バンドをやっていたらしく……テレキャスという、エレキギターをかき鳴らしていたらしい。
私は、日々、寝ても覚めても剣を振っていたので……テレキャスなる物を知らないと素直に伝えると、残念な生き物を見る目で見られた。
何故だろうか? ムカついた。
剣の道を舐めているのだろうか? この人は。
……これは、秘密だけど。
モヒカンと言うらしい(教えてくれた)、トカサの様な髪型を揺らしながら、「『ロック!』」と叫びながら魔物と戦う師匠を見るのが少しだけ好きだった。
ちょっとだけかっこよく見えた。
悩みなんか無さそうに大地を走り戦う姿は、見ていて羨ましくすらあった。
あんな風に私も……好き勝手に生きてみたい。
私には師匠はとても眩しく見えた。
……どこか楽しかったんだと思う。
この、私の事を誰も知らない世界が、分からないことだらけの世界が。
居心地がよかった、新鮮だった。
大袈裟に言えば、生きていけそうな気がした。
何故なら……振るう剣が軽かったから。
私は師匠が言った言葉を胸の中に抱いて歩き出した。
——あっという間に時間はすぎていった。
私は師匠から沢山の事を学んだ。
迷宮で生きる為の技術から、魔物解体。魔石の取り方。魔素の扱い方、肉体に纏い強化するやり方。
魔物にはそれぞれ肉体の色により強さが違うこと。例えば、ゴブリン種なら緑、黒、赤と順に強くなっていく。
私よりも二年前にこの世界で、目が覚めていた師匠、——透山さんはこう見えても、優れた探索者らしい。
本人は頭をポリポリかきながら、トゲトゲが沢山ついたバトルメイスを肩に乗せて照れ笑いをしていたけど。
異界には大きく分けて、迷宮タイプと渦タイプがあること。
迷宮タイプには様々な形があること、草原から洞窟から、石畳から。
渦タイプは魔物を産み続けるから発見次第にすぐに攻略し、破壊しないといけないこと。
能力は使えば使うほど強くなること。
めんどくさい仕事をサボる方法などなど。
気がつけば、あっという間に春から冬に、一年がたっていた。
……だけども私の能力はまだ、発動していなかった。
……
………………
………………………
ガチャリカチャリと洗い物の音。
私は夕食の片付けをしていた。
ここは、師匠の家。とは言っても……師匠の師匠? 確か……早崎アスカだったかな? あまり話をしたがらないから、詳しくは知らないけど、その人から透山さんが貰ったらしい。
木でできた、木造平家の一軒家。
町の端にある小さな家だけど、私はどこか古びたこの木の匂いがする家が好きだった。
ここに、師匠と二人で住んで一年が経つ。
この人は、ぜーんぜん掃除しない性格だったから大変だった。
だって、初めてこの家に来た時、ゴミ屋敷だったからね!
部屋にうず高く積まれたゴミの山……最初の弟子の仕事が掃除だったとは……思い出したくも無い。
最後の茶碗を洗い流し、コトリと流しのわきに置く。
「あっと言うまだったな」
蛇口をしめて水を止める。
エプロンを外し振り向き、食事用の椅子に掛けて、私は座った。
「なにがだ?」
四角い二人用のテーブルの対面に座る師匠は、自分の武器……、一メートル以上はあるバトルメイスの先に沢山生えている、トゲトゲの汚れを布で拭き取りながら話しかけてきた。
「この一年。目が覚めてだよ。師匠に出会っての今日まで」
「俺に出会ってからか……そうだな」
師匠は何かを思い出す様に、ゆっくりとメイスをテーブルに置き、「ユリカは泣き虫だったからな。初めて会った時は、ビービー泣いてどうしようか慌てたぞ!」
ガハハと笑う顔を見て、私は言い返す。
「しょーがないじゃない! こんな世界にいきなり放り出されたら、女の子なんだから少しは涙もでるでしょ!」
「えー、少し? お前あの時、マジ泣きしてたじゃーん……まあ、でもな。……強くなったなユリカ」
私は心の中で師匠のおかげだよと思いながら口からは全然違う事を言う。
「前から私は強いです!」
ニヤニヤ笑う師匠を見て、腹立つけど……いつまでも、こんな日が続けばいいなと思ってしまう。
「明日は、シンジュク異界第伍迷宮でしょ? 魔鉱石?」
「ああ、破堂さんからの直々の指名の依頼だ。なんでも武器にする材料が足りないんだとよ」
「了解、じゃー明日の準備したら寝るね」
椅子から立ち上がって自分の部屋に向かうユリカに俺は、「ちゃんと打刀も用意しとけよ」と声をかける。
大したことのない依頼だが……なーんか嫌な予感がしたからだ。
「はーい」とユリカは返事をして自分の部屋に入っていった。
「さてと……」俺は、メイスを手に取りトゲにこびり付いた魔物の血を布で丁寧に拭いていく。こういった手入れが土壇場で生死を分ける事もあるからな。
「一年か、確かにあっという間だった。俺ももっともっと強くならんとな」
そう、ユリカは才能がないと家族から言われていたらしいが……嘘だろ、俺の弟子は凄まじく強かった。
初めてゴブリン種緑と戦わせてみた時の事を思い出す。
最初は、ユリカは魔物を警戒して回避に専念していた。そりゃそうだ、誰だっていくら人外でも生き物を殺すのは怖い。
しかしだ……一瞬。
刀が煌めき、ゴブリンの首が飛んでいた。
「やりましたー!」なんて血がついた打刀を嬉しそうに振り回しながら、俺の元に走ってくる弟子。
きっと俺の顔には、漫画なら黒色の縦線が何本も書かれていただろう。
え? 一撃ですか? ユリカさん?
俺はドン引きした目で弟子を見ていた記憶があった。
「ふーー」
ため息一つ……懐かしい初討伐を思い出しながら、まだまだ弟子に負けるわけにはいかないと、俺はゴシゴシとメイスを拭きあげる。
そうして夜は更けていった……
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