偽装結婚
「設定は先刻に説明した通りだ。しっかり叩き込んでおけ」
はいはい、分かってますって。
俺はアルレシャで商会を営んでる家のボンボン。『灰銀』は屠殺屋の娘。
結婚を誓い合ったものの、歳の差と女の職を理由に両親から反対を食らい、別の相手と無理矢理に見合いをさせられそうになったところ出奔、駆け落ち。
唯一味方だった遠縁の親戚筋が空き家を持っていたこの村で、二人慎ましく暮らそうと訪れた、だろ。
正味、古臭い少女漫画みたいなエピソードだけど、これぐらいの方が色々と想像も膨らむか。
問題があるとするなら、だ。
――俺、演技とか苦手なんだけど。
「心配無い。お前は育ちが良さそうだし、会話の節々に教養の痕跡も見て取れる。普通に振る舞っていれば、大抵の者は納得する」
この世界の基準だと、俺はいいとこ育ちのお坊ちゃん認定を受けるらしい。
「暗殺者特有の空気どころか、暴力の匂いすら感じさせない。お前が矢面に立てば必然、私に対する警戒も薄まる。そういう意味では逸材だ」
ただでさえ『灰銀』は目立つ。格好もそうだし、容姿や髪色だって西方の人間とは系統が違う。
銀髪は東方人に多い特徴だと以前ジャッカルが言っていた。物珍しさゆえ獲物を誘い出す蛍火には使えようが、集団へと溶け込む際は却って妨げとなる筈。
いや、俺も変な色の髪とか言われるけど。
悲しい。
…………。
ふむ。
――もののついでで聞いときたいんだが、アンタ歳いくつよ。
「二十四」
八歳差かー。そりゃ親も難色示すわ。
俺のオフクロ、オヤジより十歳年上だけどな。
一日かけて村まで辿り着き、商人に礼を告げ、その後『灰銀』の案内で潜伏先へと向かう。
森に面した村外れの平屋。さぞ荒れ放題かと思いきや、そうでもない。
軒下に埋めてあった鍵を掘り出し、錠を開け、中に。
こちらも多少清める必要はありそうだが、想像より何倍も良好な状態だった。
なんと家財道具まで一式揃ってる次第。至れり尽くせり。
「ここも暗殺ギルドが適当な名義で保有する物件のひとつだ。こういう人目に付きやすい場所は、たまに人を雇って掃除させている」
大都市とかならまだしも、こんな人口が五百に届くかすら微妙な村の一軒家まで? アウトロー極まれりな組織のくせ、管理体制は結構しっかり整ってるのね。
知れば知るほど、足抜けの難易度が上がる一方ですわ。げんなり。
「『水銀』」
雑巾掛けやってたら、ベッドに脚を組んで座りながら『灰銀』が俺を呼んだ。
今、頑固な汚れと格闘中で忙しいのに。つか『水銀』って呼ぶのやめて欲しい。
二つ名とか喜ぶ変わり者なんてジャッカルくらいだ。
「私達は、当面の間ここに住む。二人きりでな」
考えただけで胃がキリキリする。仕事、いつまでかかるんだろ。
さっさと帰りたい。
「ひとつ屋根の下での生活を送るにあたって、取り決めを交わしておくべきだと思うが」
おぉ。コイツにしちゃ、まともな意見。
この家、トイレとシャワー室を除けばワンルームなのだ。着替えの時どうするとか、ひとつしか無いベッドをどっちが使うかとか、確かに決めとかないとな。
なんて、感心したのも束の間。
「まず名前だ。何せ『灰銀』と『水銀』では、偽名と触れ回っているのも同然。具合が悪い」
舐めてんのか。アンタが自分をそう呼べと言って、アンタが勝手に俺をそう呼んだんだろうが。
でも、そんな胸の内を、わざわざ口に出したりはしない。言い分自体は尤もな上、これ以上『水銀』と呼ばれずに済むグッドな流れだし。
何より、下手に指摘入れて機嫌を損ねられたら、誰が割を食うのかなんて火を見るより明らか。
世の中には蛇が潜んでると分かりきった藪を敢えて引っ掻き回すチャレンジャーも居るが、少なくとも俺は違う。
――じゃあ、どうする? 別の名前でも考えるか?
「面倒臭い。本名で構わないだろう、どうせ捨てた名だ」
雑。いいのか、それで。
しかも俺、別に捨ててないし。
「お前は、確かキョウだったな。桃髪の娘が、そう呼んでいた」
個人情報って、どこから漏れるか分かったもんじゃないよね。
実のところ、そっちも本名に非ずだけど。
「私は……ダルモン。ダルモン・アンヌ。今となっては既に死んだ者しか知らない名だ、忘れるなよ」
不吉な注釈を付け加えるな。呪われたらどうするんだ。
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