お仕事
高くついた買い物だっただけのことはあり、港々に立ち寄りながらの二日間、短い空の旅は結構な快適であった。
充実したルームサービス、退屈しない船内設備、舷窓から覗く流れるような抜群の景色。相当な速度で飛んでるのに、スペック上では精々微速だってんだから驚きだ。
また、風除け替わりの防護シールドが展開できない着港前後以外、出入り自由の甲板に上がれば、高い空から直に大陸を見渡すという最高の贅沢が味わえた。
……ミサイルやら巨大レールガンやら意味不明なのやら、物騒な武器も並んでたけど。
この世界の現文明レベルでは、未だ使い方どころか何のための道具かさえ分からない筈。できれば、もう百年ほど輸送船兼遊覧船であって欲しい。
火器管制室と書かれた部屋で付箋だらけの資料片手、旧時代語の解読を試みていた研究者風の男が、進捗芳しからぬとばかりに嘆息する姿を見て安堵した俺は悪くない。
だって夜中にこっそり確認したら、容易く国ひとつ滅ぼせる火力があるって分かったし。怖過ぎ。
ただ、全兵装の起動には安全装置を解除しなければならず、そのための鍵は船内に無いってのが、せめてもの救いか。
今後もし見付けることがあったなら、人知れず処分しとこう。必ず。
飛空船ウエスト号改め、嚮導駆逐艦ミシェーラ。こいつの全容が明らかとなれば、浮遊大陸は間違いなく戦禍に落ちる。今ですら、多くの国が喉から手が出るほど欲しがってるくらいだ。
兎も角、世の中には知らない方がいいこともあるのだと、そう骨身に沁みた十六歳の某日でした。
――ここがザヴィヤヴァか。
タラップを降り、他の町々の時と同様、見物人でごった返した港から町並みを見渡す。
明らかに今までで一番の規模。商業が盛んな都市との触れ込みに偽りなく、活気や熱気も凄い。
「何をしてる。さっさと行くぞ、来い『水銀』」
叶うなら、ゆっくりのんびり観光したいところ。しかしながら、せっかちな人攫いが、そうさせてくれない。
長手袋を嵌めた右手で俺の左腕を絡め取り、早足で歩く『灰銀』。
もう今更になって逃げたりしないから、捕まえて進むのやめてくれ。転ぶ。
ちなみに『水銀』ってのは俺の暗殺ギルド内での通称らしい。船で顔を突き合わせて過ごす最中、勝手に決められた。
恥ずかし過ぎる。あんまり呼ばんといて。どうしても呼ばなきゃならない時は、できるだけ小声で頼みます。
最寄りの港と『灰銀』が言っていた通り、ザヴィヤヴァから目的地の村までは、馬を急がせれば半日ほどの距離だ。
その村方面に行くという商人の馬車に乗せて貰った俺達は、並んで腰掛けながら、大して美味くもない干し肉とパンを齧る。
一夜かけてピスケス領との国境を跨いで暫く。あと半刻前後で村が見えてくる頃合、俺はふと『灰銀』に尋ねた。
――考えてみたら、今向かってる場所で何やらされるか、まだ聞いてないんだが。
「殺しだ」
あらやだ単純明快。ま、暗殺ギルドだしね。分かりやすくていいね。
なんて、いいワケあるか。ふざけんな、冗談は格好だけにしろ。
――俺に人なんて殺せない。
「だろうよ。別にそこは期待してない」
焼き締めたビスケットを水で流し込み、肩をすくめる『灰銀』。
どうも要領を得ないな。じゃあ、なんのために連れてきた。
「お前の役割は簡単だ。左手を出せ」
逆らっても痛い目を見るだけなので、素直に差し出す。
「私達の行き先は観光名所でもなんでもない。加えて、標的の周りには息のかかった配下も少なからず居る。よそ者が長く留まるだけで怪しまれ、猜疑からの注目によって行動を縛られる」
俺の手を自分の方へと引き寄せながら、隠れ蓑が必要だ、と彼女は続けた。
「理由を用立てる。暇を持て余した下世話な詮索好きどもが納得するような理由を」
程なく解放された左手。
その薬指には、光るものが嵌められていた。
そして、いつの間にか『灰銀』の指にも、同じ輝きが。
「私と夫婦を演じろ。駆け落ちした男女なら、小さな村に住み着いたところで不思議は無い」
…………。
え゛。マジすか。
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