二章 一節 一項

灰銀の爪痕






 暗殺ギルドの兇刃『灰銀』ことダルモンに拐かされ、離れ離れとなった俺と仲間達。

 けれども紆余曲折を経た末、皆と合流を果たし、早幾日。


 今、俺達五人は西方連合バルゴ領ザヴィヤヴァを拠点としている。

 理由は、まあ、あの村から一番近くの大きな街だったってだけなんだが。


 ザヴィヤヴァは熱気に溢れた楽しい場所だ。

 別名を商業都市、周辺一帯に於ける流通のメッカ。様々な品物、様々な人間が行き交い飛び交い、連日どこかしらでイベントが催され、同じ場所でも日によってガラリと顔色を変える大都会。


 取り分け、中央広場で週末に開かれる商人ギルド主催のフリーマーケットは相当な盛況ぶり。

 ギルド登録不要、必要経費は場所代十銅貨のみという手軽さゆえ、出店者の大半は一般市民。

 当然、品揃えも玉石混交の半ば宝探し。紛れ込んだ掘り出し物を求め、名の知れた目利きが練り歩く光景も珍しくないとか。


 かく言う俺も冷やかしのつもりで覗いてたら、を見付け心臓が口から飛び出しかけた。

 ひとまず買ったはいいけど、正味、扱いに苦慮を強いられてる次第。


 …………。

 と、そいつは取り敢えず置いといて。兎にも角にも名に違わぬ商売と遊興の都市。

 カルメンなど商人ギルドに属する者の面目躍如と張り切り、三日に一度は市場通りで店を出している。

 彼女が売る魔物の骨や皮を使った小物は素材自体の希少性に加え出来の良さも相俟って人気らしく、完売続きで好調との話。


 他の面子も、各々好きに活動中。

 シンゲンは穢気溜まりへ赴き魔物を狩る傍ら、暇潰しと傭兵ギルドのノルマ達成も兼ねて風俗店の用心棒。腕っ節最強で頼りになりまくるもんだから、店の女に結構モテると聞く。

 ジャッカルは相変わらずのカジノ荒らしや、勢いの無い露店を占拠し口八丁でバナナの叩き売り、かと思えば都市の近くにあるという旧時代の遺跡探索、とまあ見事に行動が一定しない。気が向いた時、思い至ったことをやってる感じ。

 ハガネ、は……あー、分からん。いつの間にか居なくなってるし、いつの間にか戻ってるし、あまり行き先を告げないし。予め皆で行動すると決めてある日は、しっかり姿を見せるんだが。

 あと、時々ふと振り返ったら真後ろに立ってたりするの、正直やめて欲しい。怖過ぎ。


 脱線した。ともあれ、皆さん仕事も遊びも充実した日々を営んでるようで何より。

 俺もボチボチ商売なりバイトなり始めて日銭を稼ぐべきなんだろうが……こう、モチベーション上がらなくて困ってる。


 何せ腕時計を売った以外は目立ったことやってない筈にも拘らず、折に触れ所持金が増えてる現状。

 各者、依頼だの金策だのに着いて行っただけで取り分くれるからね。気前良すぎ。


 加えてダルモンと別れた後、知らないうちポケットに金貨が入ってたりもした。

 恐らく、いや間違い無く、手伝わされた仕事の報酬。直接渡せば俺が受け取りをゴネると考えた様子。実際その通りだとも。

 不可抗力が大半を占めるとは言え殺人幇助で金貰うとか、いよいよ社会の闇から引き返せなくなりつつある。誰か助けて。


 論ずるに及ばず、あんな金で買い物などしようものなら精神衛生を著しく損なう未来が透けて見えたため、邪気祓いも兼ねてザヴィヤヴァの教会兼孤児院に浄財させて頂いた。

 美人なシスターに大層感謝され、ちょっぴり得した気分になったけれど、同時にとても心苦しかった。汚れた金で申し訳ありません。

 いと慈悲深き方に貴しホニャララの御加護をとか祈られても、俺ってばバルゴ領近辺で信奉を受けてる崇拝対象の名前すら曖昧な男。西方連合での一般常識や基本的知識を網羅しつつあるジャッカルも宗教方面には関心が薄く、日に一度は必ず始まる唐突な豆知識コーナーでも、その辺の話は殆ど出ないし。


 ……そんな、加護どころか寧ろ色々バチ当たりな背景も手伝い、寄付の際に些少なり罪悪感を拭うべく俺自身の財布も幾らか軽くさせたが、未だ金貨十数枚ちょっとと、日本円に換算すれば軽く数千万を回る全財産。

 どう頑張ろうとも精々二十銅貨か三十銅貨そこらで頭打ちな日当のため働くなんて小銭拾い、今更やる気が湧かなくて当然だよね。


 第一、微々たる金にかかずらってる場合ではないのだ。


 滲む血が収まるまで四日もかかった、鏡を見る度ダルモンの顔を思い出させられる首筋の歯型。

 さながら象徴。あの女に、外だけでなく内側に至るまで刻み込まれた呪いの体現。


 そう。ここ数日、着実に俺を蝕み続ける大問題がある。

 早急な解決を図らねば、遠からず心身に多大な影響を及ぼしかねない、毒を孕んだ爪痕。






 飯が――不味い。





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