一難越えて
喉笛を掻き裂かれ、流れ出る血と共に体温を失って行く、事切れた亡骸。
苦悶の表情で固まったオッサンの顔を淡々と見下ろしつつ、ダルモンは赤く濡れたナイフを振り払う。
「標的の殺害を完遂。依頼品を一部回収」
死んで尚も握り締めたままだった銃を毟り取り、物珍しげに手中で弄ぶ。
一方、あんまり死体に近付きたくない俺は少し距離を置き、その得物が齎した破壊の爪痕を眺めてた。
――すっさまじいな。
根元から折れた巨木、深く抉れた地面、粉々に砕けた岩。
まるで、俺達の周りだけ嵐が起きたみたいな有様。たった五発か六発の空気弾による被害とは、俄かに信じ難い。
と言うか、個人携行可能な武器に持たせていい火力じゃないだろ。作った奴は頭おかしいと思う。
そう考えると、ダルモンさんマジ鉄の心臓。
不可視の弾丸どころか、爆散した木や石すら食らえば致命傷となりかねない中、欠片も臆さず己が姿を晒し、オッサンに撃たせ続けて決定的な隙を狙うとか。
戦闘自体は一分前後の短いものであったが、もし俺が同じことをすれば死んでたかも。
正面からの切った張ったは不得手なんて言ってた割、やっぱり強い。
と。
「……ふうぅ」
多分に慄きが入り混じった、心の内での賞賛。
その最中、突然近くの木に背を預け、ずるずる座り込むダルモン。
慌てて駆け寄る。全弾上手く捌いてたように思ったが、俺の死角で傷を負ったのやも知れない。
木片が身体に刺さってるとかであれば、急いで処置を施さないと感染症になる。
――大丈夫か? どこか痛むのか?
「え……あ……いや……別に怪我は無い。ただ、流石に肝を冷やした」
何故か、戸惑うように俺を仰ぎながらの、口籠った否定。
一応、容態を検めさせて頂く。
深く静かに、ゆっくりと繰り返される呼吸。よく見れば、ダルモンの頬や首筋は伝い落ちる汗で濡れ、細い肩も真っ白な指先も、微かな震えを帯びていた。
さしもの冷静沈着な暗殺者様も、当人の言葉通り、相当に神経を削った様子。
ともあれ、無事なら重畳。
胸を撫で下ろすと、一層に戸惑いの濃くなった眼差しが向けられる。
「……おかしな奴……標的も始末した今、お前にとって私など死んだ方が都合のいい相手だろうに」
価値観イズ殺伐。言われてみれば確かにそうかもだけど、そんなの考えもしなかった。
今日まで互いが生きてきた環境の違いを、ひしひし感じる。
「まあいい……少し休んだら、残った旧時代の遺産を探しに向かうぞ。今の戦闘で、ほぼ目星はついた」
そう告げてダルモンが指差したのは、オッサンが俺達と鉢合わせた際に走ってきた方向。
「私が二度ほど此方に立った際、二度とも明らかに攻撃を躊躇った。この向こう、それもすぐ近くに、被害を受けては困る何かがある」
即ちブツの隠し場所に間違いない、と。ホント抜け目ねえのな。
何にせよ、述べ三週間以上かかった仕事も今宵を以て完了。やっと帰れる……帰れるよね?
ジャッカル達、まだサダルメリクに居るんだろうか。いやアイツらのことだし、既に発ってる可能性が高い。
兎角ピンでもチームでも目立つ連中だから、探せば手がかりくらいすぐ見付かる筈だけど。
…………。
ん? 目立つ?
――なあダルモン。ひとつ聞いてもいいか。
「なんだ」
ふと、頭の中に浮かんだ疑問。
なんとはなし、尋ねてみる。
――オッサンさ。見付かっちゃマズいものの隠し場所に居たなら、なんで俺達と出くわす前、銃を撃つなんて
幾らか思案を挟んだ末、強張って行くダルモンの表情。
そして。唐突な獣の遠吠えが、ビリビリと空気を震わせた。
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