異能解放・カウントダウン






 一ヶ月近く前、サダルメリクの地下遺跡。

 氷漬けの地底湖で交わした、カルメンとの会話を思い出す。


『まず、器をイメージするんです』


 簡素な箱。

 古めかしい壺。

 刺繍の入った袋。

 竹を編んだ籠。

 殺風景な四角い部屋。

 奥の窺い知れない穴倉。

 大きな木に空いた虚。

 無造作に転がった誰かの頭蓋。


 意味合いとしての正誤を問わず、単純に『器』と聞き、自らが最も強く連想する何かを、想像の内側で形作る。

 それが、入り口。


 俺の場合、大小無数の歯車が回り続ける塔。

 カルメンは、剣山の如く氷柱で覆い尽くされた洞穴、とのこと。


 正直、何故こうも奇天烈な光景が真っ先に浮かぶのか、自分でも意味不明。

 まるでみたいだ。薄気味悪い。


 けれど――取り敢えず、今はどうでもいい。


『器が出来上がったら、中身を探して下さい。私の時は、蒼い氷塊でした』


 塔の頂き、錆び付いた台座に置かれた一枚の文字盤。

 時計のそれに似ているも、奇怪な言語を用いてゼロから十七まで数字を刻んである点が、大きく異なる。


『触れれば筈です。あとは、心のままに』


 そう教わった通り、以前この文字盤に触れた時、俺は自らに宿る異能を識った。

 そして、絶対に使わないと決めた……その筈だった。


 ――ままならないもんだな。






 四度、フィンガースナップを重ねる。

 深く息を吐き出し、吸い込み、鍵となる口語を告げた。


 ――異能解放ゴスペル・パージ


 踏み締めた右足の爪先を中心に大きく展開する、歯車の塔で触れたものと同じ文字盤。

 ひとつ差異を述べるなら、色褪せた『十七』を指し示す針の存在か。


 尚この文字盤、あくまで俺の心象らしく、他人には視認できない。

 が。空気の変容を察したのか、オルトロス達が少しだけ身構えたように見えた。


 ――カウントダウン、スタート。


 指揮棒さながら、右手を振り上げる。

 あちこち汚れ、ひび割れ、朽ちかけた針が、油切れ特有の悲鳴じみた軋みを上げて震え、その先端を『十六』へと移す。


 無事、回り始めた。こうなっては最早、俺にできるのは待つことばかり。

 針が盤上を辿り終えるまで、一歩たりとも動けないのだから。


「今の呪言、まさか……」


 十五。

 十四。

 十三。

 十二。

 十一。


 殺気立った敵を前に過ごす十七秒とは、短いようで長い時間だ。

 繰り返すが『カウントダウン』を発動させた俺は、己の右足を軸に針を回しているため移動不可能。

 襲われれば、為す術なし。


「……いいだろう。お前に賭けてやる」


 十。

 九。

 八。

 七。

 六。


 しかし今回はダルモンが居る。旧時代の武器という十分過ぎる抑止力もある。

 一発でもエアバレットを撃てばオルトロス達は襲ってくるだろうと、彼女は言った。

 けれど、そいつは裏を返せば一発撃つまで奴等も迂闊に飛び込んで来られない理屈。

 死が確定した先槍を買って出る酔狂者など、そういない。なまじ知能が優れてるなら尚更。

 ダルモンが銃を構えるだけで、二の足を踏まされる。


 五。

 四。

 三。

 二。

 一。


 本能的な危機察知か、横合いの一頭が咆哮を轟かせ、ほぼ等間隔に保っていた間合いを破り、仕掛けてくる。

 すかさず迎撃に入るダルモン。初めて使う筈のエアバレットで正確に胸を撃ち抜き、二つの頭諸共、吹き飛ばす。


 その瞬間をこそ待ち侘びていた残りのオルトロス達が、一斉に躍り出る。

 我先にと押し退け合う姿。悪意を醸造させた生物こそ魔物だと以前ジャッカルに聞いたが、まさしくと思わせる光景。


 目前に迫る七頭の猛獣。あと数秒もあれば俺達は噛み殺されるだろう。


 とは言え。少しばかり遅過ぎた。

 故。そんな数秒後なんて、永遠にやって来ない。


 ――カウントダウン、エンド。


 震える針先が『零』を示す。

 再び四度、フィンガースナップを重ねる。


 ダルモンを俺の傍に引き寄せた。

 彼女はだが、万一にも巻き込まれてしまわないように。


 そして。地獄が始まる。


「ッ……なん、だ……?」


 砕け散る文字盤。響き渡る絶叫。焼け焦げるような薄ら寒い音。

 のたうち回るオルトロス達が、見る見る原形を失って行く。


 …………。

 これが俺に巣食った異能『カウントダウン』。

 指定した対象を十七秒の後に体内から溶かし崩す、至ってシンプルな殺戮兵器。


 三十秒も経つ頃には、骨肉の区別すら至難な綯い交ぜ状態。

 泥に近いスープと果てた、あまりにも凄惨が過ぎる末路。


 一頭の露呈した眼窩より零れ落ちる、泡立った目玉。

 ころころと足元まで転がり、靴に触れた衝撃で、粘ついた音と共に弾けた。


 頬まで飛び散る液体。鼻に突き刺さる酸性臭。

 直後、俺は――胃の中のものを全て吐き出しながら、今度こそ固く誓うのだった。


 ――マジで。もう二度と、使わねぇ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る