踏んだり蹴ったり






 もっと早く、正答へと辿り着くべきだった。

 いや。この場合、分かっていたところで手遅れか。


 本来なら猟師さえ踏み入らない森深くに棲まう魔物達。

 しかし稀に村の近辺まで現れ、人畜を襲うこともあるという。


 俺が浮遊大陸で最初に見た魔物。双頭蛇尾の獣オルトロス。

 虎に並ぶ体躯を有し、一頭で武装した兵士五人を蹴散らす屈強な怪物。


 それが少なくとも、確認できるだけで六頭。

 完全に、囲まれていた。






 今日の俺、本気で天中殺。

 なんか悪いことやったっけか。うん、暗殺の片棒担いでた。


「チッ……しくじったな」


 忌々しげに舌打ち、立ち上がるダルモン。

 切り替えの早さは見事だが、顔色を窺うに状況は最悪の様子。


 ――駄目元で聞くけど、勝てそう? 若しくは逃げられそう?


「どちらも無理だ」


 わーバッサリ。泣きたい。


「森のオルトロスは平地で戦うより手強い。居るな。精鋭兵五十人を掻き集めても、全滅までに半数削れるかどうか」


 む。今ひとつ気付いた。魔物の名を呼んだ際、ダルモンの口の動きが明らかに『オルトロス』じゃなかった。

 どうやら種族名みたいな固有名詞も、先んじた認知が固まっていた場合、それを当て嵌める形で翻訳される模様。

 考えてみれば、地球の神話に登場する怪物と似てるからって、名前まで同じとか有り得ないよね。


「逃げを打つにも、この立ち位置では望み薄。元より獣の足に敵う道理も無いが」


 とまあ、束の間の現実逃避。気を取り直すとしよう。

 少しだけ落ち着いた頭で思い出す。こっちにはオッサンから奪った銃があることを。

 派手に一発かませば、蜘蛛の子でも散らすみたいに逃げるんじゃなかろうか。


「現れたタイミングを鑑みるに、先の戦闘も観察済みだろう。エアバレットが一度に多面を攻撃できず、連射も利かない武器だと間違いなく理解した筈。一頭を撃てば、同時に残り全てが襲ってくる」


 ……ねえ、ちょっと。

 せっかく奮い立とうと頑張ってるのに、人の意気を挫くような発言ばっかり、やめてくれない?


「選べ」


 なんだ突然。この非常時に得意の一択クイズか。


「二人揃って食われて死ぬか。その前にナイフで仲良く心中か」


 選べ、と繰り返される。

 とうとう一択ですらなくなったよ。どっちも嫌に決まってんだろ馬鹿か。


「情けない顔をするな。死の訪れは往々に突然で、おしなべて理不尽なものだ。平等に不平等な順番が、私達に回ってきただけの話」


 潔すぎ。でも強がりっぽい。肩さっきより震えてるし。

 いっそ泣き叫べばいいものを、筋金入りのへそ曲がりめ。お陰で俺まで喚くに喚けず迷惑だ。


「どうせ死ぬなら……せめて昨日、私を抱いておくべきだったな。こんな傷物の身体でも、冥土の土産くらいにはなったろう」


 冗談めかした調子で力無く呟き、儚げな微笑みと共に俺の手を握るダルモン。

 駄目だわ、完全に諦めムード漂ってる。アクション映画の修羅場とかで死を覚悟した男女のワンシーンかよ。


 参った。少なくとも、ダルモンに現状を打破する手立ては無い様子。

 実に参った。彼女に妙案さえあれば、俺がこうやって頭を悩ませず済んだのに。


 


 …………。

 しょうがない。ああ、しょうがない。

 事ここに及んで、選り好みを差し挟める余地は非ず。


 なら――俺がどうにかする以外、無いだろう。


 ――ダルモン。


「?」


 使いたくなかった。アレだけは。

 でも覚悟を決めなければ。俺も、きっとダルモンも、まだ死にたくはないし。

 晩飯を抜いてたのが、せめてもの救いと言えば救い。


 ――十七秒、稼げるか?


 口の中に込み上げる苦味と酸味を堪えつつ、そう尋ねる。

 ダルモンは首を傾げたけれど、やがて「問題ない」と短く返した。


 良かった。無理とか言われたら罪だった。

 これで、あとは本当に、俺の心持ち次第だ。


 ――頼んだぜ。


 さあ。忌まわしき、お見せしよう。





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