断章

side out:喪失したペンタグラム






 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 これは、いつか、どこかでの出来事。


「今更、どういうことだッ!!」


 割れ鐘に似た怒声が、広い部屋の隅々まで響き渡る。

 押し潰すような威圧感を伴う眼光。視線を向けられた痩躯の男が、縮こまって平伏した。


「も、申し訳ありません……整備班の者達が揃って隠蔽に動いていたため、発覚が遅れ――」

「言い訳など聞きたくもないわ! 第一、その整備班も貴様の部下だろうが! 手綱すらロクに握れん無能め!」


 憤懣の度合いを示さんばかり、自らが座る豪奢な椅子の肘掛けに拳を振り下ろす。


「此度、修復に成功した旧時代の遺産を用いることで異界より捕らえた適性保持者スロットホルダーの被験体四十四人! うち解放パージに成功した者は半数以下! 他は辛うじて表出フェイスを扱えるのみの! 挙げ句の果てには表出フェイスすら発現できず、我々の言語を理解するのがやっとな、小銭でも買える奴隷程度にしか使えん役立たずが数人!」


 当初に受けた報告。

 想定よりも振るわぬ成果に些かの落胆を覚えつつ、二十人近い異能者ゴスペラーを一度に得られたと考えることで、納得した。

 より高い場所を見つめていた色眼鏡さえ外せば、喜ぶべき十分な収穫だと。


 だが。


「実際は! それも定期的な薬剤投与を必要としない、完璧な形で異能ゴスペルを定着させた者達が、装置の不具合により挙って全く別の場所に現出していただと!?」


 唾を吐き散らし、喉が痛むほど声を張る。


「玄室から消えた異能ゴスペルの目録は!? まさか、その程度の調査も済んでいないなどとは言うまいな!」

「も、勿論のこと調べ上げて御座います! ですが俄かには信じ難い結果でして、今暫くの精査を……」

「現状のデータで構わん! さっさと申せ!」


 怯え、口籠もりながらも、平伏した男は、おずおずと紙束を取り出す。

 幾許かの間を重ね、意を決し、読み上げ始めた。


「レベルⅢ『カウントダウン』。レベルⅣ『ウィザード』。同じくレベルⅣ『アイスエイジ』。そして……れ……レベルⅤ……『オーガー』及び『エンドギフト』が……」

「……ば、かな」


 告げられた内容は、腑に満ちる怒りさえ吹き飛ぶほどのもの。

 茫然と呟き、何度も反芻し、ようやっと理解する。


 次いで――先程の比ではない憤怒が、爆ぜた。


「レベルⅣに……レベルⅤ、レベルⅤだと!? 過去数百年を遡ってすら定着の前例が一切皆無の最高位、単体にて国をも堕とす戦略級の異能ゴスペル! それを二つも取り零したなどと……戯言も大概にせぬかぁッ!!」

「ひっ……!?」


 投げ付けられた杯の砕ける音、飛び散った破片に、小さな悲鳴が混じる。


「加えて、其奴らはでもレベルⅢときた! その時点ですら適性保持者スロットホルダー数百人に一人の希少性! 現に我々の今回獲得した異能者ゴスペラーは全員がレベルⅠないしレベルⅡだぞ! 貴様らは、よりにもよって最も優れた順から五人! 輝ける五芒星ペンタグラムを、みすみす取り零したということか!」

「ひ、平に、平に御容赦を……只今、全力で捜索に当たっております。発見は時間の問題と……」

「悠長を抜かすな! 戦闘に秀でた侵食効果エフェクトを持つレベルⅢの異能者ゴスペラーが一人居るだけで、その国は一個師団にも匹敵する戦力を得る! 況してやレベルⅣ、レベルⅤともなれば適性スロットのみならず、元よりの人間離れした能力を土台に初めて定着が叶うのだ! 被害規模の想定すらままならん、敵に回った時点で終わりと思え!」


 今にも手元の剣を抜きかねない、鬼の剣幕。

 怒鳴り散らされる男の顔色が、いよいよ蒼白と化す。


「急げ! 猶予の有無など考えるな! 万一にも五芒星ペンタグラムが他国へ渡る事態に及んでみろ、貴様と一族郎党の首だけでは償いきれんぞ!」


 這うように、逃げるように、男が退室する。

 一転、静まり返ったその部屋で。やがて、獣の如き咆哮が四散した。





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